18
以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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18、
「解雇?…なんでさ。慧一、あれだけ一生懸命に働いてたじゃん」
「俺も詳しいことは知らない。ケイイチは愚痴や弱音を言わないし…ただ、二月前に大きなプロジェクトのリーダー格のひとりに抜擢されたから、益々忙しくなるって言ってたんだ」
「それは俺も聞いてた」
若手じゃ別格の扱いらしく、殆どが年上の部下ばかりでやりにくいけれど、頑張るよ…と、電話では明るかった。
「内部の人間ともめたらしい。あいつ、仕事には自分の信念を曲げないというか…融通がきかないところがあるだろ?まだ、入社して一年も経ってないんだから風当たりも強いと思うんだ」
「…それいつの話?」
「こちらに来る寸前だったから…4日前かな。空港で今から日本に行くからって、ケイイチに連絡したんだ。そしたら、会社を辞めたからすぐにアパートを出なきゃならなくなったって言うから驚いたよ。行く当てがないから路頭に迷うしかないからって冗談めいた口ぶりで茶化していたけれど」
「え?じゃあ、慧一はどこに居るの?」
ジャンは黙って首を横にふる。
俺は急いで携帯を取り出し、慧一へ電話をかける。だけど、応答がない。
「どうして出てくれないんだろう」
「俺も日本へ来て、何度が連絡しているが、応答しないんだ。電源を切っているのかもしれない。あの野郎、なに考えているのか…全く、真面目すぎるのも考えものだよ。日本人の美徳は感情を顔に出さないことらしいが、プライドの高いケイイチのことだ。参ってると思う」
ジャンの言うとおりかもしれない。
慧一はなんでも自分だけで片付けようとして、空回りしてしまう。
俺のことだってそうだ。もっと早く俺に本当の気持ちを打ち明けてくれてれば…
そんなことを思っても仕方ない。こうなったら…
「俺、今から行ってみる」
「え?…ニューヨークへ?」
「うん。だってここにいても埒があかないし、どっちにしても慧が今一番必要なのは俺なんだから」
「…見事に言い切るね。まあ、その通りだが…もしかしたらもうアパートを出払っているからもしれないんだよ。連絡がつかない時はどうするんだ」
「その時はその時。大丈夫だよ。慧と俺はそこらへんの兄弟とは絆が違う。ちゃんと引き寄せあうさ」
「俺も…そう思うよ。なんとなくわかっていたんだ。ここでリンと会ったのも、きっと神様のお導きだって、わかってた…ケイイチを頼むよ、リン」
「うん…ジャン、ありがとう。じゃあ、俺、行くね」
「ああ、元気出せよって伝えてくれ。仕事の事ならいつでも話に乗るって」
「わかった。さよなら。シーラにもよろしく言ってて」
お台場を出てすぐに自宅へ向かった。手ぶらじゃ飛行機にも乗れない。
途中、嶌谷さんに連絡して、事の次第を話した。
嶌谷さんは驚いた様子だった。
「心配しなくていいよ。嶌谷さんには何でも話しておきたいだけ。大丈夫だ。慧一には俺が付いてる。そして俺と慧には嶌谷さんが付いている。そうだろ?甘えてばかりだけど、嶌谷さんが見守ってくれていると思うだけでどんなに心強いかわからない。嶌谷さんは俺たちの家族なんだ」
『だったら家族として心配させてくれ。なにかあったらすぐに俺に連絡しろよ。どこへでも飛んでいくからな』
「うん」
みんなが俺と慧一を見守ってくれている。その気持ちが後押ししてくれる。
だから進めるんだ。
雄雄しかれ。我すでに世に勝てり。
成田で搭乗手続きを取った後、ミナへ連絡をした。
明日の約束を反故にしてしまう後ろめたさは、ジャンの話を聞いた時から覚悟していた。
