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3.彼女の最後の言葉

 人が一人いなくなっても変わらずに朝は来る。

 当たり前でいて、当事者だけにのしかかってくる世界の残酷さにクリストははあとため息をついた。

 何度も一緒に通った城への渡り廊下を歩いていると、今にも隣からヨシノの声が聞こえそうだ。脳はおぼつかないのに体だけは勝手にいつもの動きをしている、そんな感じでこのところ三日ほど過ごしている。少し手を伸ばせば触れられた体は今はなく、クリストの腕は不自然に宙をかいた。

「クリスト様。」

「ミネ?」

 急にかけられた声に横合いを見ると、建物の窓からミネがひょこりと顔を出していた。

「こんなところから申し訳ありません。」

「いや……、なんだか久しぶりな感じがするな。」

 正直なところを思わず漏らしてしまうと、ミネははっと口に手を当てて申し訳なさそうに謝ってきた。

「忙しさにかまけて不義理をいたしましたわ。申し訳ありません。」

 そしてぺこりと頭を下げる。クリストはそういうつもりではなかったと慌てて弁解した。

「ああ、いや、いいんだ。急なことだったしな……。」

 それにやろうと思えば彼女らを呼び出してもらったり、それこそこちらから会いに行ってでも事件の顛末を聞くことはできたのに、それをしなかったのはクリストのほうだ。

「魔術塔にいると聞いたが……。」

「はい、そうなんです。ヨシノ様に付いて行きましたら……、」

 不意に彼女の名前が出てクリストはどきりとした。やはり、ミネとフィネは最後まで彼女に付いていたのだ。

 ミネはヨシノと魔術塔に行ったらそこの内部の汚さに呆れ果てて、今懸命に掃除をしているところだと笑いながら話した。その顔に翳りはなかったが、急なヨシノとの別れのつらさを掃除に充てることで発散しているのだと思うとその笑顔すらも痛々しく感じる。自分より十近くも年下の少女が耐えているのだからしっかりしなければ、とクリストは肚に力を入れた。

「ああ、そうですわ。クリスト様に、ヨシノ様から伝言を言付かっているのです。」

「!」

 ミネが忘れないうちに、と言い出したことはクリストが一番聞きたかったことであり、一番聞くのが怖いことでもあった。

 彼女の、最後の言葉。知りたいという思いが大挙する反面、聞かされたくないと思ってしまう臆病な自分もいる。最後に残された言葉を受け取ってしまったら、そこでヨシノとの繋がりも絶たれてしまいそうな気がして。

 クリストの内心の葛藤に微塵も気づかない様子で、ミネはあっさりとそれを口にした。

「王都に一緒に行けなくなってしまい大変申し訳ありません、と。」

「……、そうか。」

 ミネの口から告げられた丁寧な言葉には彼女の多大な修飾が入っていることは間違いない。恐らく「王都行けなくなってごめん。」程度の軽さだったのだろうなと過去のヨシノの言動を思い出すと、意識せずして口角が上がった。

「わかった、ありがとう。」

 自然に笑うことが、できたと思う。


 魔術塔はその名の通り高い塔で、王宮敷地内のどこからでも見ることができる。塔と城を結ぶ渡り通路のようなものも空中に何本か張り出していて、王の呼び出しにすぐさま馳せ参じる忠誠心の象徴だとされている。というのも、魔術師は政治や軍事を疎んで塔に引きこもってばかりいるからだ。塔を下りるのすら面倒くさい魔術師をどうにかして城まで呼び出すためのもの、というのが実際の使われ方となっていた。

 だから普段人影があることはほとんどなく、何となく見上げた渡り廊下に人影があったことがクリストの注意を引いたのだった。

 二人の人影は何やら立ち話でもしているようで、しばらくそこから動かない。魔術師がその通路を使っているところを見ることができたらこの先一か月分の運を使い果たしている、と言われるほど珍しいもので、それでいくとクリストは二か月分の運を使い果たしたことになるが特に嬉しいようなほどのこともでなく、むしろこんなことに運を使いたくないので周りの誰にも教えるつもりもなく目を逸らそうとしたところで、もう一つの人影が二人に近づいてきた。

 どくんと心臓が音を立てたのは三か月分の運を使い果たしたからではなく、歩いている人物がヨシノに見えたからだ。

「おーい、なにぼーっとしてんだー?」

 目を凝らそうとする寸前に背後から声をかけられて、一瞬そちらに気を取られた隙に、ヨシノらしい人物は掻き消えていた。目を離したといってもほんの一瞬、その一瞬で人一人消えるなどありえないし、消えたのだとしたら近くにいた二人が何か反応してもいいはずだが、先ほどから何も変わった様子はない。

「……幻覚かな……。」

 思わず右手で両目頭を押さえる。おかしいのは頭だけにしてくれ。


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