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6.汗ばまれるところ

 一か月近くかかってしまった。

 ヨシノは魔術塔を出ると、その足でまっすぐ騎士団の建物群へと向かった。

 フィネとミネのおかげで(せいで?)魔術塔を上を下への大掃除にまで発展してしまったヨシノのご奉公は、一通りの公共スペースがピカピカになったところでいったん区切りがついたといえた。金髪の双子は個人の部屋やら実験室やらも掃除したがったが、それらはその部屋の責任者の許可を取ってからということになったので、晴れてヨシノは休日を取ることができたのだ。といっても、それまでも魔術塔で管理している動物たちの散歩に出かけたり、塔を出たがらない魔術師の代理でお使いをさせられることも多々あったので、別に塔に缶詰めだったわけでもないが。歩いていると掛け声や剣戟の音らしいざわめきが風に乗って聞こえてきて、魔術塔とは反対の、陽の活気を感じる。

 ……あまり期待はしていなかったけれど、やっぱりクリストはヨシノのところに会いには来なかった。

 騎士と魔術師は相容れないことは知っていたし(というか魔術師自体が誰とも相容れない)、クリストはもう騎士団の仕事に戻ったのだから暇ではないだろうことは分かってはいたが、もしかして王都観光をすっぽかしたことを怒っているのではないだろうかという恐れがヨシノの胸を幾度となくよぎっていた。だって伝言すらくれなかったし。王都観光は最後のサービスのつもりで言っただけだったのに、ヨシノがこっちにしばらく残ると知ってそれ以上付き合わされるのが面倒になったとか。ありうる……。

 近づくにつれだんだんと勇気がそがれて、人に見つからないようにこそこそと物陰に隠れるようにして移動していた。うっかりいきなり鉢合わせたりしないように。

 そう。まずは遠くからこっそりと観察しよう。ヨシノはそう決めて、野外の訓練場の方へと回り込んだ。あそこなら遠くから観察できる。騎士団はいくつかの班に分かれて動いており、ローテーションで警備や訓練、設備の保守などにあたっているらしい。だから訓練場にはほとんど常に誰かの姿がある。というのを、暇だから決闘しようと誘った時にクリストから聞いていた。ちなみに、お前のお遊びごときに大事な訓練場を貸せるかボケというニュアンスの非難であった。

 つまり覗いてみてクリストがいればラッキー、様子を窺い、ヨシノを見つけた時の反応次第で対策を考え、いなかったらそのへんの誰かに居場所を聞いてみようという作戦である。

「あ、クリストの友達。」

 柵の近くに寄ってみると、名前は知らないが、よくクリストと一緒にいた同僚らしき男を端の方で見つけた。

「えっ、はっ?おまっ、あれっ、えっ?」

 彼はヨシノを見るとぽかんとして持っていた剣を取り落としかけた。なぜそんなに驚いているのか分からずに、とりあえずこんにちはと挨拶しながら近寄ると、彼は思いもよらないことを言ってきた。

「えっ、聖女サマ、帰ったんじゃなかったんすか。」

「へ?帰るって、どこに。」

「そりゃ、ほら。帰還の儀式。」

 何かはよくわからないが、男は両手で宙に円を描くジェスチャーをしていた。

「ああっと。それは、延期?中止?になりました。」

 そういえば延期になったのか中止になったのか確かめていなかった。今度聞いてみようと心のメモ帳にメモしていると、男は当然「なんで?」と理由を尋ねてきたが、「一身上の都合により」で乗り切る。知っててよかった魔法の言葉。

「あの、それで、今日クリスト、どこにいるか知ってます?」

 早速本題とばかりに聞くと、男はさっと軽薄な印象の表情を引き締めた。心持ち青ざめたような顔色が、不吉な予感をヨシノにもたらす。

「クリスト、今会うのはやばいかもしれないっすよ。」

「へ。や、やばいって?」

 やっぱり怒っているのだろうかという思いが急に沸き上がってきて心臓がどきりと大きく動く。男は深刻な顔をして周囲を窺い、それから口に片手を添えて聞かれたくない話をするみたいに声をひそめた。

「あいつ、なんかやばいもんに取り憑かれてるっぽくて。」

「……やばいもん?」

 あまりに予想外の方向に飛んだ話にオウム返ししかできないヨシノを真剣な表情でとらえて頷き、男は続ける。

「そうです。死んだ人が見えるって言ってて、しかもよく見たいからって夜勤ばっかり受けてて。それで寝不足なってんのに、へらへら笑ってんすよあいつ。やばいでしょ。」

「……なにそれやばい。」

 あまりにも笑えない状況に、いつの間にか二人でしゃがみこんでひそひそと声を潜める。

「だからさっき、とりあえず寝ろって宿舎の方に引っ張ってったんすけど……、あ……、」

 男が自分の右手をじっと見て言葉を途切れさせる。続きを待って見つめていたヨシノと目が合うと、急にその手でヨシノの腕を掴んできた。

「ぎゃっ、」

「うわ、お、俺、うつってないですよね?!」

 うつる、でピンときた。クリストを触ったから幽霊が自分にうつったのではないかと危惧しているのだ。というか、こっちに触ったらそれがこっちに……!

「ぎゃーーー!う、うつる!離せーー!」

「嫌だ!幽霊とか出たらもう夜勤できねえ!」

「ぎゃーーー!!!」


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