大戦の予兆 第5章 新天地へ レイモンドの場合 後編 夢か現か
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
あぁっ!!ついにロシア軍がウクライナに侵攻しました。私の小説でもウクライナ情勢について書く予定でしたから、書き辛くなる。
しかし・・・ウクライナ情勢が気になって、気になって・・・民間人にも犠牲者が出ているようですし・・・(地上戦だから当然とは思いますが・・・)ネットやテレビのニュースに、齧りついている状態です。
レイモンドが、カズマ・キリュウに面会するために悪戦苦闘?している頃(連絡将校としての、本来の職務は、どうなっているのだ?と、いう突っ込みが入りそうだが現状では、ニューワールド連合軍総司令部内での、定期的に行われる会議に、オブザーバー参加する位なので、時間的には余裕がある)。
桐生は、私的な用事でニューワールド連合の政庁があるオフィス街の一画の、レストランへ向かった。
「いらっしゃいませ。キリュウ様ですね?」
「ええ。ダルシー局長は、いらしている?」
「はい。お待ちかねです」
出迎えてくれたウェイトレスの案内を受けて、清潔で明るい店内を進む。
昼食と夕食の間の時間帯であるせいか、店内のテーブル席の人影は疎らであった。
客たちも、食事というよりは、コーヒーや紅茶等の飲み物で、休憩をしているといった風だ。
桐生が案内されたのは、そんな一般のスペースでは無く、個室仕様になっている席であった。
「失礼します。キリュウ様を、お連れいたしました」
「どうぞ」
個室のドアの前には、護衛であろうスーツ姿の巨漢が立ち、ドアを開けてくれた。
「ありがとう」
礼を言って、桐生はドアをくぐった。
「お久し振りね。相変わらず、お元気そうで何より」
笑みを浮かべて出迎えてくれたのは、MI6局長のアナベル・ダルシーである。
「ご無沙汰しております。ダルシー局長」
桐生も笑顔で、ダルシーの差し出された右手を握った。
「アフタヌーンティーには、ちょうど良い時間ね」
ダルシーの言葉通り、テーブルの上にはアフタヌーンティーの準備がされている。
「そうですね」
桐生が席に着くと、用意されていた紅茶の入ったティーカップが、前に置かれる。
「早速、いただきましょう。温かい紅茶には、心を安定させる作用がありますわ」
ティーカップに口を付けながら、ダルシーの言う言葉に桐生は少し、ン?という表情になる。
「別に私は、不安定な気持ちを抱えている訳では、ありませんよ?」
「そうかしら?」
少し、惚けたような視線を、ダルシーは送って来る。
「・・・・・・」
女性ながら、MI6の局長まで上り詰めた人物の洞察力は、伊達では無い。
ため息を付きながら、桐生は降参といった感じで、軽く両手を上げる。
「貴女には、敵いませんね・・・」
「一時は、日本を統一した人物の子孫に、そう言っていただけるのは光栄ですわ」
「先祖は先祖、子孫は子孫です。それに・・・私の先祖は、その人物の子孫といっても、天下を統一する前の一領主だった頃に、側室から生まれた庶子で、現代風に言えば認知すらされていなかったのですから、他人も同然かと・・・」
そんなに凄くないといった風に、桐生は手を振る。
「他人に言えば、『そうなの。ふ~ん』というレベルの話は置いておくとして、急な面会に応じて下さって、ありがとうございます」
「貴女から会いたいと言ってくるのではと、思っていたから、問題はありませんよ」
礼を言う桐生に、軽くダルシーは応じる。
「レイモンド・アーナック・ラッセル中佐の件でしょう。カズマの親友の。連合司法局を通して、カズマが収監されている・・・という事になっている、刑務所の所長から面会を求める要請があったと、報告は受けています」
桐生の予想通り、ダルシーは既に、レイモンドの情報は、掴んでいるらしい。
