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2.ロス分を計れ

 ぎろりと鋭い瞳に睨まれて、ヨシノはあわてて前言撤回したくなった。

「あ、いやー。そのですね、」

 慌てて両手を顔の前で振っても一度発してしまったことは取り消せず、相対する魔術師長のドスのきいた声に思わず縮み上がる。騎士に比べたら外見優男のくせに相当怖い。

「ああ?こちとらお前のために一年も前から準備してやってんだよ。それを?どうするって?」

「あ、ああー、いや、その、延期、延期でいいんです。延期にはできないでしょうかっ!」

 帰還の儀一か月前になってやっぱ帰りたくないとか言い出したら怒るかなー、とは思っていたもののやっぱり怒った。つい圧倒されて前言撤回しそうになるのをこらえてヨシノは延期を持ち出したが、魔術師というのは総じて人情を解さないし頭が固い。こちらの世界を離れがたくなってしまったヨシノの気持ちを慮ることなくばっさりと斬って捨てられるだろう。という予感は、しかし今回に限っては当たらなかった。

「ああ?延期?何か月だ。」

 相変わらず怒ったような威圧する口調なのに思わぬ譲歩をされてヨシノは拍子抜けする。問答無用で押し帰されるかと思っていたのに。

「へっ……、まだ決まってないけど……。」

 正直なところとっさに口から出ただけで、詳しい期日などは何も考えていない。何か月と問われたということは一年以内が期限なのかな、じゃあ一番遠い一年って言っておこうかな、などと考えながら答えると、魔術師長は激昂した。相変わらず怒られるポイントがわからない。

「はあっ?!ふざけんな!こちとら忙しいんだよ。期日も決まってないあやふやな仕事入れさせんじゃねえよ!」

 そしてバンバンと目の前の卓上にある大きな紙を叩く。

「計画だ!まずは段取りが全てなんだよ!変なモンねじこんでこの通りにいかなくなったらどうしてくれんだ?!」

 そこにはびっしりと何かが書き込まれていて、話の流れからこれが仕事の計画表らしいということがヨシノには察せられた。

「ほらこれだよ!お前のためにとっておいた時間はこことここ!ここ!それからここが帰還の儀だ!ほら見ろ!どれだけ時間が取られているかわかってんのか?!」

 ひい、と心持ち体を引きつつも目だけは示されたところを追うと、確かにそこらあたりだけぽっかりと大きく時間が取られている。儀式の準備とかなのだろうか。

「あっ、じゃあ、これやめたらたくさん時間できますね!やめるのはどうでしょう?!」

 完全に苦し紛れの一言だったが、魔術師長は一瞬の間のあと眉間の皺を消して「あ、ほんとだ……」とぽかんと計画表を見つめる。

 わかった、時間だ。この人が反応するのは時間だと本能的に確信してヨシノはテーブルの下で拳を握った。これはあと一押しな気がする。

「や、やめちゃいません?」

「……いや、でも……、このために一年もかけてきたのに……。そんなことしたらこれまでの時間が無駄に……。」

「損切りしましょう!いかに損害が膨らむ前に損切りできるかが重要なのではないでしょうか!」

 お前が言うか?という視線を向けられつつもヨシノは押しの姿勢を諦めなかった。なぜならこここそが彼女がこの世界に残れるか否かの正念場であるからだ。

「……確かに。過去の損失にこだわりすぎてさらなる損失を招いてしまっては、それこそ本末転倒だな。」

「でしょう?!」

 ヨシノがゲームセンターでぬいぐるみをとろうとして三万円使ってしまった時に友人に諭された理論を、魔術師長は彼女の数百倍の速さで受け入れて納得してくれた。さすが人情を解さない魔術師だ、自分の情すら切って捨てている。ちなみに、ぬいぐるみは取れなかった。


 そういうわけで儀式の中断に成功したヨシノを待っていたのは、魔術塔での住み込み奉公。なんでも、ヨシノの儀式のために時間を取られていたために通常業務が滞りがちだったとか。思い切って損切りした魔術師長が損を損だけで切り捨てるはずはなく、少しでも回収しようとヨシノに手伝いを命じたのだった。

「えーっ。でも私、聖女様っすよ。」

「元、だろ。今はただの客人扱いだと聞いたが?」

 確かに少し前に聖女としてのお役目を無事終えたところで、帰還までの間はただの客人として城に住まわせてもらっていた。タダ働きとかやる気出ないなあ程度の理由に無情な魔術師長が心動かされるはずもなく、その面談のあと善は急げとばかりに即座にヨシノは拘束されてしまった。

「客人をこき使うのもどうかと思うけどなあ。」

 しかし魔術師長ならたとえ聖女様でもこき使いそうだ。ぶつぶつと文句を言いつつも、ヨシノは目の前に山と積まれた小さな容器を一つ一つ浄化していく。

 客人に降格すると聖女業の時のような特別扱いはなくなるものの、行動制限もなくなるため、帰還までの間は自由に羽を伸ばしてくださいという配慮らしかった。付きっきりだった護衛も任が解かれ、それはそれで少し寂しかったが、帰るまでに王都を案内してくれるというのを楽しみにもしていたのだ。

「あ、そうだ。もうクリスト帰ってるかも。」

 彼はヨシノの護衛を解かれたあと元通りに騎士団に戻り、日々の任務をこなしている(らしい)。先日一週間ほど任務で遠くの街まで行くと言っていた。帰還中断会議から流れるように魔術塔に住みついて慌ただしく雑務を請け負っているうちに、そのくらいは経っている気がする。

「ねー、フィネ。もしどっかでクリストに会ったら、王都観光行けなくてごめん。って言っといて。」

「承知しました。」

 魔術塔での奉公にたいして乗り気でなかったヨシノだが、今ではやればやっただけ成果が見える仕事に随分と熱中してしまっていた。それでも次々とやることはあって、とりあえずひと段落ついたらクリストに会いに行こうかなと考えていた。当初は彼が一週間の任務から帰ってきたらすぐにでも計画を立てようと思っていたが、魔術塔でこき使われることになったせいで今すぐは行けそうもない。でも王都観光は行きたい。どうせ時間はたっぷりあるんだし、いつになってもいいけどその約束は覚えていて欲しい、そういう思いを込めた伝言のつもりだった。


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