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ある少女の憂鬱と第三の男




はあ、と少女は今日もまた、無意識の内にため息を吐いた。

それに気付いて、慌てて口元を押さえる。

別に今更ため息を吐いた事実がなくなるわけではないが、つい先日、よくよく世話をしてくれるある侍女に言われたのだ。

最近ため息を吐かれることが多いですね、と心配そうに。

ため息を吐いていると幸せが逃げていく――という言葉を信じているわけではないが、この所確かにため息を吐きすぎていることを自覚した。

何だか、余計に幸が薄くなる気がして、ため息を吐くまいと思っていたのにこれだ。


「……疲れてるのよね…多分…」


まあ、地球にいた頃はこんなに毎日気を張っていなかった。

同年代の気軽に悩みを打ち明けられるような人物がいればいいのだが、自分の立場からしても、周囲の認識からしても、どうしたら変態四人から弟を護れるか、なんて言っても事態は解決しないにちがいない。

どうしてか、あの四人は皆に人気がある。有空からしてみれば過度のセクハラと言える行為も情熱的なアプローチ、で済まされるのだ。

どうも、皆、巫女である海央とあの四人の誰かがくっついてほしいという考えの元、目にフィルターが掛かっているに違いないと思う。

一番価値観が近いと思われる剣の師もまた日々苦労しているようだし、ここでの同士は皆無に近い。

再び零れそうになったため息を飲み込んで、ちらと視線を移す。

そこにはもう、恒例となってしまった、中庭でお茶をする双子の弟の姿――と、もう一人別の人影。

一部を結んだ、珍しい青みがかった銀の髪を背に垂らし、海央に向かって何やら話しかけている人物の名は、リオルキーツ・エルノーヴァと言った。

有空の大切な弟に求愛している四人の一人、だ。


陶器のようにすべらかな肌、紫色の瞳は妖しい魅力を放つ、彼の者は名高き魔法使い――というのは吟遊詩人の弁であるとか。


確かに、リオルキーツは精巧な人形じみた美貌の青年だった。

女の有空が嫌になる程に中性的な美しさを持つ、どこか儚げな美青年。

それこそ女装させたら国を一つ落とせそうな美しい青年、なのだけれど。


「へー、きれいな石だね、リオル。え? 俺にくれるの? 嬉しいけど勿体無いよ、女の子の方が欲しがるんじゃないかなー」

「……ミオに、よく似合う」

「うーん、でも、腕輪なんてあんまりつけないよ?」

「いい、もらってくれれば…」

「わかった、ありがとう」


にこ、と海央が可愛らしくお礼を言った瞬間――。

彼の視界から、青銀の髪の青年が消えた。


「――海央、それ、ちょっとサイズが合わないみたいね。調整してもらいましょう」

「あ、あれ? あーちゃん……うん、そうだね。でも…リオルは?」

「さあ? 用事が済んだからもう言っちゃったんじゃない? 魔法使いだもの、ぱっと消えてもおかしくないでしょ」

「そっか、そうだね。すごいなあ、リオルは魔術が簡単に使えて」


単じゅ……もとい、純粋な海央は、あっさりと有空の言うことを信じた。

そして、タイミング良く新たに追加されたお菓子に意識を奪われ、目をきらきらさせながら、海央はそちらを攻略しにかかるのだった。

笑顔の侍女に目線で礼を伝えて、有空は、海央が見ていないことを確認してから、近くの茂みに近寄る。


「……ちょっとそこの変態、さっきあんた海央に汚い液体ぶっかける所だったでしょう」

「……ミオの姉とは思えない。暴力的、下品…」


淡々と呟かれた言葉に、ぴきっと有空の額に青筋が浮かぶ。


「私をそうさせたのはあんたら変態四人組でしょうが!! こちとら日本にいた時はもっと清らかだったわ!!」


茂みの中に入ると、有空は抑えた声音でそう言い捨てた。勿論、片手は既に剣に掛かっている。

先程、あっという間に消えてしまったように海央には見えたようだが、実の所、有空に茂みの方に吹っ飛ばされただけの青年は、こちらに背を向けていた。

何故かは少女もようく知っている。その理由のために、先刻この青年を蹴飛ばしたのだから。

肉体が強化されたために、ひょろい優男を宙に浮かせることも簡単にできるようになった。最早地球にいた時とは違うなとしみじみ思ってしまう。


「……俺も、ミオには流石に掛からないように、移動するつもりだった」

「間にあってたかどうか怪しいわ……じゃなくて、その変態癖どうにかしなさいよ!!」


青年はそのほっそりとした手で顔を押さえている。

後ろを向いていても見える、地面に滴り落ちる赤。


「――何で、海央に欲情して鼻血噴き出すような変態が、国一番の魔術師なのかしら…」


堪えていたはずのため息がまた出た。もう飲み込む気力もない。

リオルキーツ・エルノーヴァは、この国で一番魔術に長けた人物。

この世界にはファンタジーなことに精霊と呼ばれる、巫女とも繋がりのある神の眷属がいて、自然と共に生きている。

人間に友好的な彼らは、時に気に入った相手に加護を与えたり、魔術師と呼ばれる人々の呼びかけに応えて、火を熾したりモノの場所を移動させたりと、不思議な力を貸してくれる。

精霊の加護を受けた人間は加護持ちと言われ、軽くお願いするだけで精霊に力を借りることができるのだが、一般的な魔術師は、そのお願いのために供物を用意したり長々とこちらの意思を伝えるための呪文を紡いだりしなければならない。

リオルキーツの異色な所は、精霊に頼らずに何故か魔術を使うことができるという奇異な力を持つことだった。

そんな人間はほとんどいない。彼は自らの内に宿る力で魔術を操る。だからこそ、彼の魔術は精霊魔術ではなく、魔法なのではないかと言われるのだ。

魔術とは元素から成り立つもの。

魔法とは、摩訶不思議な方法、すなわち無から有を生むもの。

どっちも現代日本人の有空からすれば同じように変だと言うしかないが、つまりそういうわけで、リオルキーツはかなりの有力者なのだ。

黙っていれば最上級の美貌だし、能力も高いというのに――残念なことにこの青年もまた、変人だった。


「それにこれ! まあたなんか変な術掛けたでしょ! さっさと解きなさい、捨てるわよ!」

「……犬並みの嗅覚…」


ちっ、と小さく舌打ちしたのがわかった。思わず剣の鞘で殴ったが、透明な壁に弾かれた。

これだから魔術は厄介なのだ。

無言で、先程海央がもらっていた腕輪を差し出せば、リオルキーツが何事か呟いた。

有空は、青年がたった一言呟いただけで、腕輪から漂っていた嫌な気配が消えたことに気付く。

この青年は、海央に対してよく鼻血を出してよからぬことをしかけるだけに留まらず、こうして海央に贈り物をしては、それに魅惑の術だとか服従の術だとか、小癪な魔術を掛けているのだった。

本人曰く、強力なものではないから問題ない、ようはそれをきっかけにしてこちらを見てもらい、頃合いを見計らって術を解くつもりらしいのだが――容認できるはずもない。

ああ、何故海央の求婚者はこんなのばかりなのか。

救いは、四人ともそれぞれ海央と仲を深めていっているようだが、あの天然産は完璧に全員の好意を「友情」だと思っていることか。



こうして、弟の預かり知らぬ所で、姉は一人苦労をしているのだった。


三人目。人物像に悩みました。

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