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賑やかなクリスマスパーティー

 店の中はクリスマスを祝う客で席が埋まり始め、ツリーの灯りが優しく人々を照らす。

 七面鳥やケーキにささった蝋燭の燃えるいい匂いが鼻腔を刺激しハンナは思わず口元が綻ぶ。

 下町ならではの喧騒も悪くない。

 ヨセフもミリーも忙しなく、そしてテキパキと仕事をこなしていた。


 やがてローティーンらしき男の子と女の子が店内を歩き回り踊るようにはしゃぐ。

 2人はよくあるこのお年頃らしきカップルのようだ。

 ままごとのようで見ていて微笑ましい。

 女の子はめざとくピアノを見つけると笑みを浮かべながら小走りに駆ける。


「ねえねえ! ボブ! あそこにピアノと演台があるわよ⁈ 一緒に歌いましょうよ!」


「ネネ…… 僕ピアノ弾けないよ」


 2人がハンナの目の前のピアノにたどり着くとポロン、ポロンと鍵盤を叩き始めた。

 2人とも音楽の素養はないようだ。


「私も弾けないわ。誰か弾ける人居ないのかしら?」


 ハンナは席から立ち上がると進み出て2人に微笑みかける。

 音楽は嫌いではない。

 むしろ好きな方だ。


「僭越ながら、私が伴奏させていただきますわ。よろしいかしら? ボブ君、ネネちゃん」


 ハンナの申し出に2人は喜んで顔を見合わせた。


「お姉ちゃん、ピアノ弾けるの?」


「ええ、音楽は好きよ」


「そう、じゃあ一緒に演奏しましょうよ!」


 2人の快諾にハンナはしばらくピアノの調律を確認しそして椅子へと腰掛ける。

 お客たちからの期待と好奇の視線を感じ、ハンナは久々の舞台に密かに胸を躍らせる。

 学園生活中はこういった晴れの舞台に立たせてはもらえなかった。

 ハンナは2人に微笑み演目を確認する。


「まずはクリスマスらしくあの曲でいいかしら?」


 ネネは花のように笑いながらボブと肩を組んだ。


「そうね! 分かってるじゃないお姉ちゃん」


「じゃあ、さんはい!」


「「真っ赤なお鼻のー♪ トナカイさんはー♪」」


 そうして子どもらしい曲から始まり、この地方に伝わるクリスマスソングまで5、6曲を弾き終える。

 弾き終えるたびに客から万雷の拍手を受け、リクエストが絶えないからだ。

 疲れたが心地よい。


 学園祭では演目の中心はいつだってあのバカ王子とその恋人、それとその取り巻きだった。


『おい、お前が何を楽器いじってるんだ? そこは私の恋人の席だ』


 ハンナが楽器を弄るとあの男はいつだって嫌な顔をした。

 ハンナの楽器の腕がそれなりであったことと、比べられては困る相手がいるからだろう。


『消えろ、お前の伴奏なぞ誰も期待してないんだよ』


 そうしてハンナは学園祭の舞台についぞ立つことはなかった。



 はっと目を覚まし、立ち上がるとそこにはあのヨセフの眉目秀麗な顔があった。


「随分とお疲れのようですね、よく眠ってましたよ。なんならお泊まりしていきますか?」


「いえ、そんな…… 失礼しました」


 いつの間にかテーブルの一つに突っ伏して眠っていたようだ。

 柱時計はもう9時を回っている。

 お客たちもそろそろはけ始め、それぞれの両親と手を繋いだボブとネネがハンナに挨拶にきた。


「お姉ちゃん、ピアノ上手かったねー」


「ありがとうお姉ちゃん!」


 ハンナは笑顔で2人に手を振る。


「こちらこそ楽しかったわ。いいクリスマスをね、ボブくん、ネネちゃん」


 そうして最後のお客が帰ると10時近くになった。

 そろそろ寮の方では寮監が慌てているだろうか。

 悪いとは思ったがそれにしてもクリスマスらしい楽しい時間だった。


 ヨセフは白いコートとマフラーをハンナに手渡すと店長とミリーに了解をとる。


「さて淑女の帰りがあまり遅くなるといけない。私が送っていきますよ。構いませんよね? シェフ」


「ふん、仕方ねえ。早退の分はバイト代からさっ引いとくからな」


 ハンナは慌てて両手を振る。

 やはり忙しい人たちの時間をとるのは申し訳ない。


「そんな…… 悪いですよ。私、一人で帰れますから」


 しかし、ヨセフはそんなハンナに笑いかける。


「気を遣わないでください。クリスマスの夜に淑女を一人で帰す方がこの店の名誉に関わります」


 有無を言わさぬ、それでいて柔らかい響きをもってハンナの引け目を消した声に彼女は悪いと思いながら首を縦に振る。


 店を出る前にミリーはまるで姉のようにヨセフに注意した。


「ヨセフ、ハンナさんを真っ直ぐ家に帰すのよ」


「もちろん、わかってますよ」


 この店を出たらクリスマスが終わってしまう気がする。

 明日以降のことを考え、ハンナは内心でまた黒いものを抱えながらも店長とミリーに頭を下げて別れの挨拶をする。


「店長さん、ミリーさんありがとうございました。楽しいクリスマスでした」


 ミリーは微笑み同様に頭を下げる。

 背筋がピンと伸びスマートだ。

 やはり所作がとても平民とは思えないくらい美しい。


「こちらこそピアノの演奏ありがとう。お客さんはみんな喜んでいたわ」


 店長はちらとハンナの顔を見ながら不器用な笑顔で彼女を見送った。


「フン…… 気をつけて帰れよ。気が向いたらまたな」

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