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以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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11、
「腹は減ってないか?」
「…わからない」
「じゃあ、なんか簡単なものを作るから、部屋で休んでいなさい」
「嶌谷さん、店は?もう行く時間じゃない?」
「忘れたのか?今日は定休日だよ」
いつものゲストルームで用意された部屋着に着替えた。
しばらくして一人用の土鍋を載せたトレイを手にした嶌谷さんが姿を見せる。
「ほら、おじやだ。ありあわせの即席だけど美味いぞ。これを食べて少し眠りなさい。眠れなかったら安定剤をやるから」
「心配させてしまってごめんね、嶌谷さん」
「俺に気を使う必要はないからな。いつだっておまえの味方だ。今は休みなさい。話は明日ゆっくり聞くから」
「俺、疲れてるのかな…自分ではわからないけど…」
「相当に参ってる顔だな。真っ青だ。本当はな、宗二がおまえと一緒に帰ってくるって言うんで、少し懸念したんだが、今はあいつに感謝だな。おまえを独りにさせないで良かった…さあ、少しでもいいから食べなさい。無理にとは言いたくないが、何か腹に入れておいたほうがいい」
嶌谷さんに勧められるままにお椀によそわれたおじやを口にした。食べる前までは食欲なんか無かったけれど、喉を通った途端、少し食べる気になった。折角俺の為にこさえてくれた嶌谷さんへの感謝の気持ちが大きい。
食べる様子を安堵した面持ちで俺を見つめる嶌谷さんに、これ以上甘えてもいいのだろうか…
なんとか食べ終わり、安定剤を飲んでベッドに横になる。
「…嶌谷さん、俺ね…俺たちね、したんだ。セックスをした。何回も…数え切れないくらいした…」
「そうか…良かったじゃないか。凛一が望んだことだろう?」
「うん…だけど、はっきりわかったんだ。…俺は慧一から離れられない。慧一もそう…俺たちは依存しあってしか生きられない者って…」
「それは幸せなことじゃないのかい?」
「そうとも言える…でも…でもね、嶌谷さん。俺は…片方の手で慧の腕を掴みながら、もう一方に繋がれた手を、…ミナを離したくないんだ。…俺って強欲でどうしようもなく多情だよな。地獄の火の雨に打たれても文句は言えないね」
「その罰はゲイだったら誰もだろ?凛だけじゃないさ」
力なく笑う俺を嶌谷さんは優しい目で見つめてくれる。
「あさましや こは何事のさまぞとよ 恋せよとても生まれざりけり」
目を閉じた嶌谷さんは、ふいにそう呟いた。
「…和歌?」
「これは宗二朗がまだ若い頃、高校生だったかな。俺にくれた恋文だよ。源俊頼という歌人の和歌だ。
『これほど人を好きになって、こんなに情けないザマになってしまった。恋をしろと命じられて生まれてきたわけでもなかろうに…』」
「…いい詩歌だね」
「なあ、凛。誰だって自分でもどうしようもなく人に焦がれてしまう時期があるんだよ。前にも言っただろう?
