大戦の予兆 第8章 リムパック 3 石垣チーム対空挺レンジャー小隊
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
先々週、先週と、色々な事が一気に押し寄せて来ました・・・
毎年、3月4月は忙しい事が重なっているのですが・・・今年は、それ以上でした。
4機のUH-60JAが、低空で島の海岸線に接近している。
そのうちの1機のUH-60JAに、石垣チームが搭乗している。
「海岸ポイントには、第1空挺団第3普通科大隊の狙撃班と、空挺レンジャー小隊が展開している可能性があるわ。着陸と同時に、狙撃手からの銃撃を受ける場合が十分あるだけでは無く、日本統合任務隊陸上自衛隊派遣普通科戦闘群の上陸開始後に、空挺レンジャー小隊による阻止行動が予想されるから、注意して」
メリッサが、SCAR-H(NATO共通弾5.56ミリライフル弾では無く、6.8ミリ新ライフル弾を使用する)を点検しながら、ヘッドセットで石垣たちに注意する。
「目標まで、1分!」
「1分よ!」
メリッサが、指を1本突き出して、全員に伝える。
通常であれば、上位者である石垣か任のどちらかが指揮を執るのが普通であるが、実戦経験の差や指揮能力の差等から、メリッサが石垣チームの実戦指揮を行っている。
石垣チームが再編成され、石垣、側瀬、小松の自動小銃も更新された。
89式5.56ミリ小銃では無く、海上自衛隊の特殊部隊である、特別警備隊(SBU)が使用するHK416を、装備している。
拳銃も、9ミリ拳銃では無く、P226である。
「降下するぞ!」
機長からの言葉に、UH-60JAが、ぐんぐんと高度を下げた。
UH-60JAが、砂浜に接触するかしないかという微妙な高度を維持し、ホバリングする。
「降下!」
メリッサの合図で、石垣たちが左右のドアを開放し、砂浜に着地する。
砂浜に着地した石垣は、素早く身を屈めて、周囲を警戒する。
「ターゲット、確認」
敵役である、第1空挺団第3普通科大隊本部管理中隊狙撃班に所属する観測手が、双眼鏡を覗きながら、つぶやく。
「行動や仕草から上位者と予想出来る。狙撃準備」
観測手の言葉に、狙撃手はM24対人狙撃銃の狙撃眼鏡を調整する。
「準備良し」
「ターゲットに照準」
「ターゲットに照準完了」
「良し、撃て」
観測手の指示を受け、狙撃手がM24対人狙撃銃の引き金に、指をかける。
引き金を絞り込もうとした時・・・
M24対人狙撃銃の狙撃眼鏡が、何か塞がれた。
「うぉっ!?」
何かでは無い、目である。
猫の目である。
「ニャ~ア」
まるで、「見ぃ~つけた」とでも言っているような、鳴き声である。
狙撃手と観測手の目の前に、茶トラの猫がいた。
予想もしない出来事に、狙撃手と観測手が、思わず上体を起こしてしまった。
その時、銃声が響いた。
ベチャ!