まあレイモンドは、まさか、自分がMI6に目を付けられているとは、思ってもいないだろうから、情報が駄々漏れになっているのは仕方がないにしても、少々、目立ちすぎだろう。
どれだけ、派手に動き回っているのか・・・桐生は、少し頭が痛くなってきた。
「・・・それで?」
「取り敢えず、色々と条件を付けて、先延ばしにするように手筈は整えているが、あまり長期にわたって、誤魔化しは効かないだろうから、どうにかして欲しいと要請というより苦情が、きています」
「・・・でしょうね」
偶然に会った時に、レイモンドは面会手続きの面倒さに嘆いていたが、それで、音を上げるような人物ではない。
それこそ、色々な手段に訴えても、面会を求め続けるだろう。
現役の軍人が本来の職務よりも、そっちを優先するというのは、いかがなものかと思うが・・・それだけ、キリュウの事を気遣ってくれているというのは、桐生としても、内心では嬉しい。
それだけに、レイモンドが面倒事に巻き込まれるような事に、なって欲しくないのだ。
それに、戦争中という特異な状況だったとはいえ、1年余りで中尉から中佐に昇進するだけの能力がある人物である。
ぱっと見、どこか変わり者で、いまいち冴えないように見えて、洞察力も鋭く、頭の回転も速いところがある。
このまま、キリュウの事を隠し通すのは難しいだろうと思われるのだ。
「・・・ところで、カズマ君は、今は?」
MI6に、スカウトされた事で、桐生は、極力キリュウとは関わらない姿勢を取っているが、当然、気に掛けている。
今なら近況を聞く事も、可能だろう。
「スカウト直後に、まずは、SAS(特殊空挺部隊)と、SBS(特殊舟艇部隊)の訓練を、受けて貰いました」
「あの~・・・SASと、SBSって、ライバル関係というか・・・どちらも、自分たちが一番だという気概が強いですよね・・・?それに、仲が悪いとか聞きますが・・・?」
いくらキリュウが、連合国アメリカ軍の元海兵隊出身(年齢の関係で、准隊員だったが)だったとはいえ、いきなりのハードモードである。
SASも、SBSも、イギリス軍の中では、自分たちこそが、最強の部隊だというプライドが強い。
そんな所に、放り込まれて、どれだけ厳しい訓練を課されたかと想像するだけで、げんなりする。
「そんな、この世の終わりのような顔を、なさらなくても・・・」
よっぽど酷い表情を、していたのだろう。
ダルシーは、苦笑している。
「・・・失礼」
桐生は、コホンと咳払いをする。
「それにしても、さすがは貴女の血縁者といいますか・・・たった2ヵ月で、SASとSBSの訓練課程を修了させましたわ。双方の教官も、彼の努力と才能に、舌を巻いたそうです」
「・・・はあ~・・・そうですか・・・」
「現在は、中国語等を中心に語学の教育を、しているところです」
なる程。
サヴァイヴァーニィ同盟の一国である、中華人民共和国内に諜報員として送り込む準備をしているというところか。
「・・・・・・」
諜報の世界に身を置くというのは、そういう事だ。
それは、わかっているはずだが・・・
それでも桐生は、複雑な表情を浮かべている。
「そうですね・・・ここは、貴女と私で取引を、いたしません?」
「取引?」
「ええ」
ニッコリと微笑を浮かべて、ダルシーは桐生に、ある提案をしたのだった。
やっと、面会手続きに必要な書類を完成させ、あの意地悪な刑務所長(レイモンド主観)に、書類を叩き付けるように提出して、レイモンドは意気揚々と刑務所を出てきた。
もっとも、これで連合裁判所の審査を待たなくては、いけないのだが・・・
そのまま、自分に用意された官舎に戻り、途中で立ち寄ったコンビニエンスストアで買い込んだ、大量のサンドイッチやフローズンフード、菓子類等をテーブルに広げて、夕食に取り掛かる。
栄養を気にする人が目にしたら、あまりにも偏った、飛んでもないメニューであるが、レイモンドは、まったく気にしない。
料理なんて、まったく出来ないから、当然外食が中心となる訳で・・・当然ながら食費が、飛んでもなく掛っている。
