前日譚 ワルキューレの騎行 中編
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
ウクライナ首都キーウ。
ニューワールド連合・NATO軍ウクライナ軍ウクライナ派遣軍統合軍司令部庁舎。
「・・・・・・」
執務室のデスクで、1人の上級士官が難しい顔をしていた。
ヤロスラフ・コヴァーリ大佐は、何度目かわからない報告書に、目を通していた。
「大佐。何か懸念でも・・・?」
副官(中尉)の言葉にコヴァーリは、ため息をついた。
「懸念だらけ・・・だよ」
「何故ですか・・・?スヴァボーダ連合軍が、クリミア半島から、ウクライナ各地に配備されれば、サヴァイヴァーニィ同盟軍からの大規模侵攻に備える事が、出来ます」
副官の言葉に、コヴァーリが、ため息を吐く。
「そこだよ」
「え?」
「何故、戦争をする必要がある?」
「何故って・・・世界を、武力で共産主義化する事を考えている野蛮人たちを、打倒するのは民主主義者にとって、当然の対応です。悪は、世界に蔓延させてはならない。大佐もそうは思いませんか?」
「思わないな・・・」
コヴァーリが、きっぱりと答えた。
「世界を1つの体制に統一する・・・それは、我々の世界の東側諸国の思惑とまったく変わらない。自分たちの信じる主義が正しい・・・だからこそ、世界も、そうであるべきだ。その思想は、形を変えた帝国主義のモラルだ」
「そんな事は・・・」
「貴官は、まだ若い。だからこそ、正しい事が何か・・・それが、わからない。貴官は、自分の受けた教育こそが正しい・・・それは貴官だけでは無いな。だが、世の中の人間は、自分の受けた教育こそが正しいと思い込んでいる。だが、それは間違いだ。正しい主義・主張等無い。もし、あるのなら、とっくに戦争は無くなって、恒久的世界平和と核無き世界が実現出来た。しかし、そんな時代は来ていない。何故なら、この世にある主義・主張は間違っているからだ」
「・・・・・・」
「私の予想だが、スヴァボーダ連合軍・・・特にロシア連邦軍が、ウクライナ全土に配置されたら、確実に第3次世界大戦が勃発する。賭けていい。スヴァボーダ連合軍のロシア連邦軍は、サヴァイヴァーニィ同盟軍のロシア連邦軍を、毛嫌いしている・・・いや、それだけでは無い。憎んでいる。まあ、元の世界で、ロシアを崩壊寸前に追い込んだ張本人たちだ。自分たちの平和を脅かし、家族や友人たちを不幸にした連中だ。それは仕方ない」
「それは、彼らだけではありません。自分たちもそうです」
「そうだな・・・」
2020年代・・・サヴァイヴァーニィ同盟軍が、ロシアの反乱軍だった頃、ウクライナにも火種が及んだ。
ウクライナ東部で、ロシア反乱軍に加担する勢力が現れ、ウクライナ全土が内乱に突入した。
当時、NATOに加盟したばかりのウクライナは、NATO軍の迅速な介入により、ウクライナ全土に飛び火した火の粉は、辛うじて大火事になる前に鎮火する事が出来た。
しかし、大きな傷跡を残す事になった。
NATO軍に属するウクライナ軍の将兵たちの中にも、サヴァイヴァーニィ同盟軍に加入する元ウクライナ軍将兵たちを、恨む者たちは多い。
しかし、サヴァイヴァーニィ同盟軍とウクライナ軍の軍事力を考えて、行動を抑制していたが、同じ境遇のスヴァボーダ連合軍が肩を並べれば、話は別である。
「では、大佐は、どのような世界がお望みですか・・・?」
「彼らとの共存だ」
コヴァーリは、昼休憩を挟んだ後・・・日本からの来客に、応対していた。
「ヤッホー!コーちゃん!」
場の雰囲気に合わない声で、コヴァーリが向かった応接室で、座っていた人物が声を上げた。
「キリュウ女史。待たせたかな・・・?」
「全然。美味しい紅茶を飲んでいたから、時間があっという間に進んだ~」
「それで、私に何の用かね?」
「前線に、お届け物を届けたついでに、前線部隊の指揮官から、お使いを頼まれて~・・・」
「前線?あ~、そうだったな。前線部隊に不足している日用品や嗜好品、娯楽用品等を届けてくれたな・・・」
「そうなの~!とっても、大変だったんだよ~!ぶつぶつ文句を言う空自さんのお偉いさんを絞めて、何とか言う事を聞かせたんだから~」
「詳しい事は聞かないよ。私も共犯者になってしまうから・・・ね」
「えぇ~!釣れないな~・・・私、クスン、クスンだよ」
桐生が、嘘泣きをする。
「それで、前線部隊の、お使いとは・・・?」
「コーちゃん。司令部では唯一、スヴァボーダ連合軍とNATO軍が、ウクライナに配置されるのを反対しているよね~?」
