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以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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17、
放課後、補習が終わり、帰り支度をしている時、親友の三上が彼女と別れるかもしれないと、しんみりと言う。
いつもはこちらがうっとおしいくらいに明るい三上が、景色が秋めいているとは言え、メランコリックになり過ぎるだろうと、さすがに心配になる。
「どうしたよ。ユミちゃんに振られたのか?」
「いや…そこまではっきりすりゃこちらもここまで悩まないよ。まだ未練というか…冷め切れないんだよなあ~」
こいつは隣町の女学院のユミちゃんと一年生の頃から付き合っている。
三年といやあ、本物か偽物の恋か、定めるのが適当な頃合だろう。
「じゃあ、俺が確かめてやろうか?」
「え?」
「ユミちゃんに直接話しつけてやるから」
有無を言わさず三上の携帯を取り上げて、履歴を探す。
すぐに見つかり止せよと遮る三上をあしらい、通話ボタンを押した。
何度かコールしてやっと声が聞こえる。
「ユミちゃん?俺、宿禰だけど」
『あ、宿禰君…』
ユミちゃんとは三上から紹介されて、何度か話している。素直で気さくなお嬢さんで、三上とはお似合いだと俺は感じていた。
「あのね、三上がここんところ元気がないんだけど…ユミちゃんが原因みたいでさ」
『うん…』
「三上のこと嫌いになった?」
「おい、宿禰!」
目線の先に慌てる三上がいる。
『そんなことないよ。敏くんは思いやりがあって優しいし、文句言うことないもん…だけど…』
「だけど?」
『この先のこと考えたら、不安になるの。敏くんが長野の大学へ行ったら、遠距離なんてとっても無理だもん。自信ないよ…』
「ユミちゃん、それは三上も同じだよ。でも好きなら…諦めるなよ。ふたりで続けていく努力をするのが本物の恋じゃないのかな」
『…』
「三上もユミちゃんのことを本気で好きみたいだから、頑張る気でいるよ。ふたりでよく話してごらんよ。俺も三上の親友だからさ、ふたりには幸せになってもらいたいんだ」
『…わかった。敏くん、そこに居るなら、代わってくれる?』
「勿論」
俺は隣りで耳を立てて聞いている三上に携帯を渡した。
「頑張れよ」
そう、言って、教室を後にした。
なんていう事はない。俺はミナへの後ろ暗さを、三上達で補おうとしているだけだ。
自分の罪を少しでも軽くしようと、いらぬおせっかいを焼いているだけなんだ。
翌日、三上は俺に何度も頭を下げて感謝の言葉を言い、「頑張るよ」と、ユミちゃんと交際を続ける決意に燃えていた。
こちらは気が咎めて仕方ない事この上無しだ。
年末が近づく。ミナとの別れが近づく。俺はバカみたいに必死に勉強に勤しむ。
嫌なことは考えたくない。
その日が来ることなんか、望んでいるわけじゃない。
ミナが笑う。ミナが「一緒に大学に行こう」と、俺を励ます。
どれだけ堪えて笑い返したことだろう。
どっちにしろ、俺はミナ…おまえから離れなきゃならないんだよ。
我慢できないほど辛い時には、嶌谷さんに慰めてもらう。
こればかりは慧一には頼れない。慧一に負い目を背負わせるわけにはいかない。
第一、俺とミナのことは慧には関係がないんだから。
嶌谷さんは、ただ、「凛一にできることは、誠心誠意を尽くすことだよ」と、言う。
わかっているけれど…
クリスマスイブにふたりだけで都内のホテルで過ごそうと、ミナに持ちかけた。
初めは訝っていたミナも、結局は俺の押しに降参する。だが納得した途端、目を輝かせる。
「都内に住んでるからわざわざホテルに泊まったりしたことないし…でも、夜景は綺麗なんだろうなあ。すごく楽しみになってきたよ」
「うん…ステキなクリスマスにしよう、ミナ」
これがミナと過ごす最後のクリスマスかも知れない…と、思うと胸がつまって次の言葉が簡単にでない。
笑いを誘おうとわざとおどけて見せる。
恥じらいながらも、嬉しさを隠しきれないミナが、愛おしくてたまらない…
俺は間違った選択をしているのだろうか…
23日は朝から横浜に出かけた。ジャンに会う為だ。
慧一の大学の研究生仲間のジャンは俺にも親切な友人で、春にジャンの結婚式にも出席し、お祝いした。
そのジャン夫妻がハネムーンに日本を選んだ。
俺は今日一日、横浜と東京の案内を買って出たわけ。
「なかなか都合がつかなくて、ハネムーンが遅れたから、シーラがむくれてね。彼女も俺も一度日本に来たかったから楽しみにしていたんだ。リンイチにも会えるしね」
「京都へはもう行ったんでしょ?」
「うん、とてもファンタステックでクロサワ映画を見ている気分だった」
映画好きのジャンは、多くのアメリカ人と同様に日本映画イコール黒澤映画だと思っている節がある。
俺でさえそんなに本数は観た事ないのに。
「シーラも気に入った?」
饒舌なジャンとは打って変わって、控え目だけどいつも穏やかな笑みを返すシーラさんに日本の印象を伺う。
「もう全部が素晴らしくて目を瞑ってしまうのが惜しいくらいよっ!日本人もみんなステキな人ばかりね。でもリンイチが一番かっこいいわ~私リンイチが大好きよ」
「は?」
控え目なはずのシーラのテンションにちょっと驚いた。
「日本に来て舞い上がっているアメリカ人の典型…笑って許してよ、リン」
「うん。いや、好かれるのはうれしいよ」
「聞いてくれよ、リンイチ。シーラって変なんだ。京都の古い文化に充てられてるのに、今晩はどうしてもディズ●ーランドに泊まるって聞かないんだぜ。別に母国の奴でいいじゃん」
「だってクリスマスイベントがあるのよ。絶対行かなくちゃ」
「はいはい。あなたはあのネズミに夢中だもんね。またぬいぐるみが増えるんだよ、きっと」
俺に耳打ちしながらジャンは溜息を付く。
なんだかいいなあ~
「今日はありがとう、リンイチ」
「いいえ、いつも兄貴がお世話になっているんだもん。これくらいは当たり前だよ」
お台場で買い物に夢中のシーラと離れて、俺とジャンはカフェで一息つく。
「それより、兄貴元気にしてる?近頃話をしていないんだ。メールしても元気だって言うだけだし…電話をかけてもあまり出てくれないんだ。仕事が忙しいんだろうけれど、身体大丈夫かな~」
「…何も聞いてないんだね、リン…」
「え?」
「ケイイチに口止めされているから…言おうか言うまいかずっと迷っていた。でも、今のケイイチに必要なのはリンイチだって、思うんだ」
「何のこと?…慧一に何かあったの?」
「…ケイイチは…NKコーポレーションを解雇させられたんだ」
ジャンの言っている意味が俺にはよく解らない。