胸元に、ペンキが付いた。
狙撃手が、やられたのである。
続いて観測手にも、ペンキが付いた。
「さすがだな」
「褒められる程では、無い」
任の言葉に、片倉美鈴が狙撃銃を下ろした。
「たかだか猫に邪魔されただけで、あんなにも取り乱すとは・・・口ほどにも無い。情けない男たちだ。世の中の男は、情けない。あんな情けない男どもに好意を抱くなど、世の中の女も終わりだな・・・」
「そう言いながら、お前も、情けない男代表の石垣に、好意を抱いているのでは無いか?」
「ふん!」
任の言葉に、片倉は鼻を鳴らす。
片倉が、グアムに来て石垣チームに合流した際の事だが・・・
北海道での、羆の獣害事件を石垣たちが調査に来ていた以来であるから、片倉とは2年振りの再会であった。
その時に、石垣の周囲に新しく女性たちが配属されている事に、思い切り、片倉は不満を漏らしたのだった。
曰く。
「私がいない間に、女が増えている」
・・・である。
もちろん、これは石垣が積極的に、女性たちを口説いて獲得した訳では無いのだが・・・
さらに、石垣に対して、一言。
「お前は、女に対してだらしない所があるから、女を勘違いさせるのだ。ここは、私がビシビシと鍛えてやる」
と、何を思ったのか、そんな事を言いだしたのだった。
(石垣に惚れているのなら、素直に言えばいいのに・・・)
どういった経緯で、片倉が、石垣に恋愛感情を抱いたかに付いては、任にとっては興味が無いが・・・石垣チームの女性陣たちからすれば、新たなライバルが増えた事には、何とも言えない複雑な心境にならざるを得ない。
「くしゅん!」
石垣が、クシャミをする。
「あれ、砂埃かな・・・」
「うわぁぁぁ!?」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!?羆だぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!!?トカゲの化け物だぁぁぁぁ!!!」
配置についていた第1空挺団第3普通科大隊の狙撃班は、海上から隠密上陸した石垣チームのアニマルたちによって、位置を捕捉、襲撃を受け、完全に駆逐された。
「俺たちの、出番が・・・」
伊花小隊の狙撃班長が、呆然とした口調で、つぶやくのであった。
伊花小隊の狙撃班は、精鋭部隊の中でも、さらに最精鋭と言われる第1空挺団の狙撃班と勝負出来ると意気込んでいたのだが・・・自分たちの出番が来る前に、その出番は、アニマルたちに取られたのだった。
「狙撃班が、やられた!」
敵役である第1空挺団第3普通科大隊本部管理中隊空挺レンジャー小隊の小隊長である2等陸尉が、告げた。
「そんな!?」
「まさか!?」
若い空挺レンジャー隊員たちが、声を上げる。
第1空挺団第3普通科大隊本部管理中隊狙撃班は、第3普通科大隊の空挺レンジャー資格者から、射撃能力と隠密性が特に高い隊員たちが選抜され、編成されている狙撃班だ。
そのため、それだけ練度が高い精鋭で編成された狙撃班が、短時間で全滅するという事は、空挺レンジャーの資格所持者たちにとっては、考えられない事だった。
「第2科長からの情報では、相手は、レンジャー資格者のみで編成された1個班を基幹とした1個小銃小隊だ。それに、アメリカ陸軍特殊戦コマンド第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊の訓練課程を修了した女性将校1人と、旧中国陸軍特殊部隊に所属していた女性将校1人を基幹とした、女ったらし班長率いる、ハーレム班のはずだ。最精鋭の狙撃班が簡単にやられるはずが無い」
2尉は、信じられないと言いたげな表情で、つぶやいた。
「もしかしたら・・・ハーレム班の中には、日本共和区猟友会に所属していた元猟師が、います。その猟師は、とんでもない射撃の腕前を持っているという事です。特殊部隊訓練課程を修了した2人の女性将校と猟師が連携して、狙撃班を排除したのでは無いでしょうか?」
小隊陸曹の1等陸曹が、告げる。
「そうだとしても、こんなに早く全滅するはずが無い。ハーレム班の護衛小隊の中には、レンジャー資格者で編成された狙撃班がある。彼らが、我々の狙撃班を全滅させたのかもしれない」
彼らが言うハーレム班(石垣チーム)に、特別に編成された特殊作戦遊撃隊がいるという事は、知られていない。
「ニャ~ア!」
「「「!!?」」」
突然、猫の鳴き声がしたため、声がした方向に振り返ると、そこには1匹の茶トラの猫がちょこんと座っていた。
「何だ?」
「猫ですね・・・」
空挺レンジャーの隊員たちは、突然、現れた茶トラの猫に、目を丸くする。
「ニャ~ア!」
茶トラの猫が一鳴きすると、茂みが、がさがさと動いた。
「グゥォォォ!!」
茂みの中から1頭の羆が立ち上がり、大きく吠える。
「「「へぇっ!?」」」
空挺レンジャー小隊の小隊長は、最初、何が現れたのか理解出来なかった。
いや、彼だけでは無い。
他の空挺レンジャーの隊員たちも、現れたものが理解出来ていない。
「ひ、ひ、ひ、羆だぁぁぁぁぁ!?」
「ひぃぃぃぃ!?」
「うわぁぁぁぁ!?」
「殺されるぅぅぅぅ!?」
空挺レンジャーの隊員たちが、悲鳴を上げる。
「どうする?どうする?」
「ここは、死んだふりだ!!!!」
「そ、そうか!!」
「馬鹿か、お前は!!死んだふりは、逆効果だぞぉぉぉ!!」
空挺レンジャーの隊員たちは、大パニックに陥った。
「グォォォォ!ガォォォォ!!」
羆の体格は、人間の身長で言えば、だいたい150cmと言ったところだが、敏捷な動きで隊員たちに、突っ込んで来る。
「うわぁぁぁぁ!!?」
強烈なタックルを喰らって、弾き飛ばされた、誰かの悲鳴が響く。
「ワン!ワン!」
「ワン!ワン!」
羆の足元から、白黒の毛並みのボーダーコリーと、赤毛の柴犬が飛び出して来た。
ベシャ!ベシャ!ベシャ!
