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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の好きな

作者: 河野章

 男、男、女、女……男、女。


 私の好きになってきた人たちの性別だ。

 最初の記憶は幼稚園の同じ組だったコウキくん。次が小学校の時の日下部君で、同時進行で親友の絵梨ちゃんにもドキドキしていた。

 男の子は元気でヤンチャ系、女の子は芯が強くて見た目は女の子らしい子。

 惹かれてきた相手は数知れずだが、男の子を好きになったり女の子に惹かれたり。同時進行で複数人を好きになったりとブレブレの自分を恥じて、誰にも告白などできなかった。

 高校ではそんな自分に嫌気がさして一切誰にもかかわらず寡黙に過ごし、友人に恵まれ恋愛など忘れていた大学時代を経て今。私は誰とも知らない相手の車の中で、男と初めてセックスをしようとしている。

 理由は自分が嫌だからきらいだから、男相手が普通だから処女は恥ずかしいから……自分が何者かわからないから。

「こんな可愛いおねーさんとヤレるなんて、ラッキー」

 語尾上がりに掠れた声を出す唇。煙草臭い、男。

 仕事帰りに深夜の住宅街を歩いていたら、送っていくよと車上からナンパされた。相手はどう見ても酔っぱらっていて傷んだ金髪で30歳以上に見えた。人気のないところへ行こうよと誘われて誘われるまま車に乗って、男は上機嫌で車を走らせて市の体育館のただっ広い駐車場まで来た。

 気づいたら唇を奪われていて、髪を優しく撫でられていた。

「ここ、誰もいなくて良いっしょ……?」

 耳元で男が囁いて舌を耳の中まで這わせてくる。シートベルトを外して運転席と助手席とで向かい合って。私の指を握って自身の股間へと押し当ててくる。掌でスカートの股を割られてもその先へ指を進められても何も感じない恥ずかしさもない、快感なんて当然ない。

 男はあくまでも優しくて、カワイイよキレイだよなんて言いながら私の手を下半身のそれに擦り付けるのに夢中だ。またキス。段々と激しくなる男の吐息。

 私は衣服の上から身体を弄られ、お返しに手を上下に動かしながらぼんやりと大好きなあの子を思い浮かべる。

(あの子とならどうしたかな……)

 私なら……全部脱がせたあの子の細い腰から形の良い大きなおっぱいを丁寧に触っていって、それからキスするのに。そんな妄想をしながら覆い被さる男の肩に顎を預けて機械的に手を動かす。

 何分もかからなかったんじゃないだろうか。

 小さく呻いて男がまた私の耳を舐めながら吐精する。

 満足気に溜め息をつく男の身体越しに夜空を見ていると、ふと空しさが込み上げて涙で視界が揺らいだ。ぐいっと男を押し退けるとさしたる抵抗も無く身体が引いていく。

 泣いている私を見て焦った男が、下半身を仕舞いながら必死に同意だったことを確認する。あれやこれやと泣き止まそうとする男は滑稽で、私は半笑いになって着衣を整え車を飛び降りた。送っていくよいや送らせてくれという男を無視して、狭い私道に入り男をやり過ごす。路地裏の塀の陰に座り込んで、声を上げないようにひとしきり泣いた。

 何とか落ち着いたその時、響いたのはスマホの着信音だ。

 相手の表示は母親。実家からの電話だ。少し迷ったけれど通話の表示をタップする。

「あんた、どーしたの。もう仕事はとっくに終わってるでしょ? 電話するって言ったのに」

 いきなりの母親のあきれたような声。そうだった、今日電話がある予定だったんだとふと思い出す。

「残業だったんだよ。……なに? またなにか送ってくれるの?」

「そうそう、みかんたくさん貰ってねぇ。あんたにもお菓子とか色々ついでに送ろうと思って」

「またぁ? そんなに送られても一人暮らしじゃ消費できないって」

 鼻をすすり上げながら何でもない母親との会話に自然と笑みが浮かぶ。と、母親の背後から高い声で「おかーさーん。これ食べちゃって良い?」と声が被る。私の心臓はどきりと鳴る。ト、ト、ト、と鳴りだす心臓に胸のあたりをぎゅうっと掴む。

「だーめ。それはお姉ちゃんに送る用。こっちは良いよ」

 一瞬遠のいた母親の声がすぐに戻ってくる。

「あーちゃんったら、なんでも食べて……あ、あーちゃん、お姉ちゃんよ。声聞いたら?」

「明日香、いるんだ……?」

 分かりきったことを聞き返すのにも声が震える。あの子が、電話の向こうにいる。

「そうそう、毎週末実家に帰ってくるんだから一人暮らししてるんだかしてないんだか……」

「おねーちゃん? 仕事忙しいのぉ? たまには帰っておいでよ、私みたいにさ」

 母親の声に被さってあの子の声がする。

 少し鼻にかかった甘ったるい声。家族の中でしか見せない末っ子気質。

 元気でヤンチャで、すらりと伸びた足にミニスカートが良く似合う、見た目は女の子らしいのに頑固なあの子。良い匂いのする長い髪が心地よい、小さな頭。

「あ、うん……今度、週末にさ、帰るよ」

「あ、マジ? じゃ鍋でもしよーよ。ね、お母さん」

 その喜んだ声の弾み具合に胸がかぁっと熱くなり、後は自分が何を話したかさえもう覚えていない。私のずっと追い求めているあの子。絶対に好きになっちゃいけない子。

 通話を終えて、切れたスマホを握り締めて私は呟く

「……好き」

 明日香。私の妹。  

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 文章が整っていてとても読みやすかったです。 主人公の好きな人が実妹というオチにちょっとびっくりしました。 自分が普通ではないと思い悩んで、勢いで見知らぬ男と寝ようとしてしま…
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