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春の推理2022『桜の木』

桜の木の下で会いましょうを読んだ。から始まる日記のようなもの

春の推理2022 参加作品です!

テーマは『桜の木』

和之(かずゆき)、久しぶりに帰って来なよ。来週の土曜日に英美(ひでみ)も帰ってくるから」



 実家に電話をしたら、母に帰って来いと言われた。

 そういえば、もう三年も帰っていなかった。

 電話したのも一年ぶり……。

 いや、もっと前だったのかもしれない。


 新幹線の窓から見える景色に、懐かしさを覚える事も少なくなった。

 日々、街は変わっていくから。

 けれど、富士山だけは、いつまでも変わらぬ姿でそこにあり続けてくれる。



 久しぶりに家族が揃った。

 『駅までわざわざ車で迎えに来てくれたのか』と思ったら、そのまま祖母の家に行くためだった。


 俺が実家に帰らぬ(あいだ)に、祖父が亡くなった。

 高野英治(えいじ)、享年九十三歳の大往生だったと聞いた。


 俺は香典だけ送って、通夜にも葬式にも出ていない。

 だから、まず祖父に線香をあげに行く事になった。



「お兄ちゃん、久しぶりだね、元気だった?」

「まあ、元気だよ」

「やっぱり新幹線で四時間以上かかるから、なかなか帰って来れないね」

「まとまった休みが取れないとな」

「だよね、私は半年に一度は帰ってるよ」


 妹は実家から高速を使って一時間の場所に住んでいた。

 よく親と連絡を取ってくれているみたいで、とても助かっている。


 妹とたわいもない話をしていると、車窓から祖母の家が見えた。

 祖母の家は昔と変わらず、帰ってきたって感じがする。



「ばあちゃん、ただいま」

(かず)くん、久しぶりだ、元気だったかね?」

「元気だよ、ばあちゃんも元気そうで良かった」

「ほら、早く線香あげてきな」



 久しぶりに見た祖母は、俺の記憶にあるよりも一回り小さくなったような気がした。


 俺は仏壇に線香をあげて、手を合わせる。



「じいちゃん、なかなか来れなくてゴメン。

 最後会えなくて俺も寂しかったよ……。

 お土産持ってきたから食べてな」

「おじいちゃん、やっとお兄ちゃん来たよー」



 本当は帰って来たかった。

 でも帰れなかった。

 俺が少し泣きそうになったので、妹が明るく茶化してくれた。

 ーーありがたい。



「ほら、お菓子あるから食べな」

「ばあちゃん、ありがと」



 祖母が出してくれたのは、バナナの形をしたカステラだった。中に白餡が入っていて、ほんのりバナナの味がする。子供の頃、良く食べていたお菓子だ。

 ーー懐かしい。


 久しぶりに食べたバナナカステラで、昔の事を思い出した。



「そうだ、じいちゃんの持ち物で何か面白い物あった?」

「ん?」

「いや、昔ひいばあちゃんが亡くなった時、写真とか切手とか色々整理したじゃん」

「そうだったね、和くん、よく覚えてるね」

「思い出の品とか、昔の物を見るの楽しかったからさ、じいちゃんにも何かあったかなと思って」

「どーだったかねぇ」

「おばあちゃん、日記みたいなのあったって言ってなかった?」

「あぁ、あったね、今持って来るからね」



 そう言って、祖母はいかにも古そうな、少し黄ばんだノートを持ってきた。



「これね、中に日付が書いてあるから、日記じゃないかね?」

「あぁ、それっぽいな」



 そう言って俺はノートを受け取った。

 表紙には『昭和二十二年』とだけ書いてあった。


 俺はノートをめくって読み始める。


 一行目には、


 四月五日、桜の木の下で会いましょうを読んだ。


 と書いてあった。



「読んだ、って『桜の木の下で会いましょう』は、本の題名か何か?」

「そう思って調べたんだけど、該当する本なかったんだよね」

「そうなのか? ありそうだけどな」

「だって何十年も前からある本って事でしょ? ちゃんと表紙に書いてある、昭和二十二年以前に出版された本で調べたよ」



 なるほど、本当にしっかりした妹だ。



「まぁ、昔すぎて記録に残ってない可能性もあるしな」

「ネットもスマホもない時代だしね」



 とりあえず『桜の木の下で会いましょう』の事は保留にして、俺達はノートを読み進めた。

 妹も、まだこの先は読んでいなかったらしい。


 四月六日、楽しかった。

 四月二十日、面白かった。

 五月十一日、感動した。



「え、これって本の一言感想みたいな感じ?」

「どんな物語だったのかな? 気になるね」

「だな、ん? でも下の方は何か違うかも『可愛い』とか『好きだ』って書いてあるぞ」

「本の登場人物が可愛いかったとか? 」



 二人で色々考えてみたけど、よく分からなかった。



 そして、次のページをめくると最初の行に、


 十月二十五日、美代子(みよこ)と結婚。


 と書いてあった。



「美代子って、ばあちゃんの名前じゃん。途中から普通に日記だったのか」

「じゃあ『可愛い』とか『好きだ』って、おばあちゃんの事だったのかな? ラブラブだねぇ」



 この日記のようなものは、月と日付が書いてあるだけで、表紙以外に年号も和暦も書いていなかった。

 それに、書きたい事がある時にメモするように書いていたのか、いきなり日付が飛んでいる。


 十月十五日、吉子(よしこ)


