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第二十一話 折り返し

ここから先の話はグラグラが哀れすぎて語るのもはばかられるが、もう少し語っていこう。

ただし語り手の口は筆者ではない。先生だ。


アザンクールという街にたどりついた先生。もちろん他のむさくるしい仲間も一緒だ。

彼ら五人は徒歩で旅をしていたので、小僧たちやルイ=ニコラと比べてまさに牛歩。

旅の速度は非常に遅かった。だが、現状最も遺体を大量に保有しているグループには違いない。


その先生たちが宿屋を借りた。先生が宿屋を出て遺体を探しに出ようとしていると、受付の女将さんが話しかけてきた。


「あんた、ちょっとちょっと!」


「ん? なにか?」


先生は基本的に、全く知らない人に対しては礼儀正しく気さくである。

女将さんになれなれしく話しかけられても、振り返ってこころよく対応する。


「あれ全部相手するのかい? 足腰立たなくなっちまうよ」


「何がです?」


どうも、先生はむさくるしい四人の軍人たちの従軍慰安婦か何かだと勘違いされたようである。


「それより……この町の西の方にひときわ大きな建物がありますよね」


先生は遺体の反応の感じから、その大きな建物に遺体があると確信していた。女将さんはこう答える。


「ああ。あれは大商人の館よ。いくらか別荘を持ってて、本拠地は港町のル・アーヴルだそうだよ」


「ふむ……ル・アーヴルか。いずれは行こうと思っていた。となると、ふむ」


ふむふむと一人で納得してから先生はこう聞いた。


「その商人……恐らくは邪教の信者ですね」


「邪教……って?」


「女将さんには関係のない話です。あなた余計なことに首を突っ込むタイプのようだから、これ以上は話しません」


先生はその後商人の館を見てきたが、やはり大きな建物で警備は厳重。

とてもではないが、いきなり入って盗んで何事もなく出て行くことはできそうになかった。

とりあえずターゲットの周辺を散策して宿屋に帰ってきてみると、兵士の連中がガヤガヤと騒いでいるのがわかった。


連中は金があんまりないので四人で一つの部屋に泊まっているのだが、その部屋がうるさいので先生が行ってみると、リリアン准尉がそれに気づいて言ってきた。


「ああ先生。こっちにこい、話がある」


「わかった」


先生が四人の男の輪の中に入ると、その中でもボスであるアラン=ミシェル・ロラン少尉が口を開いた。


「遺体が指し示す反応が動いている。少し前まではアルルにいたのだが、今はこちらへ向かっているな」


「そうか。小僧だろうか?」


「彼のことは知らぬが、遺体についてさらに大きな動きがある。遺体をもって移動している人間が増えているのだ」


先生はさっきまでこの町に存在する遺体を回収するのに夢中で気が付かなかったので、黙って話を聞いてみる。


「それが……現在遺体が王都のメルヴェーユ宮殿にあるのだ」


「王都だと? アクセルでもルイ=ニコラでもないだろうし、奇妙だな」


そこにはもとから遺体などないはずだし、この遺体争奪戦に参戦している人間で、王都に用のある人間などいないはずだ。

これについて、さっきから盛んに議論していたので男たちがうるさかったというわけだ。


「もしも可能性があるとしたら、私の知り合いが小僧と接触したのかもしれぬ」


「というと?」


「少し話してやろう。私の過去についてな……」


というわけで先生が過去を話し出したのである。


「これはまだ私が十歳だった時のことだ。今から二百年以上前のことになる」


「なに?」


「不死身だと知ってはいたが……」


「それで?」


「私はフォルスベリ属州の州都ナーゲルスホルムという寒い港町に生まれ育った。

あそこは今でもそうだが、当時も北方世界全体の玄関口となる港町。

さらに北へ行ったところの国と交易したり、逆に北の商品を南国に売ったり。

