21
以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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21、
晦日に父と和佳子さんは自宅に帰宅。翌日、群馬の方へ車で出かけ、草津と伊香保温泉で正月を過ごした。
家族三人で過ごすなんて初めてだし、部屋は和室の一室で3人枕を揃えて寝る始末で、どうにもこうにも居心地は良くない。
温泉で疲れを取るどころが、疲れ果て、ようやく三日の日に家へ戻ると、すでに慧一が帰宅していた。
その顔を見て嬉しさと安堵感で抱きつきそうになったが、何とか持ちこたえた俺は、自室へ転がり込んだ。
その晩は4人で団欒を楽しみ、翌日、両親が和佳子さんの実家へ寄って、ストックホルムへ帰るという事になり、送り出す。
お別れの挨拶をして玄関の扉が閉まると、肩の力が抜けたのが、何だか眩暈がした。
隣で一緒に見送りをしていた慧一が俺の様子に気づく。
「…どうした?凛」
「うん…なんか…疲れからかな…ちょっとだるくて…」
朝から喉が痛かったし、熱っぽいのもわかっていたが…
慧一の手の平が俺の額を覆う。
「…熱がある。凛、なんでもっと早く言わないんだ」
「だって…あの人たちに心配させたくなかった」
「バカっ。親に気を使ってどうするんだ。いいから、早く寝なさい」
「うん」
パジャマに着替えるのも億劫だったがなんとか着替えてベッドに潜り込んだ時は、もう頭痛と悪寒が全身を覆っていた。
ガタガタ震えていると慧一が体温計とポカリを持ってベッドの端に座った。
「ほら、熱測って」
「うん…」
「いつからきつかった?」
「昨日あたりから、なんとなく…温泉に行ってただろ?ふたりだけにしてやった方がいいかなって、結構長風呂してたんだよね…だから、体力使い果たしちゃったのかも」
「温泉に行って風邪引くんじゃ、湯治の意味がないじゃないか…8,6分?ただの風邪じゃないんじゃないか?インフルエンザなら病院に行ったほうがいいな。救急なら開いているだろう」
「いや、インフルじゃないと思う」
「?」
「インフルは12月に罹って、病院へ行ったからね」
「…独りで?」
「当たり前だろ?誰が看てくれるんだよ」
「…恋人は?」
「それこそうつしでもしたら大事だよ。…大丈夫だよ。ひとりで寝込むのは、慣れてるから」
「…」
「皮肉じゃないよ。いいんだよ。寂しくても兄貴がちゃんと俺を思ってくれるのはわかっているから…」
「うん…でも今は我慢しなくていいからな。俺が傍についているから、甘えていいよ、凛」
「…う、ん…」
寒気が襲ってそれ以上話せなくなった。
慧一は部屋を暖め、寒いといえば何枚も毛布を重ね、熱くて汗を掻いた俺の身体を拭いたりと手を尽くして看病してくれる。
その間、俺はあんまり苦しくて意識が朦朧としていたから、変なことを口走ったかもしれないが、気がつくと慧一が俺の手をしっかりと握り締めてくれていた。
「大丈夫だよ、凛。俺がここに居るから、ずっと傍に居るから…」
呪文のように繰り返す慧一の声が、折角決意した誓いを忘れてしまいそうになる。
「慧…愛してる…」
聞こえなければいいな、と、願いながら言葉を返す。
日頃の不精な食生活が祟ったのか、平熱に戻るまで丸三日間かかった。さすがに体力も果て、三日目には何キロも体重が減った気がした。
慧一の方も俺の看病の所為か、顔色も良くない。
「これで共倒れになったら、誰が看病してくれるんだろう」と、冗談めかすと、夏みかんを剥いては俺の口の中へ入れてくれる慧一が手を休めて、しばらく考えて言う。
「そうだな…老人の孤独死とまではいかないが、病気の相手を看取って、そのまま手を握り締めたまま自分も死んでいく…そういう夫婦の話もあるしな。だが、それは見方を変えると幸せなのかもしれない。愛を貫き通したとも言えるだろうね」
