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以下の物語と連動しております。


「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/


「愛しき者へ…」

http://ncode.syosetu.com/n0724i/


「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i/

2.

 からっぽになったワインのボトルをテーブルの隅に押しやり、嶌谷さんはソファに深く座りなおした。

 腕組みをして上を向いてじっと目を閉じている。

 俺はただ嶌谷さんの言葉を待っていた。

 

 しばらくして嶌谷さんは顔を俺に向け、手招きした。

 嶌谷さんの身体にくっつく程に近寄った俺に、嶌谷さんは顔を綻ばせると俺の肩を軽く抱き寄せ、ゆっくりと話し始めた。 


「凛一、俺は前におまえに愛する者と添い遂げたいのなら、ひとつを選ばなきゃならないって言ったよな」

「うん、覚えているよ。貫きとおしたい『愛』があるのなら、ひとつだけを選べって嶌谷さんは言った」

「あれは…慧一くんに、おまえが慧一くんを諦めるように説得してくれと頼まれたから…ああいう風に言ったのさ。…俺に選べなんて言う資格はないんだよ。俺は選ばなかったんだ。

…なにひとつ、選べなかった。だから今も独りなのさ」

 嶌谷さんはテーブルのグラスを睨むように見つめている。

 俺の肩に置いた手に力が込められた気がした。


「前に話したことがあるだろ?若い時に結婚したけどうまくいかなくてすぐに別れたって」

「うん」

「愛のない結婚だった。俺が選んだわけじゃなかった。だが俺は彼女を不幸にした。…俺には好きな奴がいたけれど、そいつを選ぶ事も出来なかった…

結局、俺は嶌谷グループの跡取りの座にも適せず、子孫を残す事もできす、嶌谷家のお荷物になってしまった。そんな俺を見かねてさ、俺の身代わりをする奴がいたんだ。全部俺が引き受けるって、ね。

まだ大学出たばかりの歳で嶌谷グループの取締役を自ら買って出てさ。回りに押し付けられ、取引先のご令嬢と政略結婚ながらも、跡継ぎまでちゃんとこしらえやがった…

あいつは、俺を自由にする為に、自分を犠牲にしてしまったんだ…」

「…その人って…嶌谷さんの従弟の?」

「ああ、そうだ。嶌谷宗二朗って言うんだ。6つ下でね。小さい頃は家庭の事情があって捻くれてたんだが、俺には良く懐いてくれてた…」

「好きだったの?」

「そうだな…お互いに求め合っていた。だけど俺は奴の想いを受け止めることが出来なかった。あの頃はゲイっていうのをおおっぴらにもできなかったからね。俺もいっちょ前のプライドがあったんだ。結婚したけれどすぐに間違いだって気づいたのも宗二朗がいたからだ。あいつの目がいつも俺を責めるんだ。『自分に嘘を付いて幸せそうにしていても、何の意味もない。おまえは自分の人生を否定するために生まれてきたのか』…ってさ。

相手の意向もあって協議離婚をしたけれど、今度は子供が病死してしまっただろ?精神的に追い詰められて仕事どころじゃなくなった。宗二朗はそんな俺を哀れに思ったんだろう。自分がすべてを負うから、好きな道を選べばいいと俺を嶌谷家から解放してくれた。

彼はもともと嶌谷家の本筋ではない。だから口に出せぬ嫌がらせもあっただろうが、あいつはすべてを受け止めて、その行動力と実力でトップに登りつめたんだ」

「すごい人だね。サテュロスもその人が嶌谷さんに任せたんだよね、嶌谷さんの為に」

「ああ、充てもないまま放浪してた俺に休まる『家』を与えてくれたんだな。でも、まあ、条件はあった」

「どんな?」

「『俺だけを一生愛してろ』と…ね」

「すげ、横暴。でも嶌谷さんも愛してるんだろ?」

「あいつが俺に執着するのは、色んなことがあっての話だし、確かに俺も宗二朗を愛してるよ。だけど、彼には家族が居て、大企業の責任者で暇もなく世界を飛び回っているようなビジネスマンだ。俺にかまっているような人間じゃない。こんなじじいなんか見捨てればいいのに、執着しまくっている」

「お互いに愛しているんじゃないか。なんで彼の愛を受け入れないの?」

「俺は、選ばない事を選んだんだよ、凛一。誰を愛しても誰が俺を愛してくれても、俺は選ばない。ただ想いは残る。それだけでいい…」

「そんなの…寂しすぎない?ひとりで生きるのは寂しいもんだろ?」

「愛することをやめたわけじゃないよ。俺は沢山のものや人を愛しているし、大事にしている。自分のものにはできないけれど、与えることは出来る。凛、おまえへの愛もね、真実だよ」

「嶌谷さん…」

 俺は嶌谷さんの胸に顔を押し付けた。ただ嶌谷さんを慰めてやりたかった。

 優しさ故に選ばない嶌谷さんに俺ができることってなんだろう…


 嶌谷さんは俺を抱き締め、それから頭を撫でた。

 嶌谷さんの子供であったら、嶌谷さんを寂しがらせないでいられたのかな…


「俺、嶌谷さんの子供になりたかったな。そしたらもっと素直に育ったのにね」

「まさか。俺はロクな父親にはなれんさ。…凛は素直ないい子だよ。俺は凛が我が子じゃなくて幸せだと思っている」

「なぜ?」

 今にもくっ付きそうな距離で嶌谷さんの顔を見上げた。

「近親愛で悩む必要はない」

 おどけて笑う嶌谷さんの顔を見てたら、泣きそうになった。

 どれだけの孤独を抱えて生きてきたのだろう…

 俺なんか、嶌谷さんに比べたらまだ何も抱えてはいない。

 貰ってばかりだというのに…


「俺は選ばなかった。だが、凛一や慧一くんには…そうであって欲しくないんだ。慧一くんの凛への愛は純粋で一途だ。どんな時でも自分の事よりおまえを第一に考えてしまう…それを変える事は彼には一生無理だ。慧一くんは凛を選んでしまっているからね。後は凛一次第だな。

取り違えないでくれよ、凛。俺は慧一くんを選べとは言ってるんじゃないよ。ただ、未来に生きていくパートナーはひとりしか決められない」

「嶌谷さんは選ばなかったじゃないか。嶌谷さんのような選ばない道もありえるんだろ?」

「それでは…全副の幸せは手に入らない。凛は心から幸せになりたいって願うだろう?だったら選ぶんだよ。それは相手を傷つけるかもしれない。けれどね、おまえも傷つくんだ。相手も選ばれなかったことを嘆くだろう。罵るだろう。だけど、恋をしたことは不幸ではないんだよ。

人を好きになる気持ちはいつだって高揚し、夢を見せてくれ、喜びに沸く。

傷ついたとしても何もないよりも千倍も価値がある…そうは思わないか?凛一」



挿絵(By みてみん)



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