25
以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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25、
翌日、俺は自分のベッドの中で目が覚めた。
部屋を見渡しても当たり前だが慧一の姿は無い。
昨晩のことをできるだけ思い浮かべようと目を閉じた。
お互いの一連の行動、慧の告白と誓い。
あれほどの葛藤をずっと持ち続けながら俺を育ててくれたなんて、俺は知らなかった。
あれがすべて真実ならば、俺は幸福に生きてきたのだと手前ミソな発想だが、そう捉えることができる。
俺は報いることができるのだろうか…俺をずっと愛していくと誓った慧一の為に何ができるのだろう…
慧の求める者に俺はなれるだろうか…
大人になった時初めて俺と慧は結ばれる。
慧は求める事を許してくれる。
それまで人間性を磨け。
単純に考えるとそういう事になる。
大人っていうのが問題だ。
二十歳になったからって大人になったとは、認めないだろう。
俺には慧一の認める大人っていうものがわからないけれど、最低でも慧を頼らずに一端の男になれって事かな。
起き上がってリビングへ行くと、慧が部屋の掃除をしていた。
俺を見ると、いつもと変わった様子もなく、「朝飯は食うか?もう昼近いけど」と、言う。
頷くと「パンケーキを作ったから、それでいいか?」と、用意をしてくれた。
テーブルに着いて黙って待っていると、目の前にキレイに焼けたパンケーキにヨーグルトとカシスジャムが盛られた皿が出てくる。サラダと氷の入ったカルピスもいつもどおりだ。
「いただきます」と、手を合わせてナイフとフォークを取る。
目の前に座った慧一は黙々と食べる俺を見つめている。
「今日…」
「ん?」
俺は顔を上げて慧一の言葉を待った。
「初詣に行くんだろ?…恋人と」
「…」
そうだっけ?…そういや…ミナが寮に帰っていたんだ。
「そうだった。昼飯一緒に食べる約束してた」
「じゃあ、あんまり腹一杯にするなよ。食えなくなるぞ」
「…うん」
あまりにも今までと変わらない慧一の態度に、昨晩の出来事は本当だったのかと疑ってみたが、それも一瞬の事で、間違うわけがない。
「ねえ、慧…」
「なんだ?」
「俺が…ミナと付き合っていても、気分悪くなんねえの?」
「…なるさ。前も言ったろ?おまえが誰かと仲良くしてもムカつくし、嫉妬もする。…別れりゃいいのに…と、願うのも真実。だが半分は凛が幸せならうまくやれとも思う。いつだって俺は二律背反に悩まされる。まさに必然的な存在者の実在によって…」
その言い方がそれこそ二律背反だと思わず吹いてしまった。
「悩める哲学者かよ。慧は一生パラドックスに絡まっているのか?」
「凛が解いてくれるのを期待して待ってるよ。それまでは俺はラビリンスで瞑想中だ。気にするな。性分だと思えばいい」
「…わかったよ。慧の矛盾は標準装備だと思うことにする」
俺の皮肉にもさっぱりと穏やかな顔で微笑まれ、慧一の難解な氷壁を溶かすのはまだまだ先だと臍を固めた。
出かける用意をして玄関で靴を履く俺を、慧が見送る。
「じゃあ、行って来る。夜飯も多分食べてくると思うから、用意しなくていいよ」
「…凛」
少し硬い表情で慧が俺を見つめるから俺も何事かと眉を顰めた。
「…なに?」
「俺はおまえに嘘を付いた」
「え?」
「先週おまえが風邪で寝込んだ時、うわ言で俺と梓の名前を呼んでいたと言ったろ?」
「うん」
「おまえは最後に…恋人の名前を呼んだんだ。ミナ、助けてくれって…」
「…」
「言うか言うまいか悩んだけど、白状しておかないと、折角おまえに誓った言葉が汚れてしまう気がする」
「…ありがとう、慧。俺はきっと多情なんだ…慧は俺に罪を裁いてくれと言ったけど、裁かれなきゃならないのは俺の方かもしれないね。正直、今の俺には選べないよ…」
「それでいい。少なくとも…俺は昨晩吐き出したことで、暗闇で見えなかった景色に色が付いた気がするよ。これからはおまえへの愛を隠さなくていいのだから」
慧一の顔を凝視した。確かに何かを切り開いた感じは受ける。達観したというか…いや、今の俺にはわからないや…慧はきっと俺よりもずっと深く悩んで、だからこそ何かを見つけたのだろう。俺がそれを理解するのはもっと先の話になるんだろう。
だけど、俺は慧一の手を離さなくていいんだ。今はそれだけで救われた心地持ちなのは本当だ。
「慧、ハグしてくれる?いつもどおりに…矛盾した思いでいいから」
「ああ、いいよ。矛盾に塗れた想いでもそれは全部凛への愛情だ。そしてそれを重荷に煩うことなく、受けとってくれ」
「うん、わかってるよ…わかっている」
俺だって、矛盾してる。早く大人にならなきゃって思っているのに、いつまでもこうやって慧一に甘えていたいって思うんだから。
どこまでも俺に甘い慧一は、俺を優しく抱き締め、送り出してくれた。
玄関のドアの閉まる音を聞いて、なんだか自己嫌悪に陥った。
後ろめたいのは俺の方だ。
愛を誓った相手を前に、昨日の今日でいそいそと恋人に会いに行くんだぞ。しかも笑顔で見送られるって…マジで終わってないか?
前もって携帯で駅で待ち合わせておいたから、ミナには直ぐに会えた。
「リン、明けましておめでとう。今年もよろしく」
「それメールでも携帯でも言ったと思うけど…」
「やっぱり直に顔を見て言いたいじゃない。元気だった?」
やわらかいミナの笑顔を久しぶりに見た気がした。なんだかあったかい日差しを受けたみたいだ。
心があったまる。
「それがさ…元気じゃなかったんだんだ。風邪で寝込んで、ここ一週間はほとんど家から出ていない」
「え?マジで?…大丈夫なの?」
「もう平気だよ。それより…初詣行く前にさ、やんない?」
「なにを?」
「ミナの顔見たら、やりたくてたまんなくなったんだ。いいだろ?」
すでに赤く色づいているミナの耳元に囁き、八幡行きとは反対の電車に乗り込んだ。
街へ出てミナとよく使う小奇麗なラブホテルで数時間過ごした。
ミナを抱きながら思ったことは、俺って奴は罪悪感不感症人格らしい。
結局慧一と出来なかった腹いせにミナとのセックスで不満を片付けているのか、真にミナを求めているのか、単に快楽を求めているのか…
どちらにせよ、神の祝福などは程遠い…
それなのに、ミナときたら俺の腕の中でうっとりと俺を見つめながら…
「…なんだか今日の凛は…救いを求める修行僧みたいな顔だったよ」と、場違いな事を言う。
「…」
俺が修行僧だって?
「すごく崇高な表情だった…」
「…はあ…」
いやいや、それはないぜ、ミナ。
おまえ、勘違いも甚だしい。
俺は誓って「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(我が神、我が神、何故私をお見捨てになるのですか)」とは叫ばない。
神の御手なんぞ、初めから求めてねえからな。
注…「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」とはキリストの最後の言葉である。
筆者のBLブログ「auqa green noon」はこちら。
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イラストも多数ございます