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水族館で

 闇の帳を橙色の街灯が照らし、2人は並んで歩く。

 行き交う人々は男女のカップルが多く、誰もが降る雪を楽しむように見つめていた。

 ヨセフは横を歩くハンナに微笑みかける。


「チラホラと降ってますね」


「ホワイトクリスマスですね……」


 ふと去年と一昨年のクリスマスを思い出す。

 これまで第3王子からはついぞプレゼントをもらうことも共にクリスマスを祝うこともなかった。


『フン! 貴様なんぞにはクリスマスプレゼントもくれてやらん! 嫉妬深い悪女め!』


 全く、罵詈雑言のバリエーションも少ない無能な男だった。

 こっちから願い下げだ。


 ハンナは一定の間隔を保ち横を歩くヨセフを見遣る。


「ヨセフさん、あなたがあの店に招待してくれたから楽しいクリスマスを過ごせました。ありがとうございます」


「それは良かった。……その代わりと言ってはなんですが」


 ヨセフはフワリ、と整った黒髪をたなびかせ雪のように微笑むと遠くに見える博物館のような建物を指差す。


「不躾ながら、貴女のお時間をあと1時間ほど頂けませんか?」


 ハンナは戸惑う。

 この人と別れた時が本当に今年のクリスマスの終わりなのだろう。

 幼少期を除けば暫くなかった楽しいクリスマスを名残り惜しく思ったハンナは自然と首を縦に振っていた。


 にこりと微笑むとその白い大きな建物の前で足を止め、ヨセフが「連絡した者ですが」と出入り口の係員らしき者に一言告げると警備の者らしき男は慌てたように受話器を手にする。

 もう暫くもしないうちに今度は高そうなスーツを着た男が慇懃な様子でヨセフに挨拶を述べた。

 二、三歩下がってやりとりを見ていたハンナの方を振り向くとヨセフが笑顔で手招きする。


「お待たせしましたね、ハンナ様」


 ヨセフは柔らかい笑みでそっとハンナの手を握り館内へとエスコートする。


「どうぞ、ハンナ嬢。今宵ここは今日まで頑張ってきた貴女だけの空間ですよ」


 恭しくお辞儀する館長らしき男の横を通り抜け入った館内には煌びやかな光景が広がっていた。


「……まあ、きれいね」


 青く輝く水槽に様々な色や形の魚たちが悠然と泳ぎ回る様子がハンナの目に映った。

 そういえばここは国営の水族館だ。

 ハンナは青い水槽を悠然と泳ぎ回る美しい魚たちに見惚れる。


「お魚は自由でいいですね。見ていると心が癒されるようです」


「喜んでいただけたようで何よりです」


 暫く順路を歩き鑑賞を楽しむと、とりわけ大きな水槽の前にあるベンチに2人で腰掛ける。

 係員らしき者が2人の横にカップを置いていくと共に礼を言い、紅茶の香りがふわりと辺りに漂った。


「ハンナ様、不躾ながら私のお話を聞いていただけますか?」


 ヨセフの柔和な眼差しを受けてハンナはこくり、と頷く。


「もちろん、私でよろしければ。貴方はこれだけ親切にしてくださったのですもの」


「ありがとうございます。でも私は紳士としての義務を果たしただけですよ。

 お話というのは……」


 ヨセフは水槽の魚を見つめながら口を開く。


「私はねえ、幼い頃から料理が好きで。食べる方だけでなく、調理するのも好きなのです。なのでこうしてウェイターとして働いているわけなのです。

 ちなみにあそこのシェフはすごい方ですよ。元々は三つ星ホテルの凄腕料理人だったらしいのですが、上流階級のしがらみにうんざりして飛び出しあのスラム街で店をやっているそうです。

