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以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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3、
パジャマのまま、嶌谷さんの膝枕で俺は仰向けになって、嶌谷さんを見上げる。
嶌谷さんは寒くないようにと寝室から運んだ毛布を俺にかけてくれた。
天井の端の間接照明が薄いオレンジ色に部屋を染めていた。
ソファにふたりで寝ている光景は、慧一との一夜を思い出す。
あんなにぐちゃぐちゃになった気持ちなんてなかったな…
確実に理解できることは、慧は俺よりもずっと、苦しんできたんだ。
だけど慧一にはもう俺がいる。独りではない。
でも嶌谷さんは…
「嶌谷さんはこれからもずっと独りで生きていくの?孤独って辛くない?」
俺の髪を掬うように撫でる嶌谷さんは穏やかな優しい顔で俺を見つめてくれる。
「辛い時もあるよ。でも年を取った分、忍耐力がついた気がするなあ。それに…パートナーは居なくても仲間が居るからね。凛みたいに慕ってくれる奴もいる。勿論悩みも共有するだろうけれど、楽しさも分かち合える。
去年みんなでおまえの体育祭に行っただろ?みんな本当に楽しそうだった。おまえと繋がっていなきゃ味わえない喜びを与えてもらった。みんな凛に感謝しているよ」
「俺だって言い尽くせないぐらいにありがたかったよ。あんな幸せな体育祭なんて、今までで初めてだ。みんなが応援に来てくれたおかげだ」
「ほらな、孤独でも幸せになれる。誰かを愛していれば、喜びももらえる。孤独であればあるほどにね…そういう喜びに鋭敏になるもんさ。だから独りも悪くない」
「嶌谷さん…俺、嶌谷さんに沢山の喜びをあげたい…」
「だったら、幸せになってくれ。凛一の笑う顔が俺は一番見ていたいんだ」
「うん…」
無償の『愛』を俺にくれる嶌谷さんに、俺は出来うる限りの喜びを与えたい。
3月1日、3年の卒業式に贈る詩を朗読した。
ランボーの反逆的な詩に卒業生たちは大うけだった。後席の保護者達のずらりと並んだしかめっ面が痛かったが、反省はしていない。
ミナの同室であった根本香樹先輩にはキスを求められ、それに応えると、その後ろへずらりと別れのキスをくれと卒業生たちが並んだのには閉口したが…最後のサービスだ。未来へのはなむけだと思ってくれてやった。
ご愁傷様。
3月14日はミナの誕生日だった。土曜日だったから、街へでて映画を見た。
帰りにウィンドウショッピングをしていたら、ふいにミナが足を止めた。
アンティークなアクセサリーが並べられた小さい店の前だった。
一緒に覗き込むと、ミナが指を指した。
「あれ、なんかリンに似合いそうだ」
対のシルバーリングが飾られていた。対照的な羽の模様にオニキスが嵌め込まれていた。
「買おうか?」
「え?」
「ちょうど対だしさ。誕生日だろ?値段も高くないし、お互いにプレゼントするってどうだ?」
「ゆ、びわの交換?」
真っ赤になりながらミナは目をぱちぱちと瞬かせている。
そんなミナがめちゃくちゃかわいいなあと思いつつ、店のドアを開けた。
お互いにサイズを確かめた後、別々の箱に入れて貰った。
店を出た後、ミナが少し顔を憂えている。その意味はすぐにわかった。
「店の人、なんか変に思わなかったかな…」
「思っただろうね。こいつらデキてるのかって、さ」
「え…やっぱり…」
肩を落とすミナに、声を押し殺しながら笑いこける。
こいつはなんて面白い生き物なんだろう。
なんだかなあ…こいつを見てると心が癒される、優しい風に舞い上がる。
…ああ、嶌谷さんの言う分かち合う喜びとはこういう感覚なんだろうなあ。そして嶌谷さんは俺がミナを見るみたいに、俺を見てくれているのかもしれない。
「ねえ、ミナ、ケーキと食材を買って、家でふたりだけのパーティしよう」
「うん。それがいいね」
「その後、めちゃくちゃ可愛がってあげる」
「…外で、言うな」
茹でたタコみたいに真っ赤な顔を下に向けたミナは、そっと俺のコートの端を握り締めた。
突然、罪悪感が沸き起こる。
俺は…ミナを選んでいない。
ミナだけじゃない。この先俺がどんな奴を愛そうとも、俺は慧一以外を選ぶことはない。
生まれてからずっと俺だけを思い求めてきた慧一を思うと、俺はその愛に打ちのめされる。慧一の前では俺は自分が求めた恋愛の重さなど塵のように軽い気がしてならない。
そして俺はその慧一の愛と対峙していたいと望んでいる。
それは欲望でもある。独占欲でもある。
慧一が俺から離れることは、俺が許さない。
そう決めてしまった今、俺には慧一以外を選ぶ意味はなくなった。
だが、ミナを思うこの感情はなんだ?
こんなにときめいて、こんなに愛しいと思い、可愛がってやりたい、幸せにしてやりたいと思うこの気持ちはどう処理すればいい。
俺はミナの悲しむ顔なんて見たくない。
だが、ミナを選ばないと決めた以上、いつか俺はミナを泣かすことになるのだろう…
「ねえ、リン、夕食のメニュー何にする?」
「なんでもいいけど…カレーはやめとこう」
「何故さ」
「…飽きたから」
今夜ぐらい、慧一のことなど思い出させないでくれよ。