「ええ」
「その立場と考えは、よ~く理解出来るんだけど・・・反対の手を下げてくれないかなぁ~」
「これは、藪から棒に、何を言っている?」
コヴァーリは、ある程度に予想出来たのか、気を悪くせず応対した。
「藪から棒なのは認めるけど・・・お願い!」
桐生は、手を合わせる。
「理由を聞こう」
「理由を言ったら、手を下げてくれる?」
「理由による」
コヴァーリは、スタッフが淹れた紅茶を飲んだ。
「じゃあ、前線部隊の指揮官の思惑から言うね~」
相変わらず桐生は、間の抜けた声で説明する。
「前線部隊の指揮官の予想では・・・遅かれ早かれサヴァイヴァーニィ同盟軍と、ウクライナ軍が軍事衝突するのは時間の問題だって・・・」
「その件については私も把握している。東ウクライナ共和国と新ソ連の緊張状態は極限にまで達している。近日中に・・・東ウクライナ共和国と新ソ連軍は、戦争状態になるだろう。その際、我が国は、国土の防衛という名目で、東ウクライナ共和国を掩護するだろう」
「そうなの!でも、前線部隊の将兵たちは、超ピリピリ状態なの!もしも東ウクライナ共和国と新ソ連が戦争状態に突入したら、どさくさに紛れて新ソ連領に、逆侵攻をかける可能性があるって」
「・・・・・・」
「もちろん一部部隊の問題行動だけど・・・NATO軍に属するウクライナ軍将兵たちが、ウクライナ軍から脱退した元ウクライナ軍将兵たちに対する憎悪を爆発させる可能性がある。そうなった時、ウクライナだけではサヴァイヴァーニィ同盟軍に返り討ちにされる。そして、サヴァイヴァーニィ同盟軍は、ウクライナ侵攻の大義名分を得る。全面戦争になる、という事が前線指揮官の予想~」
「つまり、私にスヴァボーダ連合軍とNATO軍、NATO軍ウクライナ軍が共同で軍事作戦を実行出来るように、調整役になってくれ・・・と?」
「さっすが~話が分かる~」
「・・・・・・」
コヴァーリは、応接用のテーブルを、トントンと指で叩く。
「確かに・・・スヴァボーダ連合軍とNATO軍の配置は、決定事項だ。これを止める事は出来ない。私は戦争回避派だ。ハト派寄り・・・臆病者と考えてくれて構わない・・・反対の立場は崩さない。しかし、戦争回避の交渉も継続して行う。それと並行して、スヴァボーダ連合軍とNATO軍、ウクライナ軍が、共同で作戦行動が出来るよう調整役をやろう。それでいいか?」
「Icyc(Yes)」
ニューワールド連合・加盟国常駐代表団・ウクライナ弁務官事務所。
「・・・・・・」
弁務官事務所の弁務官執務室の窓からキーウの町を眺めていた男は、ウクライナ弁務官のエフゲニ・シェヴェーツィだった。
彼は、未来の時代では、ウクライナ人だった。
「弁務官閣下。コーヒーをお持ちしました」
秘書官が、トレイにコーヒーカップを乗せて、弁務官執務室に入室した。
「ありがとう」
シェヴェーツィは、綺麗に整えられた髭を撫でながら、礼を言った。
「何をお考えですか?」
「ん」
彼は、一口だけコーヒーを啜った。
「私の父方の曽祖父は、この時代、ソ連の総支配下で、赤軍兵士としてナチス・ドイツと戦っていたのか・・・と思って・・・な」
彼の父方の曽祖父は、1940年代・・・ソ連軍の赤軍兵士として、西部戦線を戦った(ソ連視点)。スターリングラードの戦いから赤軍に在籍し、ソ連・・・スターリンのために命懸けで戦った。
「私の母方の曽祖父は、ドイツ系ユダヤ人だった。ヨーロッパ全土で、ユダヤ人狩りが始まると、地下に潜った。連合国に協力して、反ヒトラー派として、危険な諜報活動を行っていた。ある時、父方の曽祖父は、ナチス・ドイツ・・・ベルリンでの諜報活動を命ぜられて、ドイツ軍の敗残兵に混ざって、ベルリンに潜入した。そこで、地下に潜っていた母方の曽祖父と出会った・・・」
それが、始まりであった。
2人の曽祖父は、お互いの立場を理解し、自分たちの利益の為にお互いを利用した。
父方の曽祖父は、ソ連の勝利の為に・・・母方の曽祖父は、ナチスに捕らえられた同胞たちの救出のために・・・
母方の曽祖父は、ナチスが反ユダヤ主義を唱えていた時から反体制派だったため、ベルリンでの生き残り方を、熟知していた。
父方の曽祖父に、生き残り方を伝授し、父方の曽祖父の諜報活動を、支援した。
やがて、ソ連軍とアメリカ軍がベルリンを包囲し、ナチス・ドイツが降伏した後、父方の曽祖父と母方の曽祖父は、東西に別れた。
それぞれの息子は、東西で諜報員として活動した。