 相当の苦労人なのですよ」


 ハンナは納得したように頷く。


「……まあ、だからあのように料理の腕も貫禄もあるのですね」


 そして、あの店が今の自分の性に合うわけだ。


「さて、私の話に戻させて頂きますとですね、前述したように私は幼い頃から練習に練習を重ねて料理の腕を磨きました。

 自分で言うのはなんですが大人に混じって小さな大会でも優勝したこともありましたし、なかなかのものでしたよ。

 大人になったら自分の店を開こうと夢見ておりました。

 ……私が固有の魔法を授かる15の時までは」


 そしてヨセフは昔を懐かしむような、それでも少しだけ悲しそうな表情をする。


「ある日、15になった少年ヨセフはいつものように料理を研究し、厨房に立っていました。

 今までにない改心の出来、しかし私はその時の調理中に何らかの違和感を感じました……

 そしてミリーをはじめとするランチを待たせていた友人たちの前に皿が並んだ時、今までになかった異変が私の料理に起こりました。

 ……なんと皿に乗った私の料理が動きはじめたのです

 サラダは勝手に地をはい周りパスタは空を浮き、ローストビーフはもうもう、と鳴きはじめました。

 ギャアギャア、と駆け出すローストビーフと笑い転げるミリーたちを呆然と見つめながら私は仮説を立てました。

 私の家系は代々魔力が強い……

 料理を探求し過ぎるあまり、『作った料理に命を吹き込む』術式を授かってしまったのです……

 面白いでしょう?

 ですが、この事件は15にして私の料理人人生の終わりを表していました。

 だって歩いて動き回る料理なんて誰だって気持ち悪いですよ。しかも食べられません」


 ハンナに向き合い、ヨセフは眉尻を下げ戯けたように肩をすくめた。

 これはちょっとした冗談ですよ、というポーズだろうか。


「まあ……」


 ハンナはクスクスとしばらく笑い声をあげる。

 ヨセフも満足そうにそんな彼女を見つめているようだった。

 笑い終えると目元を拭ってハンナはヨセフの目を見つめる。


「ごめんなさい。笑っちゃって。でも冗談らしく仰ってましたが本当のお話なのでしょう?」


 ヨセフは少し驚いたように目を見開いた。

 今までこの鉄板のジョークを実話だと見破った者はいないからだ。

 暫し考え込むとヨセフは照れるようにハンナに向き合う。


「……冗談らしくお話したつもりでしたがどうしてそう思われました?」


 ハンナは水槽の青が映る透き通ったような美しい瞳でヨセフを見返した。


「だってまるで冗談のように本心を隠してはいても貴方の目は悲しそうでしたもの」


「……なるほど、そうですか」


 ヨセフは得心がいったというように頷く。


「料理が好きというのは本当なのでしょう? でなければレストランでウェイターをしてはいませんよね。あのお店で料理のことを学びながら貴方は魔力の制御の練習もしているのですよね」


「ええ、仰る通りです。ただまだお客様に出すわけにはいきませんけどね。出会ったばかりなのに私のことを見透かされてしまいました」


「今日は短い間ですが貴方のことを見ていましたから」


 そう言ってはにかむハンナに思わず見惚れたヨセフは今まで彼女に見せなかったような戸惑いの表情を浮かべた。

 ……しばらく時が止まったかのようにコポコポと水族館の排水の音だけが部屋にうち響く


 ハンナは照れながら目を逸らすとベンチから立ち上がり水槽の周りを歩く。


「頑張って魔力を制御できるようになってください。その時は私も貴方の料理を頂きたいわ」


 ヨセフは口の端を上げて笑った。


「……おや、先程の話を聞いて腰が引けませんか?」


「全然。むしろ貴方の料理を食べてみたいです」


 ヨセフはゆっくりと水槽の周りを歩くハンナを尊いもののように見つめ続けた。

 そうしておもむろに彼女は後ろ手に手を組み振り返る。


「ねえ、ヨセフさん」


「はい、何でしょうか」


「……ここだけのお話ということで私のお話も聞いていただけるかしら」

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