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ある少女の憂鬱と第二の男




巫女の魂はそもそもが神の眷属であり、こちらの世界に属するものだ。

だからこそ、地球程ではないがいくつもの言語が存在するこちらでも、巫女は普通に会話を理解でき、文字を読むことができる。

本人いわく、一番理解しやすい言葉に勝手に変換されて聞こえ、見えるのだとか。

「巫女の騎士」である自分には、言葉が全て日本語に聞こえるし、日本語を話しているつもりなのだが――よく考えれば、違う言語を口にしている気がする。

却って、日本語を話そうとしても難しくなっているこの現状。

国一番の頭脳と称えられる男は言った。

恐らく、世界の垣根を越えた時に、こちらへ適応しやすいようにどこかが作りかえられたのではないかと。

何だか気味が悪い気もするが、それならば言語的なことも、騎士としての能力にも納得がいく。

ただし何故か、私にはこの世界の一般常識と文字に関する知識は授けられなかったらしく――目下、勉強中なのである。

物凄く不本意な相手に教わりながら。




「……聖女祭?」

「そうだ。巫女は神より使わされし幸福の種。人の世を過去よりも平らかにしてくれた存在に感謝して、巫女が居る国で年に一度催される祭りだ。国民の一人一人が楽しみにしている」

「――海央、何かするの?」

「巫女は民の前で手を振っていればいい。問題はお前だ」

「は?」


冷たい藍色の瞳が、何の色も浮かべずにこちらを見る。

驚いたように口を開けた有空に対して、淡々と言った。


「巫女の騎士は、代々その力を祭りで証明することになっている。早い話が、王と巫女の前で他者と対戦するわけだ」

「はあ!?」


驚きのあまり、バン! と木製の机に手を付くと、みしりと嫌な音がした。

慌てて手を離す。

金色の髪の白皙の美貌の主は、やや迷惑そうに声を紡いだ。


「壊したら弁償してもらうぞ」

「…すみません。で、それって――」


顔を上げた瞬間、有空は頬を引きつらせ、溜め息を吐いた。

目の前にいたはずの人物は消えている。

どこに行ったかと言うと、近くで転寝をしている愛らしい天使の様子を見に行ったのだ。

すよすよとあどけない子どものように無邪気に眠る巫女は、大変可愛らしかった。

見ているだけで心が和らぐその情景には、鉄面皮だの冷酷無慈悲だのと噂される鬼の宰相ですら、普段ほとんど動かされることのない表情筋が緩むらしい。

当初、そのあまりの変化に周囲は仰天し、青ざめて硬直している誰かがよく目撃されていた。眉一つ動かさないような人間がいきなり笑いだせば、そりゃあ恐ろしいだろう。

今も、控えていた侍女がぴしりと固まっている。皆も大分慣れてきたかと思っていたが、やはり心臓に悪い現象なのだろう。

どこか柔らかな眼差しで巫女を見つめる青年。

どちらも見目麗しいために、それは絵になる光景だったが、ふと、嫌な予感がして、有空は席を立ち――弟の顔に接近していた相手の目の前に、瞬時に剣を突き出していた。


「――何しようとしてるのかしら?」


低く低く問えば、僅かに聞こえる舌打ちの音。

振り向いた冷徹な眼差しと、暫く睨み合いが続く。


――せっかく頬に口づけようと思ったのに邪魔な奴め。

――そんなことさせるわけないでしょうがこのムッツリ。


互いに何も喋らず無表情なまま、目でそんなやり取りを繰り返す。

氷がぶつかりあっているかのような無言の戦いに、周囲の気温が急激に下がったかのような錯覚を覚えたとは、その時固まっていた侍女が後に語ったことである。


「んー…」


もぞ、と身動きをした海央の声に、二人は反射的にそちらへ顔を向けた。

もしや起こしてしまったか、と懸念するが、巫女たる少年は目を閉じたまま、へにゃりと笑みを浮かべただけだった。


「おいしそうー…巨大パフェ…おっきい…」

「………海央…」


むにゃむにゃと平和な寝言を呟く双子の弟に思わず有空は額を抑えた。

が、隣の男は何故かますます相好を崩している。

あ、侍女気を失った。

全く恋愛対象として見られていないのに、ここの男達は揃いも揃って色ボケだな、と有空は思う。

まあ、仕方がない。様々なことを教わる代わりに海央を同席させるという条件を呑んだのはこちらだ。

あまり十全には知りたいことを得ていないが、大分文字も覚えてきたし、自力で色々なことを学べるようになってきた。幸いなことに、この世界には共通用語が存在し、それは日本語のように漢字・カタカナ・平仮名と別種の文字を組み合わせた複雑なものではないので、英語を覚えるようなものだろう。外国語は苦手科目だったが、切羽詰まってみれば学習のスピードは異様な程だった。知能も発達したのかもしれない。向こうの世界でこれ程理解力が優れていたらなあと考えても仕方のないことを思ってしまう位に。

早く読み書きを覚えてしまいたい。今はまだ、児童書程度しか読めないのだ。

文字を完璧に覚えたら、たくさんある書物が読める。そうしたらこの勉強会ともおさらば、海央を餌にしなくても済む。

四人の男達は、顔を合わせれば火花が散るような天敵揃いである。なのにその内の一人に教えを乞わねばならなかったことは、有空にとって中々屈辱的だった。

この国一の頭脳と褒め称えられる青年は、若くして宰相という地位に就いたライルディーン・サイラス。

海央の自称婚約者候補その二、である。


王太子殿下がさらっとタラシ的発言を繰り返し、夜這いを掛けるような男であれば、宰相殿は、普段氷のように無表情な癖に海央に対しては二重人格のように豹変し、さらっと際どい言動を行うムッツリスケベ。


この国の人間が聞けば愕然とするような評価を、騎士たる少女は二人に対して下していた。

有空にしてみれば正当な評価である。


「……ちょっと、人の弟のよだれまじまじと見ないでよ」

「――小煩い輩がいなければすぐに拭ってやれるんだがな」


多少寝汚くても、巫女オーラというやつなのか、子どものように愛らしいと思うばかり。実に幸せそうな海央の寝顔を見ながら、双子の姉は、敵と氷の合戦を小一時間程繰り広げるのだった。

勉強する時間よりも、冷戦を行っている時間の方が長いような気がするのはきのせいだろうか、と、大分彼らの変貌振りに慣れてきた使用人一同は思ったとか、思わなかったとか。

懸命にも誰もそんなことは口にしなかったので、真実の程は定かではない。


ただ、目を覚ました巫女様の笑顔で氷点下まで達していた空気が一気に常温になったので、彼らの巫女への崇拝度は上がったそうである。



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