「慧と一緒に死ねるんだったら俺は本望かな」
「くだらないことを言うな。おまえは死なないよ。少なくとも…俺は心中なんか願っていないし、凛に看取ってもらおうとも思っていない。もちろん凛が早く逝ってしまうのも嫌だよ」
「…」
「凛は…俺がいなくても、最高の幸せを掴むんだよ、きっと」
「…それが、慧の本当の望みなの?」
「…ああ、そうだよ」
「…」
「全部剥いてあげたから、後は自分で食べなさい。ビタミンCは体力の回復を早めるからね」
部屋を出る慧一が何を考えているのか、俺は理解したくない。
ただ、目の前の綺麗に剥いた夏みかんの実をゴミ箱に捨てた。
風邪も長引かずに元気を取り戻したが、別段やることもなく、冬休みも終わりに近づいていた。
慧一はどこへも行かず、家事や俺の世話に明け暮れている。
どこか旅行に行くなり、遊びに行ってもいいと促すのだが、家でのんびりしている方が休暇になると取り合わない。
「それよりおまえの方だよ。恋人をほったらかしにしてていいのか?初詣ぐらいしておけよ。今年は受験もあるだろ。真面目に神頼みでもしてこいよ」
「勿論、行くさ」
ミナは明日にはこちらに帰ってくる。そしたら去年と同じように一緒に初詣に行くんだ。
その夜、風呂上りの後リビングで髪を乾かしていた俺は、ドライヤーを返す為に脱衣所へ向かった。
丁度慧一が風呂から上がったところだった。
彼はスウェットを着ていた。
慧一は俺を見ると少し顔を顰めた。
「凛。まだ病み上がりなんだからパジャマでウロウロしてるんじゃないよ」
「髪を乾かしていただけ。すぐ休むよ」
「おまえはすぐに誤魔化すからな、当てにならない。どれ、もう熱はないか?」
「…」
慧一の手の平が俺の前髪を払い、すぐに口唇が俺の額に充てられた。
慧一にしてみれば…その行為は昔からの…幼い頃から慧一も梓も俺の額や頬に口唇を当て、熱を測っていたから…別段気にしない動作だったのかもしれない。
だが、俺は…
慧の口唇の感触を額に感じた瞬間、俺の身体中の血が逆流した…
なんだ?
これは…
身体中が焼け付くほどに熱く沸き起こる、この感情は…
口唇を離した慧一の手が俺の頬を軽くなでた。
その手を捕まえた俺は俯いたまま、慧一の手の平に、自分の手を重ねた。
慧一の身体がビクッと震えるのがわかった。
俺は、強烈に慧一に欲情している自分自身を感じていた。
重ねられた慧の手の平が僅かに震えているのが俺にはわかった。
俺は慧の下腹部に手を置き、スウェットの上から慧自身に触れてみた。
慧のペニスは固く勃起していた。
慧の欲情した高ぶりが何を意味するのか…
何度も瞬きをする度に俺の頭に走馬灯のように駆け巡る記憶…
散らばったピースが音を立てて嵌め込まれていく。
そして…絶対的な答えを導き出した。
慧は…ずっと…ずっと俺を…欲しがっていた…抱きたかった。
自分のものにしたかった。
俺を犯し、自分に縛り付けておきたかった…
そして、その愛ゆえにその熱情のすべてを…俺の為に、彼は…
俺はゆっくりと顔を上げ、こわばった慧一の顔を見つめた。
彼の瞳は怯えと欲情の炎に揺れたまま、俺を映し出していた。
彼の塞がった口唇が戦慄きながら少しだけ開き、赤い舌が見えた。
それは確信となる。
慧一はずっと俺を求めていた。
その事実は嫌悪や不浄や低俗なエゴイズムなど微塵も感じない、俺にとっては敬意すべきものだった。
彼のものになりたい。
彼とひとつに結びつきたい。
どんな罰を受けようともかまわない。
だが、確かなことがある。
この「愛」に背徳の意味などそぐわない。
俺達は「真の愛を求めている者」なのだ。
ここで一旦中断。慧一編「GLORIA」38部へ、続きます。