そういった商人と船乗りが住んでいた。私の父も船乗りで家にいることが少ないため、基本的には年の離れた兄と母と私の三人暮らしをしていた」


「すげえ、都会っ子じゃないか」


「ああ。フォルスベリ属州といえば裕福でおしゃれなイメージだ。憧れる者も少なくない」


「だが、私は荒々しい海と格闘する船乗りの父に似ず、とても病弱だったのだ。

そんな時だ。わがフォルスベリ属州は戦場となった。二百年前と言うと知っているな?」


「ああ。エドアルド一世の汚点と言われる事件だな」


ベルティエが知ってるのに説明してくれないので地の文で説明するが、エドアルド一世が実の姉を殺した事件である。

エドアルド一世の姉は弟と敵対しており、自分の産んだ子を三代目皇帝にしようとして、皇子時代のエドアルド一世と血で血を洗う骨肉の争いをしていた。


そしてエドアルド一世十八歳のとき、ついに姉とその夫が立ち上がった。

反エドアルド一世勢力をとりこんで帝国を二分したエドアルド一世との全面戦争へと突入。

姉の夫であるヴェルタ―・フォン・ベルンシュタイン大公は当時帝国屈指の若き名将と言われ、一方エド皇子のほうは特に何の実績もない。


下馬評ではエドアルド一世の圧倒的不利な状況で始まったこの戦争に、彼は大逆転勝利をした。

帝国南部のフェネルバフチェ属州を拠点としていたエド皇子に対し、北方のフォルスベリ属州を拠点としていた姉たちの陣営の戦争。

これは別名南北戦争とも呼ばれた内戦で、エド皇子は北の属州を拠点としていた姉を殺害。


だがそれとは別に、アルダシール教と呼ばれる邪教もこのフォルスベリ属州が発祥であった。

このことからエドアルド一世はこの北方の属州に対し、非常に複雑な感情を持っていた。

少なくとも、あまり何度も行きたい場所ではなかった。


「そう。エドアルド一世の軍により州が制圧され、彼の姉に資金提供をしていた商人にも罰せられるものが出た。

私の父は辛くもそれを免れた。そんな時だ。私はあのお方に出会った」


「遺体の生前の人物だな。一体何者なんだ……」


「わからぬ。が、今はもはや大した問題ではない。

あの方は父が連れてきた家庭教師だった。帝都で勉強した秀才で貴族の三男だとかいう触れ込みだった。

父も母も帝国中枢の貴族という肩書には弱かったからな。今思えばサギだ」


「だが……二人は……?」


「私のプライベートにかかわることなので、あまり詳しくは説明しないと断っておこう。

私たちは交流を深め、ともに多くのことを学んだ。

だが私の病状は年を追うごとに悪化し、十四歳になるころには、もう余命いくばくもないほどだったのだ。

そんな時だった。あの方は私の寝かされているベッドのそばに来たかと思うとこういった。

自分は今から許されないことをすると。一体、何が起こるものかわからなくて私は怖かった」


その後、「あの方」は先生にこうささやいたと言う。


「僕の心臓を、君にあげる。あの方は確かに私にそう言った。意味はわからなかった。

だが、それが文字通りの意味であることはしばらくするとわかった」


あの方は注射をして先生を眠らせた。その間に何が行われたのかは誰にも知る由もない。

だが、その後先生は嘘のように回復し、再びあの方と一緒に外へ出られるまでになった。

あの方の言った「心臓をあげる」というのは、「君を心から愛している」という意味であることに疑いの余地はない。


だが一方で、先生の回復具合から見て本当に成人男性の心臓をもらったのだとしか考えられない。

しかも彼女は身体能力が強化されており、これは小さな少女の体に不釣り合いな成人男性の心臓が入ってきたためであろう。


心臓をもらった先生とは逆に、「あの方」は日に日に弱っていった。

先生は多くを語らなかったが、帝国の死神騎士団に追われる恩人を守るため、体の弱った彼を先生がどれだけ必死に守りながら移動したかは推して知るべしといったところだ。

