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下町のレストラン

 下町と呼ばれるこの辺はそこそこの賑わいでクリスマスを祝う人々が行き交う。

 ハンナとヨセフがレストランに入るとシンプルながら落ち着いた色合いのテーブルにせかせかと働くメイドの女性、それと厨房の奥で鍋をかき混ぜる大きな男が目に入った。

 ヨセフは奥の方のテーブルをハンナに勧めるとコックらしき大きな男に声をかける。


「シェフ、この方に温かいスープをお願いします」


 シェフと呼ばれた男は振り向くとヨセフをギロリと睨みつけ、ハンナを見ると新しい皿を用意し始める。

 口髭を蓄えた腕周りの大きい貫禄のある男だ。

 店の主人らしい。


「サボりの口実かと思ったぜ。今日はこれから忙しいんだから頼むぜ、全く」


「クリスマスですからね。もちろんわかってますよ」


 掃除を終えたらしい黒いメイド服を着た女性が不機嫌そうにヨセフに声をかけた。


「ヨセフ、力仕事を私にさせる気? そこのテーブル向きを変えといてくださいね」


「はいはい、分かってますよミリー。淑女が風邪を引くといけない。スープの方はお早くお願いしますね。ではハンナ嬢、ごゆっくり」


 そう言って微笑むとヨセフは店の支度に取り掛かる。

 しばらく待つと白い皿に注がれた薄い黄金色のスープがミリーと呼ばれたウェイトレスによってハンナの座る席へと運ばれてきた。


「ありがとう」


 黒髪を肩まで伸ばしたそのウェイトレスは目鼻立ちが整ったすらっとした美人であり、ハンナの目を見ると微笑む。


「いいえ。とんでもございません。蟹と海老のコンソメスープです」


 そうして頭を下げて悠然と去っていく美しい後ろ姿を見届けると、ハンナは鼻腔を刺激するスープの匂いに空腹を思い出してスプーンで口に運ぶ。


「……おいしい」


 旨みと塩味を基調としたシンプルな味付けながら程よく濃厚なスープはハンナの冷えた身体を温める。

 具である蟹や海老も新鮮なもののようでスープによく合っている。

 この店のシェフの腕は令嬢であるハンナの口を持ってしても中々の腕前のようだった。


「それは良かった。うちのシェフは口はともかく腕は確かですから」


 クリスマスツリーの準備をしているヨセフがハンナの様子に満足そうに相槌を打つと厨房の奥から怒鳴り声が響く。


「聞こえてるぞヨセフ! 与太話ばっかりしてると減給するぞ!」


 ヨセフは肩をすくめてハンナに苦笑を浮かべた。


「……ああもう、煩いことで すみませんね、下町のレストランなぞこのようなものです」


 普段の令嬢らしい生活とは違った新鮮な体験にハンナはにこりと微笑む。

 こういうのも存外悪くない。


「いいえ、そんな事構いませんわ」


 やがて飲み終えたスープの皿が片付けられたと思うとすぐにミリーによって次の皿が持ってこられた。


「トマトソースとアサリのペンネです」


 ハンナは戸惑い、手持ちがなかったことに思い至り両手を振る。

 確かにいつの間にかお腹が空いていたのは事実ではあるが……


「……あの、スープだけで結構でしたのに

 これ以上こちらに甘えるわけにはまいりません」


「いえいえ、そう言わずに最後まで召し上がってください。それともお口にあいませんか?」


 そう言ってミリーは微笑みハンナから遠慮や負い目というものを打ち消した。

 白い湯気と共に料理の匂いがハンナの鼻腔を刺激する。


「いえ、そういう訳では…… すみません、故あって手持ちはないのですがそれでもお料理をいただいてもよろしいので?

 ……もちろん後で料金は払います」


 ミリーはハンナのその言葉にゆっくりと首を横に振った。


「いえ、貴女から料金は頂きません。ささやかですがこれは我々からのクリスマスプレゼントと思ってください。

 その旨はシェフも了承済みですよ」


 見知らぬ相手であるのにまるで見透かしたかのように傷心のハンナを気遣かってくれているようだ。

 ナイフとフォークを手に取りハンナはミリーと厨房の方に向けて頭を垂れた。


「……ありがとう」






「美味しかったです…… 身体も温まりました」


 ハンナはその後も運ばれてきたメインディッシュも食べ終わるとヨセフに礼を述べる。

 彼らに出会わなければ全くもって最悪のクリスマスを迎えるところだった。

 ヨセフはツリーの飾り付けの最終調整をしながらハンナの方に顔を向ける。


「それは良かった。暫くゆっくりしていって下さい。お家まで送りますので」


「いえ、そこまで甘えるわけには……」


「クリスマスの夜に貴女のような淑女を一人で帰すわけには参りません。どうか私にエスコートさせて下さい」


 そう言って店の柱時計を確認した。


「……今日は忙しいので申し訳ないですけど暫く待って頂く必要はありますが

 おっと来客ですね」


 店の扉に設置された鈴がガラガラと音を立て幾人かの客が入店する。

 店に置かれた柱時計の針は5時を示していた。

 窓から差し込むオレンジの日差しが食事時でありクリスマスのこの日のこの店がそろそろごった返す予感を告げる。


「ではハンナ様。暖かい店の奥の方へどうぞ」


 そう言うとヨセフとミリーは店内の奥のスペースにハンナを案内した。

 近くにはツリーの一つと綺麗なピアノがあり店内もよく見渡せる。

 どうせ今日はもう用事はないのだ。

 いやこれからも無いかもしれない。

 ここへ来てハンナは学園で王子によって冷遇されてきた心の疲れにふと気づく。

 今日くらいは好意に甘えてもいいのかもしれない。


「……お忙しいのに申し訳ないわ」

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