夕食を終え、食後のデザートとしてファミリーカップサイズのアイスクリームに、スプーンを突っ込む。
「チョコチップ入りのアイスクリームは、最高だなぁ~」
大振りのスプーン山盛りのアイスクリームを、一口で口の中に入れながら、レイモンドは幸福そうな表情を、浮かべる。
この時間が、レイモンドにとっては、至福の時間だったりする。
コツッ・・・コツッ・・・
アイスクリームを食べながら、テレビを見ていると、窓を叩く音が聞こえる。
「?」
スプーンを咥えたままという、行儀の悪い恰好でレイモンドが窓を開けると、茶色っぽい毛玉が窓から飛び込んで来た。
「うわっ!?・・・猫・・・!?」
飛び込んできたのは、茶トラの毛並みの猫だった。
「ニャー」
一声鳴いて、猫はテーブルの上に、ピョンと飛び乗る。
「・・・家、間違っているよ・・・」
綺麗に手入れされた毛並みに、首輪を付けている。
それに、人慣れしている様子から、誰かの飼い猫だろうと思われる。
「ニャー」
「・・・・・・」
「知っているよ」と、言っている様に聞こえる。
「・・・・・・」
猫の首輪に、紙片のようなものが、結ばれている。
「・・・これって、手紙?メモ?」
「ニャー」
猫が鳴く。
レイモンドは、猫の首輪に手を伸ばし、紙を手に取った。
「ニャー」
猫は一声鳴くと、開けられた窓から飛び出し、何処かへ姿を消した。
「・・・・・・」
紙に書かれた、走り書きのような文字を読んで、レイモンドは少し考え込んだ。
翌日。
レイモンドは、午前中に行われたニューワールド連合軍司令部での定例会議に出席した後、その足で歓楽街に向かった。
「まだ、昼過ぎですよ。クラブへ顔を出すのは、少し早過ぎやしませんか?」
レイモンドには、相変わらずピッタリと副官が、張り付いている。
「少し、買い物をするだけだよ。君は、先に戻っていて、いいよ」
「駄目です。そんな事を言って、この間も迷子になったでしょう?官舎に戻られるまでは、付いていきます」
「迷子って・・・それじゃ、僕が、まるで子供みたいじゃないか?」
「子供の方が、中佐より手が懸からないです」
「・・・・・・」
思い切り、子供扱いされている事に、少し憤慨しているうちに、目的の場所に付いた。
「・・・本当に、買い物だったのですね・・・?」
レイモンドが足を止めたのは、いつも利用しているコンビニエンスストアとは違う、店舗だった。
ピロリロリン・・・ピロリロリン・・・
自動ドアが開くと、来客を知らせる電子音が鳴る。
「いらっしゃいませ~」
レジカウンターに立っている老人が、声を上げる。
店舗内に人影は無く、奥のイートインコーナーでは、客が2人いるのが見えた。
「あの~・・・すみません・・・」
「はい、何でしょう?」
レジカウンターの老人に、レイモンドは昨日、猫が持って来た紙を見せる。
「僕に、会いたいという人から、手紙を貰いまして・・・」
「ふむ」
レイモンドから、手紙というよりメモ書きの紙を受け取った老人は、カウンターに置いた片手を、僅かに動かした。
「えっ?」
いきなり、浮遊感を覚えたレイモンドが足元を見ると、床が消え、ぽっかりと穴が開いている。
「・・・!?・・・!?」
悲鳴を上げる間もなく、レイモンドは穴の中に吸い込まれて消えた。
「中佐!!?」
副官の目前には、突然レイモンドが消えたように見えた。
綺麗に磨かれた床には、何の痕跡も無い。
「きっ・・・貴様!?中佐に、何をした!!?」
副官が、腰のホルスターから拳銃を抜き、老人に銃口を向ける。
「駄目だよ。店の中で騒いじゃあ・・・」
「・・・!!?」
音もなく、背後に忍び寄って来た男が、副官の肩に手を置く。
首筋にチクッとした痛みを感じた途端に、副官の意識は遠のいていった。
「まったく・・・局長も、面倒事を引き受けたものだ・・・」
「・・・言うな。取引の1つだ」
気を失った副官を抱えて、店の奥へ連れて行くのは、イートインコーナーにいた2人の男だった。
ボフッ!!