そして長い旅の末落ち着けたカルカソンヌという街で、二人は二人の手で子供を作った、それがアクセルだった。


そして、数年もすると先生も大人になっていたので、あの方との子供を出産したが、うまく育たなかったことはすでに語られている通りである。

ここからの話を先生は続ける。


「しばらくして帝国の死神騎士団がやってきた。あの方は殺されなくてもとっくに死んでいたであろう、そのくらい弱っていた。

逆に私はこの通りだ。あの方に心臓を頂いたからこうして二百年も平気で生きてしまっている」


「なるほど」


少尉はひげを撫でながら続ける。


「それがその男が貴様に謝罪していた理由というわけか。その心臓はまるで呪いのようだな」


先生が傷つくかと少尉は思ったが、それどころか先生はむしろ優しい母性に溢れたような顔つきで返した。


「そうかもしれないな。だが私はあの人と同じように、最愛の人にはいつか必ずこう言うと誓っている。

私の心臓をお前にあげると。その人に会うまで私はまだまだ死ぬわけにはいかないな」


「それって、あの少年のことかね」


「ほかに誰かいるのか?」


先生は割と照れ屋なところがあるが、ここでは全く自分の本心を包み隠さなかった。


「彼は王都に居るということか?」


「いや……そもそも、そのことを話そうと思っていたのを忘れるところだったぞ少尉。

私の知り合いにアデライドという女がいる。あの女が小僧と接触し、アルルの遺体を奪取。

その後王都に送ったのだろう。あの女が王都に遺体を送るとしたら理由は一つしかない」


「だからそれはなんだ?」


「プリンツ・オイゲンへの報告だ。貴様らも知っているだろう、アデライドは死神騎士団だ」


「えっ、いやいやいや。そんなの噂でしょう!」


「うむ。今時死神騎士団など子供のような……」


とリリアン准尉と軍曹が次々に言ったが、少尉はこう諫める。


「いや。この女に限ってあり得んということはあるまい。

本当に皇帝直轄の死神騎士団が動いているとしたらありうる。

少なくとも、彼が約束を破ってあの町から動いているのだとすると、何らかの形で誰かが接触して、説得したとしか考えられん」


「それは確かにそうですが……」


「信じようと信じまいと事実だ。あの女が遺体のことをプリンツオイゲンに洗いざらい話した可能性が高いな。

となると、数百、数千単位の軍隊が動いてくる可能性も考えられる。

我々に出来ることは一つだ。速やかに遺体を集め、混乱の元となるルイ=ニコラを殺す。

そして遺体を回収し、我々とアクセルとの一対一の状況を作ることにある」


「我々ね。仲間だと思われてたとは光栄だな」


「仲間だ。私に都合がいい限りはな」


と先生はベルティエの顔を指差して意地悪い顔を作りながら言ってからこう続ける。


「せいぜい弾除けか盾にでも使ってやる。それとお前たち、早く遺体を盗ってこい」


「言われなくてもやるっつーの。少尉殿、遺体は例の商人の館ということでしたか」


「うむ。女将に聞いたところ、ル・アーヴルという街に拠点を構える商人のものだそうだ」


「その話をしていたところだったな……ル・アーヴルには遺体がある」


「となると……?」


「ああ。この町にいる敵は『大幹部級』だろう」


先生はそう言って立ち上がるとテーブルの上の地図のル・アーヴルの場所を指差した。


「ここにも遺体の反応がある。遺体は私をおびき寄せるための罠だ。

だが、同時にわたしもアクセルを呼び寄せる罠でもある。

奴は私が苦しむ姿を見たいのだから、必ず至近距離まで近づいてくるはずだ」


「お前が囮になると……だが残念ながら我々の目的はアクセルの打倒などではない」


と言ってから、ベルティエはさらにこう続ける。


「そろそろ教えやがれ。遺体を集めると何が起こる?」


「バカ者め、私の話を聞いていなかったのか? 遺体を持っていること自体に大した意味はないのだ!

