穴ぐら①
ゴブゾウの穴ぐらは思いのほか広かった。入り口はゴブリンが這いつくばらないと通れないほどに狭いのだが、中はかなり大きくて1人で住むには広すぎる。
しかも、草を積んだ寝ぐらも、石ナイフを研ぐ石も薬草をすり潰すために使って溝ができた石も2つずつある。
もしかしてゴブゾウ、誰かと住んでいたのに出て行かれたのか?
『もうあなたにはついて行けません。出て行きます』
そんな書き置きを見つめて立ち尽くすゴブゾウを想像したが……。
うん、まず書き置きが無理だね。そもそも紙ないし、字もわかんないし……最悪、字だけでもわかれば地面にかけるか? いやいや、ダイイングメッセージかぁーい!?
と思って俺は青くなった。
もしかしてさ、同居人は死んだんじゃないのか?
「ゴブスケはそっちを使ってくれ」
「うん、ありがとう」
俺はなんとか笑ってみせて、積んである草や、石ナイフを研ぐ石、それから薬草をすり潰す石、無駄に部屋の中を確認した。
うーん、問題ないがここでゴブゾウが説明してこないところをみるとやはりデリケートなお話なのかもしれないね。
ということで、とりあえずスルーする事にした。
うんうん、昔から触らぬ神に祟りなしっていうもんね。相手が嫌がりそうな話題には触れないのが大人ってやつなのさ。そうそう、社会人の嗜みってやつだよ、きっと。
まあ、俺は社会人になんてなったことないからわからないけど。
「じゃあ、石ナイフの研ぎ方から教えようか?」
「うん、ありがとう」
ということで研ぎ方を教わった。石に水をつけて少しずつ擦り合わせる。シャッシャッ、シャッとリズミカルにやるのがコツらしいが。
父さん、そんなこと言ってたかなぁ?
「あとは角度と力加減が大事だ」
「角度と力加減?」
「あぁ、なるべく同じ角度で同じ力加減で研ぐのが大事なんだよ」
「なんで?」
「そうしないと上手く刃がつかないんだ」
俺は「なるほどね」とうなずく。
「わかってないだろ?」
「うん、わかってない」
俺が勢いよくうなずくとゴブゾウは「マジか」と頭を抱える。
「なんか難しいことはわからないけど、角度と力加減が同じぐらいになるように気をつければ良いってことでしょ?」
俺が聞くとゴブゾウは驚いた顔をして「確かにそうだな」とうなずく。
うんうん、理論は分からなくても、やるべきことがわかっていれば問題ないよね。
そして、しばらく黙々と研いでいたら、ゴブゾウが確認する。
「うん、良いんじゃないか?」
「本当に?」
「あぁ、よくできていると思う。あとは毎日やって慣れるだけだな」
そう言われて正直に嬉しかった。なんか褒められたのずいぶん久しぶりな気がする。
俺がニコニコしているとゴブゾウが「どうした?」と聞いてきた。
「うん、褒められるのは素直にうれしいよ」
するとゴブゾウは少し「なっ?!」と驚いて、それから「そうか」と笑う。
「じゃあ、次は薬草をやってみるか?」
「うん、よろしく」
ということで、今度は薬草をすり潰した。
石の上に薬草を置いて水を加えながらゴリゴリをすることしばらく緑の液体になった。それを怪我したところに塗る。
「お前、本当に傷だらけだな」
「うん? そう?」
「そうだ。ちゃんと治療しないと大変なことになるぞ」
そう言いながらゴブゾウがその液体を塗ってくれたが、思わず「クゥゥゥ」と声が出る。
えっと、サッカー好きじゃないよ。
「しみるのか?」
「うん、めっちゃくちゃしみる」
「そうか、それだけ効いているってことはほっといたらまずかったってことだから、我慢しろ」
ゴブゾウがそう言って俺の体にある小さな傷に薬を塗って行くのだが、マジでしみる。グググッと歯を食いしばりながら俺は涙目になった。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「痛いのか?」
「痛い」
俺が答えるとゴブゾウは「そうか」と笑って続ける。
おいおい、Sなのか? そっちなのか? お前……。
「にらんでもやめないぞ、だいたいこれはお前のためだからな」
「本当に?」
俺が目を細めるとゴブゾウが「アホか、本当だ!」と言い張る。
「痛がるのを見て楽しんでいるんじゃなくて?」
「違う」
「『これがいいんだろ?』とか言うやつじゃなくて?」
「なんだそれ?」
「『女王様とお呼』」
「違う!」
ゴブゾウが「お前なぁ」と苦笑いを浮かべる。
「傷をそのまま放置すると化膿して大変だって母さんが言ってただろ?」
「化膿?」
「おいおい、マジか、お前はマジなやつなのか?」
「マジなやつ?」
「馬鹿なのかと聞いてんだ?!」
俺が「えっ?!」と驚くとゴブゾウは「こっちが驚くわ!」とツッコミを入れてくる。
「お前、本気でなにも聞いてなかったんだな」
「うん、だってそのうちまた教わると思ってたし」
「はぁ?」
ゴブゾウが首をかしげるので、俺は「こんなに早く追い出されると思わなかった」と答える。
「お前なぁ、よく考えればわかるだろ? 俺たちの上に兄妹が29人もいるのに、あの穴ぐらには父さんと母さんと俺たち8つ子以外に誰も居なかったじゃないか?」
「確かに、そうだね」
俺がうなずくとゴブゾウは俺に薬を塗りながら「やばいな」と笑う。
「本当になにも考えてなかったのか?」
「うん、とりあえずイモムシ食べて、寝てればなんとかなるかと……」
「いやいや、ならないだろ? それは……」
ゴブゾウが言い淀んだが、今はわかるよ。このままでは生き残れない。やっぱり少し狩りを覚えてホーンラビットぐらいは狩れるようにならないとダメだ。
まあ、とりあえずはゴブゾウがいるからね。
今度こそはしっかり教わろうと思う。