ボーダーコリーが、ブルッと身体を震わせると、ボーダーコリーの装備している犬用防弾チョッキから無数のペンキ弾が飛散し、周囲の隊員たちを、ペンキ塗れにする。
「ガウッ!ワンワンワン!!」
「ガウッ!ガウッ!」
「ワン!ワン!ワン!」
柴犬に率いられた、赤虎毛と黒虎毛の甲斐犬に3方向から迫られ、堪らず逃げ出す者もいた。
「ひいぃぃぃ!!!」
しかし、それを待ち構えている存在がある。
逃げ出した隊員たちが、強い衝撃を受けて、弾き飛ばされる。
「うわっ!!!」
「グワッ!!」
彼らを弾き飛ばしたのは、太い鞭のようなもの。
「フシュゥゥゥゥ・・・」
呼気のような音を発し、後ろ足だけで立ち上がった、巨大生物・・・(ただし、尾の長さを含めて3メートル程)
「怪獣だぁぁぁぁ!!?」
コモドドラゴンである。
彼らを弾き飛ばしたのは、コモドドラゴンの尾による、テールアタックであった。
「・・・!?・・・!?・・・!?」
「フシュゥゥゥゥ・・・」
巨大な爬虫類に、感情の籠らない、静かな殺意の視線を向けられるのは、ただ、ただ恐怖でしか無い。
「はい!皆さん、全滅ですぅ~」
突然現れた迷彩服3型を着た女性自衛官が、笑みを浮かべながら、宣告をする。
「へ?全滅?」
空挺レンジャー小隊の小隊長は、女性自衛官の言った言葉の意味を、理解出来ていない。
「皆。もう、いいよ」
「ビィ、ピィ」
「ワン!」
「キャウン!」
「フシュ!フシュ!」
羆が、女性自衛官に、顔をスリスリとする。
その光景は、「褒めて、褒めて」と言っている様に見える。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
[こうよう]のCICでは、リアルタイムで送られてきている映像に、誰もが無言であった。
「・・・・・・」
特別に、CICに立入りを許可されている桐生が、唯一、無言で薄ら笑いを浮かべているのが、不気味であった。
「あのですね・・・桐生警視正。これって、全然演習に、なっていませんよね?」
やっと、言葉を出したのは、首席幕僚の湊だった。
「何故かな?」
首を傾げて、桐生は湊に振り返る。
「事前の計画では、強襲上陸を仕掛ける石垣チーム指揮下の偵察小隊と、それを阻止する第1空挺団という演習内容だったはずですが・・・」
「そうだね」
シレッと答える桐生だったが、急に、真顔に戻る。
「先の大戦を、経験した人間なら、わかっているはずでしょう?予め、行動計画が予定されている演習と、本当の戦闘は、まったく違うという事を。実際の戦闘では、想定外な事が起こるのが、当たり前なんだから」
「ま・・・まあ、そうですね。それは、そうなのですが・・・」
いつもは、ホンワカとした雰囲気のある桐生だが、真顔になると、どこか近寄り難い厳格で冷徹な雰囲気を纏う。
氷室と同じ様な性格とはいえ、氷室ほどは桐生に対する免疫が無い湊は、少しビビッている。
「桐生さん。若者を、怖がらせちゃ駄目ですよ」
「怖がらせてなんか、ないもん!」
氷室の言葉に、すかさず桐生は、ブリッコ言葉で反論する。
「はいはい。そーですね」
本来なら、薹が立ちまくった女性がブリッコをしても、イタイだけなのだが・・・
桐生には、それが当てはまらず、何か可愛いので、リアクションには非常に困る。
CIC要員が全員、微妙な表情を浮かべて無言でいる事が、それを、もの凄く物語っている。
