狩り①
少し遠くにいるホーンラビットは地面の匂いを嗅いでいてまだこちらには気がついていないようだった。
いや、気がついてはいるけど、まだ遠いから気にしてないだけかもね。
ゴブゾウが投石器を腰布から外して、その場に落ちていたこぶし大の石を拾って投石器にセットした。それからグルンと回すと、ピューっと飛ばす。
飛んで行った石が当たる瞬間にホーンラビットはビクッと反応して顔をこちらに向けたが、石はその顔に直撃した。
ゴブゾウは駆け出していた。
素早く腰布から石ナイフを抜いて、倒れているホーンラビットに駆け寄る。
それからしゃがみ込んでホーンラビットの首を切り裂くと、ゴブゾウを追いかけてきた俺を見上げて「肉をゲットした」と笑った。
「ゴブスケにも分けてやるよ」
「本当に?」
「あぁ、だけど、このうまさを覚えたら毎日イモムシ生活には戻れなくなるかもしれないぜ」
「えぇーっ、それは困るね」
「いやいや、そこは『俺も狩りを覚えるから平気さ』って言うところだろ?」
「いやいや、そういうの無理だから」
俺が首を横に振るとゴブゾウ「そうか」と言う。
ゴブゾウは解体を始めた。手早く皮と肉を分けて「ほらよ」と肉を半分俺に渡すとむしゃむしゃと食べ始めた。
やっぱり、生で食べるのかぁ。
父さんたちと一緒に暮らしていたときも火を使っているところを見たことがなかったからなんとなくそうだろうなとは思ってだけど、やっぱり少し抵抗があるんだよな。
「食べないのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「さっきの話を気にしているならしばらく俺が狩りを教えてやるから心配はいらないぞ」
「えっ?」
俺が驚くとゴブゾウは「なに驚いてんだ」と笑う。
「教えてくれるの?」
「あぁ、乗りかかった船だからな」
マジか……。
「今度は兄さんがイケメンに見えるよ」
俺が笑うとゴブゾウは「おいおい」と言う。俺はそれを気にせず肉にかぶりついた。
うまい……うまいぞ、これは。
生前に食べたどんな肉よりもうまかった。無心になってむしゃむしゃと食べると体に染み渡る。まるで全身の細胞が活性化するような感じがする。なので、食べ終わった俺は無意識で自分の手を見つめていた。
もしかして、魔物を食べることで強くなるのか?
同じ両親からしかも同じ日に生まれた兄さんの動きは明らかに俺より鋭いかった。ホーンラビットへの投石も、そのあと駆け寄ったときの速さも……。
「兄さんはさ、ホーンラビットばかり食べているの?」
「あぁ、そうだな。獲れないときはイモムシを食べるがな」
「そっか、すごいね」
なるほど、3ヶ月狩りをしながらホーンラビットを食べていたゴブゾウと、逃げまわりながらイモムシしか食べていなかった俺……。
まあ、差は出るよな?
それがゴブゾウが日々やってきた狩りの成果なのか? それとも俺たちゴブリンが魔物を食べると強くなるのか? それはわからないけどね。
どちらにしても狩りが必要だ。
「兄さん、本当に狩りを教えてくれるの?」
「あぁ、任せろ」
ゴブゾウがそう言うので、俺は「ありがとう」と頭を下げた。
「じゃあ、ホーンラビットの皮を拾っておいてくれ、それはあとで投石器にするから」
「うん、わかった」
俺がホーンラビットの皮と角を拾うと、ゴブゾウはうなずいて、歩き出した。そして、しばらく歩くと振り返る。
「ゴブスケは薬草も持ってないんだよな?」
「うん」
俺が勢いよくうなずくとゴブゾウは「逆にすげぇな」と笑う。
「せっかくだから薬草を摘みながら行くか?」
「うん、薬草ね……」
俺がキョロキョロと周りの草を見る。
くさ、クサ、草?
うん、まったくわからん。
俺がゴブゾウを見るとゴブゾウは「お前、嘘だよな?」と言う。
「うん? 嘘じゃないよ」
「まったくわからないのか?」
「うん」
「なんとなくもわからないのか?」
「うん」
「微塵も?」
ゴブゾウが聞くので、俺は「微塵も」とうなずく。
ゴブゾウがしゃがみ込みながら頭を抱える。
「これが我が弟であるという事実が怖い……」
「うん?」
「お前『うん?』じゃねぇ! 薬草を使えないとすぐ死ぬからって母さんがくどい程教えてくれたよな?」
「うーん、なんとなくそんな気もする」
「おいおい、頼むぜ。あんまりにも母さんがくどいからみんなうんざりしてただろ?」
「そうだっけ?」
俺が首をかしげると、ゴブゾウは「ゴブスケが聞いてないから母さんはくどい程言ったんだな。まったく」と頭をかいた。
「俺が教えてやるから今度はちゃんと覚えろよ。いいな!」
「うん」
ゴブゾウが目を細めて「本当にわかったのか?」と聞いてくるので、俺は「わかったよ」とうなずく。
わかっているさ、今は痛いほどに……。
魔物が普通にいる森の中では、ぼぉーとしていたらすぐに死ねるからな。
そうしてゴブゾウに教わって俺は薬草を摘む。
ふむふむ、一度覚えてしまえば、こんなものあとは作業だ。
「おい、それじゃねぇ」
「えっと、あぁ、間違えた」
「それでもねぇ」
「あれぇ」
「お前な、真面目にやらないと本当に死ぬぞ」
うん、わかったからさ、そんな哀れなものを見るような目で見ないでくれる?