だが、アクセルはいずれ世界中の人間をアルルのように、夢の世界へ引きずり込むつもりなのだ」


「世界を救うヒーローというわけかよ」


「なんとでも言え。とにかく、遺体の残り数がもうわずかでアクセルも近い以上、悠長なことはしていられん。

今までとは違うのだ。この町の遺体の隠し場所は、アクセルの腹心の部下が守っているに違いあるまい」


「となると、向こうはこちらの接近にも気が付いているということでしょうか、少尉?」


「うむ。ならば遺体の所有は相手に接近を知らせるということでもある。

我々に遺体を提出しろ。そうすれば敵のかく乱になる」


「無意味だ。私の体はあの方の遺体の心臓を使って動いているのだ、だからアクセルには確実に探知される。

この二百年、アクセルと私が敵対することになってからは、ずっとそうやって嫌がらせを受けてきたのだ」


「では我々がお前にこれを渡すと、それはできんな」


「いい加減にしろ少尉! 私の話を聞いていなかったのか。言ったはずだぞ、遺体など持っていても意味はないと」


「いや、その心臓がいい証拠だ。持っていれば何かしらの意味があるに違いあるまい」


「だとしてもこの遺体の本人だけが有効利用の方法を知っているのだ。

言っておくが、私はお前たちを皆殺しにして遺体を奪ってもよいのだぞ?」


全くその通りだった。先生はもはやこいつら軍人に小僧という人質を取られているわけではない。

以前はそんな時もあったが、もうその心配はない。だが少尉はまだ先生とバトルを続ける気でいるようだ。


「貴様こそ何か勘違いをしているな。所詮その心臓が不死身の肉体をもたらすと言っても、既に我々はお前を一度倒すことに成功している」


「あの時は小僧もいたからな。私もあいつも、味方がいると被害を拡大させてしまう性質でね」


「しょ、少尉。今やるんですか!?」


「俺は別に今でもいいけど」


ベルティエは懐に持っていた拳銃を先生のこめかみに突きつけるが、先生は冷たい声で言った。


「その引き金は引かないほうがいい」


「引いたらどうなるのかな?」


ベルティエが引き金を引こうとした、だが、その指は凍り付いたように動かない。

慌てて自分の手を見るが何も変わったところはなく、いぶかしむベルティエ。

先生は拳銃の銃口が自分に向いていることなど無視して立ち上がると、ほかの三人にこう言った。


「この際だ。話しておこう。私の術式は……毒。毒はすでにこの部屋に蔓延している」


それは神経毒の類なのだろうか。兵士たちは次々とめまいを覚えて膝をつき、とてもではないが銃を構えるどころではない。

恐らく、先生は毒を蒸気のようにまき散らして部屋の中を覆うことができるのだろう。

多分室内専用技だ。屋外で敵と戦う時はまた戦法が違うのだろうが、これが余裕の正体であった。


「悪いことは言わん。魔法使いですらないお前たちに、遺体を集める意味すらない」


「意味はなくても得ならあるのでね」


少尉は頭痛にめまいに吐き気、全身の痺れを怯え、まず普通に立っていられないはずの状態だ。

それが、どういうわけか懐から拳銃を抜いて銃口を先生に向けており、これには先生も面食らう。


「どうして立てる? 気力でどうにかなる吸入量ではないはずだが……」


それは十五年前のことだった。戦地から帰ってきたアラン=ミシェル=ロラン少尉は、自分の故郷アルルが壊滅しているのを発見する。

命がけで戦争に行っている間にそのようなことが起こったことを知った彼はすぐに妻子を探した。

妻と幼い子供は実家で眠り姫のように安らかに眠っていた。

だが起きることはなく、飲まず食わずで眠り続け、脱水症状で死んでいった。


生きた人のいない閑静な山奥の村には、男の慟哭がよく響いた。

そこへ現れたのが誰あろう、アクセルその人だった。アクセルは少尉に遺体を差し出すと、こう囁いたのだ。


「君の妻子はある女の毒によって死んだ。その女はこの不思議な力を持つ遺体を持っており、お互いは必ず反応する。

その女を見つけて殺すがいい。また、シオンという女が一緒に行動しているかもしれないので、もし居たら教えてくれ」


アクセルにそう言われた。男は決して話を信じていたわけではなかったが、ほかに行く当てはなかった。

生きる目的がほかになかった。復讐以外、もはや何一つ自分の人生に残されていなかったのだ。

男は兄弟に財産を譲って家を出た。そしてその弟もアクセルに篭絡されることになる。


アクセルの狙いは二つ。一つは先生に精神的苦痛を与えること。

第二は、少尉の弟に狙いを定め、アルルという村全体をわが手にすることだった。


「アルルで亡くなった我が妻子のため、お前に必ず復讐しなければならないのだ、私は!」


「何を言っている。私はそんなことしていないぞ!」


「わかっている!」


「なに?」


少尉は思いがけないことを言った。意識が白濁し、耳鳴りが何千回も意識の中で反響している。

そんな中やっとのことで体を立たせ、背中を部屋の壁にもたれさせて続ける。


「もう何日もお前と一緒に旅をした。そんなことはわかっている。お前がただの純粋な、悲しい女だということぐらいはな」


「だったらもうやめろこんな事!

アルルをあんなにしたのはアクセルだ。私たちの敵は共通のはずだ!」


「もうこれしかないんだ私には。私は天国へ行かなければならない。

あの世で妻子が待っている! 生き続けてもこの世には……!」


そんな時だった。銃声が部屋の中に響いた。


「やれやれ。もう町には居られないな」


ベルティエが持っていた拳銃で少尉の頭を打ち抜いたではないか。

なんとか努力してベルティエは身を起こすと、拳銃をホルスターにしまった。


「この野郎……!」


「殺してやる……!」


リリアン准尉と軍曹はすぐさま気力で起き上がってベルティエに銃を向けて悪態をつくが、ベルティエは冷静にこれに対処する。


「少尉殿は尊敬してた。戦争では世話になった。これが俺の恩返しだ。

妻子に顔向けできない男になる前に、逝かせてやるのが部下冥利に尽きるってものだ」


「しかしどうするベルティエ、お前は私とともに来るのか?」


「そうしようかね。だが、魔法の使えない俺は足手まといじゃないのか?」


「使いようはある。軍曹、准尉。お前たちはどうするんだ。

この先私とともに来ても、何の得もないぞ。だがついてくるなら歓迎する」


その日、一体何があったのかは定かではないが、町はずれの豪邸に足を踏み入れる先生たち四人の姿があった。

さてそのころ、小僧と教授、そしてドクロはル・アーヴルという港町から運河の伸びてくる中間地点にやってきていた。

いやー、あろうことかこちらがまだ完結もしてないのに新作を始めてしまった。

ですから投稿スピードはさらに遅くなりますが、まあブクマ件数一件だから別にいいですよね。

こちらは、全然未完成の新作とは違いラストから逆算して書いているので構想自体はありますからブクマが一件でもある限りは必ず完結はさせます。

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