レイモンドが落ちた落とし穴には、大量のスポンジが敷き詰められていた。
ちょうど、日本のバラエティー番組のドッキリコーナーで、落とし穴の仕掛けに引っ掛かった芸能人が、怪我をしないように敷き詰められているアレと同じ物である。
「な・・・何これ?」
「はい。いらっしゃ~い」
スポンジの海の中で、もがいているレイモンドに、声が掛かった。
「き・・・キリュウさん!?」
スポンジの海の先に、狭い通路のような物があり、そこに桐生がいる。
「いったい、これって何なのです?」
桐生の手に掴まって、引っ張り上げてもらいながら、誰もが思う事を口にする。
「まぁまぁ。次が来るから・・・」
「・・・次?」
不可解な桐生の言葉に、レイモンドは上を見上げる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
もの凄い悲鳴と共に、何かが落ちてきた。
「・・・・・・」
「あれっ?」
スポンジの海に、頭から突っ込んで来た人物に、桐生は小さくつぶやいた。
頭から落ちてきたのは女性で、ほんの一瞬ではあったが、短いスカートを穿いているせいで、あられも無い恰好になってしまっていた。
「何なのよ!これっ!!?」
スポンジに埋もれて、ギャアギャアと騒いでいる女性を見ながら、桐生は呆れた表情になっている。
「・・・何で君、こんな子供騙しに、引っ掛かるかなぁ~・・・」
「蛇女!?これって、アンタの仕業!!?」
「まあね。でも、想定外の対象が引っ掛かったところを見ると、彼は、即座に察知したみたいだね」
同じく、桐生に引っ張り上げられている女性。
「・・・アンタ、ただじゃ置かないわよ・・・」
桐生を敵意剝き出しで睨みつける女性を、しばらく眺めていたレイモンドだったが、ハタッと何かを思い出したように、手を打った。
「思い出した!」
「「?」」
桐生と女性はレイモンドに振り返る。
「どこかで見た事があると思ったら・・・君の落ちて来た時の恰好って、日本の推理物の映画で、殺害された被害者と同じ格好だった・・・湖から逆さまに両足だけを突き出していた・・・あれと、同じだった」
「何・・・こいつ?」
「・・・・・・」
ポカンとした顔で、レイモンドを見る女性と、必死で笑いを堪えようと肩を震わせている桐生。
何か、おかしな事を言ったのだろうか・・・レイモンドは、首を傾げる。
謎な仕掛けを抜け出して、3人が上に戻ると・・・
店内は、ちょっとした騒ぎになっていた。
「ジャックを、何処にやった!!?」
気色ばんで、レジカウンターの老人に詰め寄る少年と、それを、宥めようとしているレイモンドが店に入った時に、客としていた2人の男・・・という、ちょっとカオスな構図である。
「ストップ!ストップ!」
今にも老人に掴みかかりそうな勢いの少年に、桐生が慌てて制止の声を上げる。
「・・・アケミ?」
少年は、桐生の姿を見て驚いている。
「ジャクリーンは、ここにいるから。落ち着いて」
桐生の後ろから付いて来ていたレイモンドは、その少年が誰であるのかに気が付き、驚く。
「・・・カズマ?」
ハワイの拘置所で別れて以来、1年以上会っていない友人。
カズマ・キリュウの姿を認めて、ただ、驚くしか出来なかった。
「・・・レイモンド・・・どうして?」
キリュウの方も、驚いた顔をしている。
「・・・いや・・・その・・・」
何が、どうなっているのか理解出来ず、レイモンドは桐生に振り返る。
多分、桐生が何かをした。
そう思ったからだ。
「ん~・・・何の事かな?」
「ニャー」
桐生の足元に、いつの間にか茶トラの猫が寄ってきていた。
「・・・・・・」
その猫は、昨日、自分の所にメモを運んで来た猫だった。
「まぁ・・・偶然とはいえ、せっかく会えたんだし。コーヒーでも飲みながら、ゆっくり話でもすれば?」
惚けた口調で語る桐生は、絶対種明かしはしてくれないだろうと思われる。
「・・・久し振りだね。背は少し伸びたみたいだけど、全然変わっていなくて、安心したよ」
「・・・ああ・・・」
話をしろと言われても、あまりにも突然の再会に、正直、何から話せばいいのか、わからない。
「・・・手紙、ありがとう・・・」
それは、キリュウも同じらしく、口数が少ない。