「あ、母さんの名前が出てきた。日付は誕生日だな。生まれた日に書いたのか?」

「そうみたいだね」



 その日から、母の成長記録になった。


 十一月三十日、よく笑った。

 十二月四日、よく泣く。

 三月三日、ひなあられ。



「初節句に『ひなあられ』って書いてある。雛人形とかじゃないんだな」

「おじいちゃんにとって『ひなあられ』の方がインパクト強かったのよきっと」

「母さんが、ひなあられを食べたとか? いや、お皿をひっくり返して、片付けが大変だったのかもな」



 祖父が何を思って、その一言を選んで書いたのかを考えながら読み進める。


 母の成長記録が『吉子結婚』で終わった。

 父の名前は書いていなかった。

 娘を嫁に出す父親の、複雑な気持ちが読み取れた。


 そして、次のページから書き方が変わった。


 七月三十一日、和之(かずゆき)5

 十二月二十七日、英美(ひでみ)5


 俺と妹の誕生日だ! と思ったら、その後は月と名前と謎の数字だけになった。



「最初のは、俺達が生まれたって事だよな? 俺が生まれてから英美が生まれるまでの間、二年も飛んでるけど」

「おじいちゃん達と一緒に住んでるわけじゃないから、書く事がなかったのかもね」

「その(あと)の月と名前と謎の数字だけってなんだ? まるで暗号みたいだな」

「面白いね、おじいちゃんが何を書いたのか推理してみようよ」



 推理と聞いて何だか楽しくなってきた。

 俺は、コピー用紙に問題の日記を書き写して考えた。


 一行ずつに月が書いてある。

 四月二回の後に三月二回。

 その横に俺の名前と妹の名前が上から順番に交互に書いてあった。

 その四行が計五回繰り返されている。


 そして、最後に四月が二回で終わっていて、そこにも俺と妹の名前が、順番に書いてあった。

 それまでは『5』だった、名前の後ろの謎の数字が、最後だけ『10』になっていた。



「俺達の生まれた日と、四月の名前の後ろにだけ数字が書いてあるんだな」

「和暦が書いてあれば分かりやすいのにね」

「三月と四月にある事か……」

「何だろうね、五回繰り返す事だよね?」

「あ!もしかして」

「お兄ちゃん、何か分かったの?」



 俺は妹の問いには答えず、紙に書き込んでいった。


挿絵(By みてみん)



「どうだ?」

「あー!私達の幼稚園から大学までの入学と卒業ね」

「最後は四月で終わってるから、会社に入ったって事だな」

「後ろの数字は、お祝いの金額かな? 確か会社に入社した時に、おじいちゃんに貰ったよ」

「だな、学生の時は母さんが受け取ってたんだろうな」



 大人になってわかる事、学校の制服やジャージは高い。

 高校になったら教科書も買うから、更に出費がすごい。

 そうゆう所に、祖父からの入学祝いが使われていたんだろう。

 祖父は俺達の知らない所で、色々と助けてくれていたらしい。



 祖父は寡黙で、いつもニコニコ笑っていた。


 笑顔しか思い出せないくらいに、いつも笑っていた。


 俺達が遊びに行くと、楽しそうに笑っていた。


 もう一度あの笑顔が見たいと思った……。




 ノート半分くらいの所で、日記のようなものは終わっていた。


 ーー結局『桜の木の下で会いましょう』って何だったんだろう?


 疑問に思いながら白紙のページをパラパラめくっていると、一枚だけ厚さの違うページがあった。



「何だこれ? くっついてるぞ」

「このページに何か貼ってあるのかな? はみ出たのりでノートくっついちゃう事あるよね」



 破れないように重なったページを慎重にはがすと、右のページに白い紙が貼り付いていた。


 そこには、こう書いてあった。




 英治(えいじ)


 桜の木の下で会いましょう。

 明日、いつもの時間に待っています。


 美代子(みよこ)


読んでいただき、ありがとうございました!


◆◇◆◇◆


このお話の、関連作品を、4月18日に投稿しました。

タイトル

桜の木の下で会いましょう。と書かれた手紙のようなもの


です。

『桜の木の下で会いましょう』

とノートに貼り付けてあった手紙についてのお話。


タイトル上の、シリーズ管理

『春の推理2022『桜の木』』から見に行けます。


読んでいただけると嬉しいです(*'▽'*)

よろしくお願いします。


このお話は、ほぼフィクションです☆


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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛ある日記ですね~。 家族愛を武骨にメモしてる感じが昭和の男って感じでいいですね。 おじいさんが98なら、お母さんが75くらいで主人公は50歳くらいですかね? なんか若い感じがしますね。…
[良い点] 日記の解読は確かに推理の王道ですよね。お祝いの金額という現実的なところ(小説や漫画でも出て来るネタだけど)も上手く加わっていて、スラスラ読めました [気になる点] 孫の祝いを日記に書いた頃…
[良い点] 祖父のメモ書きのような日記から振り返っていく祖父の思い出が、温かくて良かったです。 家族の仲が良かったんだろうな、と読んでて心がほっこりしました。
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