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以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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26、
「宿禰、ひでえナリになったな」
「ああ、全滅だ」
送別会が終わり、俺と三上は「詩人の会」の教室を後にした。
三上が呆れたのは俺の恰好だ。ブレザーの釦は袖ボタンすら一個も残ってない。すべて後輩と同級生に引きちぎられてしまった。
「残っていたら俺も貰おうかと思ってたんだが」
「おまえの下手な冗句もこれで最後だと思うと、感慨ひとしおだね~」
「俺もおまえの艶顔を見れなくなると思うと、悲しいぜ」
泣きまねをする三上に、俺は頭を下げた。
「三上、本当に三年間ありがとう。おまえが居てくれて楽しい高校生活を送れたよ。S大受かっているといいな」
「手ごたえはあるけれどね。宿禰こそ、気をつけろよ。なんせ日本と違って無法地帯だからな」
「そんなこともないぜ。ニューヨークも住みやすい街さ。機会があれば来いよ。案内するから」
「そう言われると、憧れるね。俺も留学するかなあ~」
「益々ユミちゃんと離れてしまうぞ」
「そうだな。だけど、恋愛なんていつまで続くかわからないし、無理に続けても幸せじゃないなら意味ないしな」
「幸せの定義は問題があるけどな」
「相手の未来を考えりゃ、常に自分でいいのかっていう不安はあるよ。それでも繋がっていたいと思う気力こそが恋愛なんだろうな…宿禰、水川と最後の別れを言ったか?」
「いいや、まだだ。もう帰ってしまったかもしれない」
「いや、寮の送別会が三時からあるんだ。それには参加するって言ってたから、まだ校内か寮にいるはずだ」
「そうか…ありがとう。探してみるよ。じゃあな、元気で、三上」
握手を求める俺の手をじっと見る三上は独り言みたいに呟いた。
「俺はおまえの引き立て役ってわかっていたけどね。ちっとも嫌じゃなかった。おまえはいい奴だよ。見かけなんて関係ない。勝手に親友呼ばわりで、おまえにしちゃ迷惑だったろうけど」
「俺が何の気負いもなくここに来たと思うのか?不安で仕方なかったさ。おまえが最初に俺に声を掛けてくれたんだよ、三上。おかげでとびっきりの高校生活を送れた。おまえは最高の親友だ。これからもずっとだ」
この学院でのひとつひとつの思い出を心に刻み付ける。
後はミナだけだった。だがミナと過ごした時間を思い出にはしたくない。
俺はポケットから銀の指輪を取り出し、左の中指に嵌めた。
ミナと誓った指輪が勇気をくれるだろう。
ミナ、本当の想いを告げなきゃ、俺はここから飛び立てない。
探さなくてもミナが今どこに居るのか、俺にはわかっていた。
運動場を横切って温室へ向かう。
風が舞い上がり、瞬く間に灰色の空から大粒の雨が降り注いだ。
濡れるのも構わずに懸命に走って、温室へ辿り着いた。
ガラス窓から中を覗く。蒸気で曇った向こうに人影が淡く浮かんで見える。
俺は温室の扉を開く。
「ちょっと雨宿りさせてくれよ」
ここでおまえと初めて出あった時、俺はこう呼びかけたね、ミナ。
時を戻そうなんて思っていないよ。
ただ、知って欲しいだけ。
初めて見た時から、俺は恋に落ちたんだ。
一生得られないものだと感じたんだ。
ずっと変わらないものだってあるって、信じたい。
それは、こういう感情なのだろう?ねえ、ミナ。
雨に濡れた俺に、ミナはあの時と同じように自分のハンドタオルをくれた。
それがあの時のものと同じだったから、変な気分だった。
あのハンドタオル、俺が洗って返したんだよな。まだ大事に使っているんだな。
手を休めたスケッチブックを覗いてみる。
相変わらずのミナ独特のタッチ。繊細でありながらしっかりとした輪郭を持つ花々…パラパラと捲ってみると、草木と一緒にたくさんの俺の素描がある。笑った顔や寝ている顔、裸でうろついてる恰好は俺のマンションで描いたものなのかな…どれもミナの愛情を感じてしまう。
こんなに俺を想ってくれているのに…
半分冗談で、「俺を描いた油絵を見たかった」と、言う。
ミナは真剣な面差しで「卒業記念に渡そうと思っていたけど、間に合わなかったんだ」と、謝った。
その誠実さに惹かれた。素直で純粋な心がたまらなく愛おしかった。
ずっと傍にいて、笑顔を見ていたかった…本当だよ、ミナ…
「ミナが好きだよ。この恋は本物だ。これからもずっと続く想いだ」
左指に嵌めた指輪を見せた。ミナがそれを付けているのは、ここに来た時、すぐに見つけていた。
ミナは恥ずかしげにそれを隠し、意地を張る。それさえも可愛くてたまらないんだ。
ミナが意地を張るときはいつだって、その裏に真の心があるってわかるから…
俺は素直に自分の気持ちを打ち明けた。
これまで慧一が俺に抱いていた想いと、俺が応えていかなきゃならない想い。それでも、ミナを今と同じようにこれからも好きでい続けたいって願っている事。
「ミナが好きでたまらないから、離れていたって、ミナに恋し続けるだろう。それを、許してくれる?」
都合のいい返事を期待していたわけじゃない。ただ、自分の気持ちを打ち明けたかっただけだ。それが、我儘だと、身勝手だと詰られようと、この恋を中途半端な形にしたくなかった。
「リン…おまえがおれに愛をくれた。おれの中に愛を植えた。育った花は見たこともないくらいに美しかった。その実を味わうのはおまえとおれじゃなきゃならない…そうだろ?」
ミナの頬に零れる涙をハンドタオルで拭いてやった。
フフッて笑うミナを優しく抱いた。
「ミナ…これからも…おまえに恋しているから」
離れててもね、「好き」な気持ちは色褪せない。
そんな「恋」が存在してもいいだろう?
寮の送別会に遅れないようにと、ふたりで一緒に温室を出た。
通り雨はとっくに止んでいて、雲間から青空が覗いている。
温室の鍵を丁寧に閉めて、手を繋いだ。その鍵を藤内先生に渡す。
先生は「good luck!」と、笑って送ってくれた。
校門にはもう誰の姿も見当たらない。
俺とミナは顔を見合わせ、そして繋いだ手をゆっくりと離した。
「さよなら、ミナ。元気で」
「リンも…元気でね」
そう言ったっきり、お互いを見つめたまま動かない俺たちは、一体なんなんだろうな…
その時弾くように、後ろに聳え立つチャペルの鐘が鳴ったんだ。
ゴーンゴーンと何度も。聞きなれた音だ。
俺たちは振り返った。
「ここに来ればリンに会えるね」
「え?」
「ほら、あれだ」
ミナの指差す先はチャペルの尖塔。
そのてっぺんに輝く金色のウリエルの右手は、未来の空を指している。