7.巡り合い
腰かけた下で、いつから使われているのかわからないくらい古いベッドがぎしりと鳴いた。
同僚に追い出されるようにして宿舎まで戻って来たが、もうすぐお昼時だ。今寝たら食いっぱぐれてしまうから起きていた方がいいだろう。
「はあ……。」
そのまま仰向けに倒れると、薄いマットは用をなさずに硬い骨組みにごん、と頭がぶつかる。少しは目が覚めるかと思ったが、その痛みすらもどこか遠くの方でうすぼんやりとうずく気がするだけだった。
服を、脱がなければ。
このままではしわになる頭のと片隅で理解しているのに、腕を上げるのすら億劫に感じる。そのまま動く気になれずに天井の模様を見るともなしに眺めていると、急に周囲の音がいやにハッキリと聞こえてきた。
「えっ?!五番目?あっ、じゃあ六番目、はいっ、ありがとうございます!」
遠くに聞こえた声に聞き覚えがある気がして、全身が緊張する。そのあと、軽い足音。
ずっと思っていたことがある。幻覚ならば、どうして自分の思い通りにならないのだろうと。いつも遠くにちらりと見えるだけ、声も聞けない。そんなものなら無い方がましだ。どうせ自分の満足するものも作り上げることができないんだろう、俺の頭は。
初めは見えるだけで慰められていたものが、どんどん要求を増していく。自分に自分で喧嘩を売って、もっといいものを見せろと脅していたようなものだ。
それが今、ついに叶えられた。頭のどこかで、幻聴まで聞こえるようになってはいよいよもう終わりかもしれないと冷静な自分が嘆息する。残りの自分は声だけでなく姿も見せたらどうなんだと必死に煽っている。もっと近くで見たい。でないと、幻覚が見える意味がない。
「……四、五、……」
ささやくように数える声は足音と共にクリストの部屋の前で止まった。少しして、控えめにドアがノックされる。
「……はい。」
幻覚の行動に干渉したら消えてしまうかもしれない、という考えがちらりと頭をかすめたが、ノックには返事をする、という、ほとんど条件反射で口を開いていた。
「あっ、起きてる?……入るよー?」
そっと入り口から入ってきた人物は想像通りの人物で、クリストは思わず笑ってしまった。
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「クリスト?二階か三階じゃなかったかな。」
「あ?クリストなら三階か一階だろ。二階じゃねえよ。」
「いつも朝あの辺から出てくるよ。」
「西向きの部屋ではなかった気が……。」
「エリーの隣じゃないことは確かだな。」
「知ってるって。ピートのあたりじゃなかったか?ほら、あそこから五番目。」
「そこ西向きじゃん。」
「あ?!じゃあその隣だ隣!」
騎士の宿舎というのは結構広かった。幸いにもお昼近いおかげか何人かの人が集まっていたのでクリストの部屋を尋ね、論理パズルの様相を呈してきたところでクリストの部屋がようやく判明した。階段を上がってドアを数えながら通り過ぎていると、どの部屋もドアが開けっぱなしになっている。鍵とかはついていないらしい。
クリストはもしかしたら寝ているかもしれなかったが、鍵がないとは都合がいい。もし寝ていたら、そっと霊だけお引き取り(なすりつけとも言う)してもらって後日また話しに来よう。いや、結局あのクリストの友達と自分、今どっちに霊が憑いているのかはわからないけど、念のため。
言われた通りに六番目のドアの前に立つ。よく見ると三階で一つだけ閉まっているようだ。不在の場合はドアを開けておくとかいう決まりがあるのかもしれない。耳を澄ませてみたが、中から物音はしないようだ。起こさないようにそっとドアをノックしてみると、意外にも落ち着いた声ですぐに返事があった。
一応声をかけてからお邪魔すると、クリストはヨシノの顔を見て、ふっと息を吐いた。
なんだか、ものすごく、不安になる笑顔で。
「あ、あの。だいじょぶ……?」
部屋の中はベッドと机と椅子でいっぱいいっぱいな感じの推定五畳。クリストはベッドに腰かけたまま背中からダイブしたような格好で寝転んで、右手をおでこに乗せている。その手の下から視線だけをこちらに寄こして、悟ったように微笑んでいる。控えめに言ってやばい。さらに「話せるのか……?」と意味不明なことを言ってヨシノの方へ右手を差しだしてくる。
その言葉にはっと気づいて自分の背後をきょろきょろと確認した。ヨシノには何も見えなかったが、クリストには見えているのだ、幽霊が。やっぱりさっきうつされたっ。
「み、み、視えるの……?」
心なしか感じる背後の寒気にぶるりと震えながら聞くと、
「ああ。見える。」
にこやかに悟った表情で返された。