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海を見上げる。

作者: 黒瀬リノ

海辺の岩壁の上に、2人の男女が並んで立っている。

男は髪を風に揺らしながら、女に柔らかな笑みを浮かべた。

「この海の中。こんな僕を愛してくれるのなら一緒に。」

こくりと小さく頷く女。

男はその柔らかな笑みのまま、女を掴み海へと放り投げた。


----------------------------


此処は死後の世界。

見渡す限り黒一色、唯一の色は煮えたぎる様な爆炎の赤。

そんな世界の、開けた土地の真ん中。

多くの異形達に囲まれ、男は後ろ手を縄で縛られていた。

何故男が死後の世界に居るのか。

実は女を海へと落とした帰り道男は野良猫に引っ掻かれ、

それが元で呆気なく死んだ。


縛られた男の目の前には、手元の紙を見つめ呆れ顔の女。

死んだ筈の女。男が海へと放り投げ、独り海に落とした女。

女は、ゆっくり口を開く。

「柔らかな笑みと優しい言葉で多くの者を殺め、此処に来た。」

縛られる際、前世は詐欺師と殺人鬼だと舌を切られた男。

勿論ぐうの音も、出る筈がない。

必死に言葉を伝えようと口を動かす。ただ虚しく空を食べた。

「舌を切るだけでは駄目だな。」

「悦んで。君に、嘘つきに似合う国がある。」

女の言葉を合図に、周りを囲んでいた異形達が迫ってくる。

男は思わず目を閉じ、そのまま意識を手放した。


--------------------------------


男が次に目を覚ますと、また違う世界に飛ばされていた。

ぽかんと立ち尽くす男の側を、仲良さげな男女が通り過ぎる。

「お前さ。ほんっとブスだよなぁ。」

「貶してるの?ごめんなさい。」

笑顔で楽しそうに歩いていくのに、言葉はまるで罵詈雑言。

言葉と声の調子が、全く一致していないのだ。

「まるであべこべ。」

よく見れば、下は一面真っ白。

人は空の雲を歩き、上を見れば煉瓦道があった。

「何だよ、これ。声も出る。」そっと喉辺りを撫でる。

試しに舌をつまんで引っ張ると、指と舌に感覚があった。

「俺、舌失くしてたよな?」

辺りをキョロキョロと見回す男に一人の娘が声をかけた。

「元気そうだね、死んでる?」

ふわりとした夕焼け色のワンピース、深く黒澄んだ髪。

「あーっと、逆で返すんだよな。嘘をつけば良いのか。」

娘を見、男は首を縦に振る。「ああ、今にも死にそう。」

娘は安心してニコリと微笑み、男も微笑み返した。


----------------------------------------


それから男は、娘とよく会うようになった。

娘は海が好きらしく、会うのは海の見える羊雲の丘。

変わらずあべこべ言葉には苦労したが、男が理解するまで

娘は静かに笑って、男を見つめ待ってくれた。

そして3ヶ月が経った頃の別れ際、娘はふと口を開いた。

「私、貴方の事知らんぷりしたい。今すぐ消えて。」

「笑いたくなったり未来が見えても、名前呼ばないで。」

真っ直ぐ男の目を見つめ、そして無邪気に笑った。

男は必死に言葉を訳す。

『私、貴方の事ほおっておけない。ずっと居て。』

『泣きたくなったり…悩んだりしたら、名前呼んで。』


前世の男がよく使っていた言葉たち。

だが今娘から贈られたソレは、何よりも男を喜ばせた。

男は静かに何度も頷く。娘もしっかりと頷き返す。

男は更に嬉しくなって、照れ臭そうに笑い頭をかいた。


娘が帰る姿を見送り手を振る男。

「そこの若いの。」

驚き振り返ると、あの女が立っていた。

前世で最期に殺した、男をこの世界に送った張本人。

「お前か。」思いっきりしかめっ面をしてみせる。

「つれないなぁ、昔の恋人が会いに来たというのに。」

「ほら、昔のように呼んでくれても良いんだよ?」

つんつんと男をつつく。男は女から距離をとり、語った。

「俺には今大切な人が居る。」

「こんな俺に『心配だ』と言ってくれた。嬉しかった。」

魔王は腕を組みため息をつく。「君もつくづく単純だ。」

「まぁいい、ならそれを彼女に言ってやれ。」

首を横に大きく振りながら、男は女から視線を逸らす。

「産まれてこの方、素直に言葉を言った事がない。」

そのまま女に背を向けポツリと呟く。「俺は」

にこりと微笑む女。「詐欺師、だからなぁ。」

詐欺師という言葉に、「それを言うな」と睨み女を見る。

女は気にもせず笑顔で「別に話さなくても良い。」

「書けば良いんだ。書けば。」流石自分、と満足げに。

男は考えた。「書けばいい。音が駄目なら見えるもの。」

女の側に歩み寄り手を差し伸ばす。「紙とペンをくれ。」

「こら、ここの世界で話せ。」

急な女の提案に首を傾げながらも、男は頷いた。

「なら、紙とペンなんぞ要らない!」

「よし、その調子。」ニコリと微笑み、2つを手渡す。

素直を話せない男は手紙で生まれて初めての愛を伝える。

「きっと、あべこべに書けば良いんだよな。」

じゃあこうだ。

「お前なんか、大嫌いだ。今すぐ消えてくれ。」


----------------------------------------


待ち合わせの時間。

娘は男に駆け寄り微笑んだ。「いつも通り遅い時間ね。」

今まで、二人は昼頃に会っていた。

しかし今回は普段より少し早い時間に娘と会う事にした。

娘の綺麗な服と同じ、夕焼けの上る時間に。


「これ、後で燃やしてくれ。」男は娘に手紙を渡す。

嬉しそうに不思議そうに手紙を開く。

瞬間、娘は眼を見開き、黙り込みほぼ動かなくなった。

男は心配になり、娘の肩を撫でようと手を置いた。

勢いよく顔を上げキッと睨む。目に多くの雨を溜めて。


「大嫌いだったのに。」


男の時間が止まった。

娘は柔らかな笑みを浮かべ、男の手を振り払った。

そのまま娘は丘から飛び降りた。海へと飛び上がった。

娘の姿が青い海へと消えていく。

男は声も出ず、ただ娘の消えた海を見上げた。



書く言葉は、「真実」だったらしい。

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