恋をする気持ちに罪はない。人を愛する想いは生きていく糧になるのだからね。だから恐れてはいけないよ。おまえの慧一くんに対する想いも、その恋人への気持ちも本物であるなら、尊いものだと思っていいんだよ。幸いなことにおまえはまだとても若い。辛いことや悲しいことが待ち受けていようと怯むんじゃないよ。勿論回避する道もあるだろうがね…俺の凛はちゃんと立ち向かっていく気概があるんだぜ?負けはしない。悩んで苦しみぬいてちゃんと歩いていけば、道標は見えてくる。…大丈夫だ。宿禰凛一は未来に歩ける者だよ。さあ、お眠り…次に目を開ける時は、おまえの未来はちゃんと輝いている」
俺は何も言えなかった。
欲しかった言葉をくれる嶌谷さんに感謝するしかなかった。
翌朝、起きてリビングに行くと、嶌谷さんはソファで朝刊を読んでいた。
「おはよ」
「凛、起きたのか?こちらに来てきてごらん」
近づいて嶌谷さんの横に座った。嶌谷さんは俺の顔を手の平で撫で、にっこりと笑う。
「顔色も随分良くなった。なにか食べるだろ?」
「うん…」
温めるだけにして用意してくれてたんだろう。食卓につくとすぐに一人用の土鍋が出てきた。
「え?またおじや?」
「いや、鍋焼きうどん」
「なんで?」
「宗二の好物だから。あれが泊まると朝は大抵コレ」
「へえ~そういや宗二朗さんが見えないけど?」
「ああ…帰ったよ。仕事に追われるのがあいつの仕事みたいなもんだからな」
目の前に座る嶌谷さんは、少し気だるそうに煙草に火をつけた。
なんとなくだがわかってしまった。
「…嶌谷さん」
「ん?」
「ココ…首筋にキスマーク残ってる」
「え!…」
煙草を銜えたまま、あわてて首筋に手をやる嶌谷さんがかわいい。
でも押さえるところは逆なんだけど…
「嶌谷さんと宗二朗さんってそういう関係なんだってわかっちゃいるけどさ…改めてなんというか…いとおしいね」
「あいつめ…残すなっていつも言ってるのに」
照れ隠しで宗二朗さんを非難する嶌谷さんもなんともかわいい。
「やっかみだろ?嶌谷さんを俺に寝取られるって思ってるんだよ。嶌谷さんはそんなことしないのにね。宗二朗さんもあの顔でかわいいもんだな」
「…あいつは業が多い奴だ。仕事も家にも縛られてるがそれを受け止める器がでかいのさ。俺には全くないからね。しかし、色も多くてね。気に入ったものは手当たり次第だ。自分は好きなことをやって、それでいて俺には厳しいんだからな。横暴もあそこまで行くと諦めもつく。世知辛い世間を生き抜くにはそれぐらいしたたかじゃないと生き残れないんだろうがなあ…その捌け口にでも俺を頼りにしてくれるなら、こんな俺でも存在価値を見出せるんだよ」
「嶌谷さんは俺にとっても存在価値は大有りだ。これからも頼りにしてもいい?」
「勿論だ。凛になら騙されても憎まないさ」
新学期が始まった。
俺はその日の放課後、温室へ直行した。
色の剥げたドアを開ける。
いつもの古い椅子に座ったミナがスケッチブックの鉛筆を走らせていた。
俺を見ると手を止め、立ち上がり、少しはにかみながら微笑んでくれる。
「リン、久しぶりだね」
「…うん」
その微笑は俺に安らぎをくれた。純粋な感情をくれた。
「なんだか随分会っていない気がするよ」
俺に近づき、触れようとする手を握った。
「終業式以来だから、半月以上だね…寂しかった?」
頬を撫で顔を寄せる。ミナの茶色い瞳が俺を捉える。
「え?…そんなこと…ない…こともないかな」
相変わらずの天邪鬼さも愛おしくて堪らない。
「何笑ってんのさ」
「いや、ミナは何にしてもかわいいと思ってさ」
「かわいいは褒め言葉じゃないから」
「そうか?でも他に表現の仕様が無い。ミナはかわいい。バカが付くほどかわいい」
「バカはつけないで欲しい」
「では、俺のミナはかわいい。愛しい恋人よ。久しぶりの逢瀬を楽しもうか?」
「…うん」
ミナの背中を軽く抱く。ためらいもせず、すぐに俺の腕の中へと収まる。
眼鏡を外し、口唇に優しくキスをすると、自ら口唇を開き俺を向かい入れようとする。
お互いの邪魔なものを脱ぎ、触れたいだけ確かめていく。
ほっておかれたのが悔しいのは今日のミナは積極的だ。
何だか可笑しくなった。
「…あさましや こは何事のさまぞとよ 恋せよとても生まれざりけり」
彼のモノを愛撫しながら、俺は呟く。
欲にそそらられたミナの顔を見て、少しだけ憐れみを覚えたからだ。
「なに?それ」
「いや…だたの古文の復習」
嶌谷さん、今の俺の心境はこうだ。
あさましや こは何事のさまぞとよ ながき恋と言わぬものぞなき
ねえ、俺は本物のメフィストフェレスになれるんだろうか。