初めに
初めに
本書が職務上書かされることになった記録であるのなら、事件発生場所、日時、概要、そして犯人といった大まかな情報を、先ずは書き連ねるべきであろう。だが、確かに私は、世界を震撼させた『ブラックリング事件』の全貌をここに書き残し、その悪しき根源であるあの黒い指輪の恐怖を将来において再確認できるようにと、この記録の作成に着手したわけだが、それはあくまでも、私個人の意思によるものだ。つまりは、この記録は私的なもの、もっと正確に言うならば、私の趣味によって書かれたものに他ならない。尊敬する彼の影響だろう、勤勉でありたい私の趣味は、やはり勉学に行き着いている。しかし私は、勉学というものは勉楽と書くべきものであり、楽しさが付随しなければ、付随していると思わなければ、どうにもやっていられないと考える性分だ。私は、この記録を誰かに見せるつもりはないし、その作成すらも誰かに語ることはないだろう。現在住んでいるメゾネットタイプのアパートメントの一室から外に出すこともなく、まるでいかがわしい本のように、ベッドの下にでも隠しておくつもりだ。そうなると、この記録を読むことができる人間は、将来の私だけということになる。自分のためだけの記録なのだから、体裁などありはしないし、不謹慎だと罵られることもないだろう。事件の記録とは言っても、情報をただ羅列するだけでは、私は面白味を感じない、退屈だ。将来の私もまた、そんな記録を読み始めたところで、鼻提灯を膨らませ、それを枕に眠りこけてしまうだろう。そこで――娯楽として楽しめるように、記録というカバーを施した小説を提供したいと思う。個人的な視点、そして拙い日本語を用いることについては、どうか広い心で御寛恕願いたい。
さて、ブラックリング事件を一言で語るなら――不思議な力が宿った指輪と人間が織りなすファンタジーといったところだろう。しかしながら、現実社会を舞台にしたファンタジーというものは、そんなに煌びやかなものではないらしい。プロが編み上げるクラシックではなく、ド素人が撒き散らすパンクロックみたいなものだ。しかしそれ故に、その本性は剥き出される――そこには、皮を剥がされ、真っ赤になった人間達がいた。
では、つまらない前口上はここまでにして、ブラックリング事件の全貌に迫っていこう。ブラックリング事件は、更に大きく3つの事件に分けられる。まずは、ブラックリング事件第1の事件――『ペイントボマー事件』を語らせていただこう。
落書きの中にある、爆弾魔の胸中や如何に――。