お互いの素性を理解していたため、中立国を通じて家族同士の付き合いを行っていた。
これが、父方の祖父と母方の祖父の関係である。
長く付き合ううちに・・・父と母は、子供の頃からの付き合いだった。
しかし、当時は冷戦時代で、お互いが顔を合わせるのも難しかった。
ある日・・・母方の祖父が、東側陣営のスパイとして、逮捕された。
母方の祖母は、父方の祖父に接触し、東への亡命を申し出た。
父方の祖父の対応で、母方の祖母と母は東側への亡命に成功した。
その後、父と母は結ばれ、自分が誕生した。
まるでドラマのような話であるが・・・事実である。
シェヴェーツィは、ウクライナの大学法学部を卒業後・・・軍の諜報部に席を置いた。
ソ連崩壊後・・・ウクライナが独立したと同時に、軍の諜報部を退役し、政治家の道に進んだ。
諜報部であったため、情報操作は得意だった、見事に政治家になった。
諜報部の経験と軍隊での経験を買われて、国防担当の政治家に任命された。
そこで長く経験を積み、今では、連合支援軍ウクライナ軍ウクライナ派遣軍の最高指揮官である。
「弁務官閣下。面会を求める来客が、お越しですが・・・?」
「予定にあったか?」
「いえ、急な面会申し込みです・・・」
「誰だ?」
「キリュウ女史です」
「ああ、彼女なら、すぐに通しなさい」
「わかりました」
秘書官が執務室を出て、数分後・・・
「ヤッホー!久し振り~!」
「キリュウ女史。現在、私は忙しいのだが・・・何か、急な用事か・・・?」
「うん!急な用事~!」
「見返りは?」
「そうだね・・・」
桐生は、考え込む。
「じゃあ、息子に頼んで、M1A1[エイブラムス]の供与数を増加するのと、NATO軍ウクライナ軍によって新設されたウクライナ陸軍に、M4[シャーマン]を供与させるのは、どう?」
「それで手を打ちましょう・・・ですが、ボーナスも欲しいですね?」
「わかった~じゃあ、NATO軍ウクライナ全軍に、ファストフードを届ける~もちろん、私の奢りで・・・」
「いいでしょう」
「では、早速、お願いがあるんだけど・・・」
桐生は、本題に入った。
「東ウクライナ共和国と新ソ連の国境付近の前線基地に、NATO軍とスヴァボーダ連合軍を駐屯させて欲しいの~出来る?」
「国境付近の前線基地に・・・?」
「そう」
「貴女の事ですから、何かあるのでしょうが・・・それをやるには、かなりのハードルがあります」
シェヴェーツィは、弁務官執務室のデスクに設置されている、高級な椅子に腰かけた。
「未来のロシア人という事で、東ウクライナ共和国政府からの、反発が予想される。彼らは、旧ソ連の高官たちだ。主張する主義は異なっても、旧ソ連の体制には大きく反する」
「うんうん」
「もう1つは、NATO軍ウクライナ軍ウクライナ派遣軍上層部からの、反発だ。軍上層部には、サヴァイヴァーニィ同盟軍との戦争を反対する者も多い。国境付近にサヴァイヴァーニィ同盟軍と均等化する兵器の配備にも反対した程だ・・・スヴァボーダ連合軍とNATO軍が前線基地に展開すれば、均等化どころの話では無い」
「うんうん」
「最後の1つは、サヴァイヴァーニィ同盟軍を、挑発する事だ・・・東ウクライナ共和国を中間に、双方が睨み合いしている状況下で・・・戦争の火種になる爆弾を置く事になる。貴女は、戦争を望むのか?」
「戦争を望まなければ、戦争を回避出来るとでも・・・?」
「・・・・・・」
桐生の指摘に、シェヴェーツィは、言葉を失った。
「遅かれ早かれ、戦争は始まる・・・問題なのは、被害をどこまで最小化出来るか・・・だよ」
「そのために、彼らを配備すると・・・」
「NATO軍のウクライナ軍は、ウクライナの防御に専念して、攻撃はスヴァボーダ連合軍とNATO軍に任せたらいい。彼らは勝手に攻撃に回ってくれる」
「なるほど・・・」
「弁務官閣下は、明日、クリミア半島に出向き、NATO軍とスヴァボーダ連合軍の上層部と、会談するんだよね」
「軍をコントロールする、背広組とね」
「近々、サヴァイヴァーニィ同盟から派遣される使節団が、ウクライナ・キーウで、会談する予定・・・」
「ええ」
「使節団に対して、戦争の準備が万全なのは、サヴァイヴァーニィ同盟軍だけでは無い、という事を知らしめたら?」
「それは、一理あります」
「でしょう?」
「ですが、もう少し考えさせてもらいたい・・・NATO軍やスヴァボーダ連合軍の意見もあります」
前日譚 中編をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。