あれだけ楽しみにしていると喜んでいたミナだ。それを台無しにしてしまうんだ。
すべての罪は俺にある。
だからって、ニューヨークへ行くのをやめて、ミナとクリスマスを過ごしても、慧一が気になって俺の気持ちが付いていけないことはわかっていた。
ガラス窓の向こう、飛び立つ飛行機を眺めながら、俺は携帯を耳に充てた。
『リン?』
「ミナ…悪いけど、明日は会えないんだ」
『…どうしたのさ』
「今、成田なんだ。今からニューヨークへ行く」
『慧一さんに…何かあった?』
「うん。どうしても行かなきゃならなくなったんだ」
『そう…残念だよ。…楽しみにしてた…』
天邪鬼のミナが楽しみにしてると素直に口に出すなんて…なんだか、酷くむごい事をしているようでキリキリと胸が痛む。
「ごめん。ごめんな、ミナ。この埋め合わせはちゃんとするから…」許してくれとは言えなかった。
本当にできるかどうかもわからないクセに、と、自分を罵った。
ミナは…気づいているかも知れない。
俺が慧一を選んだことを…
『いいよ。気にしないでくれ。緊急なことなんだろうから、仕方ないよ。気をつけてね、リン。年を越したら学校で会おう』
「うん、わかった。良いクリスマスを、ミナ」
空の上にいる間、俺はずっと眠りに落ちていた。
色んな夢を見た。
微かに記憶が残る母さんの姿や、一夜だけ過ごした男や女…あやふやな記憶の中、月村さんが俺に笑いかけていた。
あんまり優しく笑うから、俺は泣きそうになる。
「月村さん」と、俺は呼んだ。
「凛一…俺は幸せだよ。だから、凛一も幸せになるんだよ」
月村さんの弾く「月の光」が、聞こえた気がした。
ユニオンシティのアパートに着いたのは夕方、5時近く。辺りは薄暗くなっていた。
俺は玄関の戸を叩くが返事がない。
もう転居してしまっているんだろうか…
「慧っ!慧一!、居るなら開けてくれ!」
何度が叫んでいると、隣の玄関から、飯田さんの奥さんが急いで駆け寄ってきた。
「凛ちゃん!」
「飯田さん!慧は…兄貴は…ここには居ないんですか?」
「宿禰さんは今朝、出ていかれたの。ちょっと待ってね、鍵を預かっているから…」
飯田さんは玄関の鍵を開け、俺を室内へ入れてくれた。
部屋の荷物はきちんとまとめられ、いつでも持ち運べるようにしてある。
「宿禰さんは明日にでも引き取りにくるって言うの」
「引っ越し先は決まっているんですか?」
「…まだ、決まってないって。だから、一週間ぐらいなら、ここに居ても構わないからって言うんだけれど、会社を辞めた者が社宅に居るわけにはいかないって、慧一さんが…」
「すみません。兄貴は馬鹿真面目なところがあるから…多分会社を辞めさせられたのもそれが一端じゃないんでしょうかね」
「…主人に聞くけど、部署が違うから詳しくはわからないって。ただ…部下のミスの責任を負うのは上司の責任だから仕方ない言うだけで…ごめんね、力になれなくて」
「そんなことないです。飯田さんにはお世話になりっぱなしで、今回も面倒かけてすいません。大丈夫です。兄貴には俺が付いてますから」
「そうね。時折、お惣菜を持っていくでしょ?そしたら慧一さん、ひとりで寂しそうにしてるの。凛ちゃんが居てくれたらなあって何度も思ったわ」
「…」
誰だってひとりは寂しい。愛する者を求める。それが俺であるなら、慧、いつだって俺は慧の側にいるのに…
アパートを後にして、ニューヨークの街に出ることにした。
地下鉄よりも時間はかかるけれど、フェリーに乗った。
黄昏色の空に闇色の摩天楼がくっきりと影をみせる。
まるで吸い込まれそうに昏い、深い漆黒の闇。
未だに慧一とは連絡がつかない。
なんの当てもない。
もうこの街には居ないのかもしれない。
だけど俺は感じるんだ。
この暗闇に慧一が居ることを。