レイモンドの脳裏に、キリュウと初めて会った時の事が過る。
サンディエゴ海軍基地内の食堂で、他の海軍士官に絡まれていた時に助けてくれたのがキリュウだった。
あの時、キリュウと海軍士官たちの間で、喧嘩が始まり、無理やり参加させられた賭けで、レイモンドは負けて100ドル取られる羽目になったのだった。
100ドルは、大金には違いない。
しかし、キリュウと知り合う事が出来た、切っ掛けでもある。
そう考えれば、賭けでは負けても、レイモンドはそれ以上のものを、手に入れる事が出来た。
「フフッ・・・」
「?」
急に、笑みを浮かべたレイモンドに、キリュウは首を傾げる。
「いや・・・君と初めて出会ったのは、ほんの2年前位だったのに、随分と昔のように感じるなと思ってね」
「レイモンドは、全然、変わっていないな・・・」
「僕だって、変わっているよ。あれから日本の大学に留学して、日本の歴史を学んだんだ。多分、君より良く知っているよ」
「・・・どうだかな・・・また、変な覚え方をしていないか?」
時折、変に覚えた日本の言葉や歴史を、堂々と主張して、その度にキリュウが訂正していたのが、昨日の事のように思い出される。
「・・・何よ・・・楽しそうにしちゃって・・・」
レイモンドと、楽しそうに会話をしているキリュウを、少し離れた場所で見ながら、ジャクリーンは、拗ねた表情を浮かべている。
「2人は、親友だからね。妬かない、妬かない。感動の再会なんだから・・・」
同じ様に、2人の様子を眺めている桐生が、宥めるように声を掛ける。
「・・・アンタ、局長との約束を破って、あの男と、カズマを会わせるなんて・・・」
「ご心配なく。そちらの局長とは、取引が成立しているから。だから、特別に許可をもらって、感動の再会の演出をしたんだな」
「取引?」
「訓練課程を終えたカズマ君は、MI6のエージェントとして、本格的に活動を始める。君も知っているでしょう?MI6が、どういう組織かという事は・・・彼が、そんな過酷な環境で生き抜くためにも、必要なものがある。それを与えて欲しいと、ダルシー局長に、お願いしただけ。その代わりに、中華人民共和国内に国家治安維持局外部0班・・・今は、5班だけどね・・・すでに築いている活動拠点の幾つかをMI6に、譲渡するという取引に応じたの。それだけだよ」
「・・・・・・」
エージェントの1人でしかないジャクリーンには、その取引が何方にとって分があるかは、わからない。
しかし、たった1人のために、苦労して築いた拠点を、あっさりと譲り渡す桐生の思考が理解出来ない。
「・・・ところで、あの落とし穴って、なんだったの・・・?」
それよりも、自分が引っ掛かった仕掛けが気になる。
「あ~・・・あれは、ちょっとした試作品なんだな。ウチには、ああいった仕掛けを作るのが趣味な人がいるから。『コンビニエンスストア専用対強盗捕獲用落とし穴』だよ」
「アンタ、バカじゃないの!?」
あんな、訳の解らない仕掛けを作って、何がしたいのか・・・
「・・・あれ・・・?」
自分が、ソファーに寝かされているのに気が付いた、レイモンドの副官が身を起こす。
「あっ、起きた」
目の前で、コーヒーを飲んでいるレイモンドがいる。
「ちゅ・・・中佐!?」
自分の目の前で、上官が突然、姿を消した・・・そこから記憶が無い。
「ちゅ・・・中佐、ご無事でしたか!?」
「何が?・・・君が、突然倒れたから驚いたよ。貧血だって・・・僕が、色々と無理をさせたからかな・・・ごめんね。店の従業員が、少し休めば気が付くからって、奥で休ませてくれていたんだ」
「・・・あれが、夢・・・?」
「歩けるかい?車を手配したから、今日は官舎に戻って休もう」
「・・・・・・」
あれは、夢だったのか・・・それとも現実だったのか・・・副官には、わからない。
夕方なのだろう。
飲み物や軽食を買い求める客たちで、コンビニの店内は賑わっていた。
大戦の予兆 第5章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いましが、ご了承ください。
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