「マレー半島での戦闘中や移動中に、野生の虎に大日本帝国陸軍の部隊が襲われた。北海道北西部で、羆による獣害事件が起こった時も、羆の集団に襲われて、陸上自衛隊の1個小隊が全滅した。そういった事例もあったでしょう?戦争だからといっても、敵が、武器や兵器を持った人間だけとは限らない。それを、忘れてはいけないと思うんだ」
桐生の説明は、先の大戦時の報告として、挙がってきているものの一例である。
戦闘だけではなく、危険な野生動物等による襲撃を受けて、命を落とした軍人や自衛官も、多数存在している。
「今回、ドッキリ演習の一環として投入した、私の使役獣たちは、訓練をしているから、命令をしない限り、人間の命を奪ったりはしないけれど、野生の獣たちは違う。自分たちの領域に踏み込んで来た人間は、即、排除もしくは、駆除の対象となり得る。敵となるのは人間だけでは無いっていう事を、一時も忘れてはならないと思うんだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
桐生の言う事に、一理あるのは認めるが・・・
「・・・そもそも論として・・・ハワイに、羆やコモドドラゴンは、いないんだけどね・・・」
氷室がボソッと、つぶやく。
「ん・・・?何かな?」
「いーえ。何でも無いです。ああ、マレー半島と言えば・・・桐生さん、地元の住民でさえ、恐れて、決して足を踏み入れない密林地帯を走破して、連合国イギリス軍に対して、様々な嫌がらせをしていたそうですけれど、そんな危険地帯を、どうやって簡単に通り抜けて、嫌がらせを遂行していたのです?」
「・・・嫌がらせ、嫌がらせって・・・連呼しなくても・・・まあ、事実だけど・・・そういう事は、思っても言わないのが、お約束でしょ」
「まあ、そうですね。でも僕は、そういう空気を読んで聞かないってのが好きじゃないので・・・むしろ、是非とも聞きたいな~と、思う人間なので・・・」
「ん~・・・別に、人間のルールと違わないよ。例えば、外国に旅行しようと思ったら、パスポートとビザが必要でしょう。そして、その国の定めた法に従う。それと同じだよ。彼らの領域に入るには、こちらに害意が無い事を理解させて、通行の許可を取れば良いだけだから。あっ、もちろん謝礼は必要だよ。虎さんの場合は、お肉をプレゼントしたけれどね」
「・・・多分、それが出来るのは、桐生さんだけでしょうね・・・」
ホントかどうか判らない話をされても、真似しようとは絶対に思わない。
石垣チームと護衛小隊兼先遣小隊の合同チームと、第1空挺団第3普通科大隊レンジャー小隊で行われた演習は、石垣チームと護衛小隊兼先遣小隊の圧勝で終わった。
しかし、勝った側の護衛小隊兼先遣小隊も、負けた第1空挺団第3普通科大隊レンジャー小隊も、全員が複雑な表情を、浮かべていた。
「「「・・・・・・」」」
「「「・・・・・・」」」
それも、そうだろう。
この演習での戦闘で活躍したのは、特殊作戦遊撃隊であり、それに出番を奪われた形になってしまった護衛小隊兼先遣小隊も、散々、アニマルたちに、引っ掻き回されて全滅認定されてしまった形になってしまったレンジャー小隊も、納得がいかない終わり方だったからだ。
「・・・まあ、勝った・・・で、いいのかな・・・?」
石垣も、困惑顔で、つぶやくしか無かった。
「ニャー」
「ワン」
「キャン」
「ワン」
「ワン」
「ピッ」
「フシュ」
一番活躍した(らしい)、特殊作戦遊撃隊は、「勝った、勝った」と、言っているのかもしれない・・・
大戦の予兆 第8章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。