15
以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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15、
入道雲が瞬く間に青空を食い尽くす。
俺は呆気に取られながらその姿を追っていた。八月の終わり。
遅い三者面談はなんとなく気まずい雰囲気のまま、もう二十分は過ぎている。
俺は教室の窓から、空を仰ぐ。
俺の将来をたかが大学ひとつで決めつけられてたまるかよ。
「だから、建築学科なら理系に進めって言っているんだ」「国立は全教科関わるんだし、今だって十分理系の方もいい点数取っているじゃないか」「慧一、おまえは凛一の保護者なんだろ?なんでそこに拘るんだ」「凛はまだ建築の方に進むとは決めていないんだよ。だから選択するのも幅があったほうがいい」「バカ!今の受験生はこの時期にはもうすでにどこの大学の学部、学科まで決めて、それを目指して勉強しているんだ。凛一みたいなのんびり屋は結局負け犬になるんだよっ!」「勝手に凛を負け犬にするなよっ!そうならないようにおまえに頼んだんじゃないか!」「知るか。本人にその気がないんじゃな。手篭めにしてでも言いなりにするか?おまえの得意とするところだろう?」「おまえを手篭めにした覚えは一度もねえよっ!」
「俺、帰っていい?」
「凛」
「いいぞ。どうせこのブラコン兄貴に何を言っても話しにならない。凛一は早くこのバカから独立することだな」
「…言い分は聞いとく」
そう言って椅子から立つと、慧一も慌てて立ち上がる。
「慧はいいよ。藤宮先生とは積もる話も沢山あるだろうから、じっくり話していきなよ。俺、先に帰るね」
「…嘘つけ。どうせまた例の場所だろう。いちゃつくのもいいが、花が枯れないように面倒見ろよ」と、藤宮が余計な事を言いやがる。
慧一の前でそれを言うな、と、俺は藤宮を呪った。
奴が慧になにを話すのかは気にはなったが、気に病んでも仕方がない。
藤宮を敵にするのは損だ。
俺はひとりで温室の宿主たちに水を与え続ける。
立ちこもった雲が夕立になっても温室までは恩恵を賜らない。
この乾いた連中には、水道の水が必要だった。
俺たちが自然以外のものを望むように…
その夜の慧一は不機嫌極まりない様子で、藤宮との話も聞ける雰囲気ではなく、俺もさすがにげんなりした。
会話の少ない食事が終わると、慧一は大きな溜息をひとつ吐いた。
「あれから、紫乃に色々と厳しい事を言われたよ。保護者としての責任が甘いのなんのってさ。俺は凛の思いどうりにさせてやりたいって思っているけど、現状は厳しいなあ~」
「まだ一年あるしさあ。俺も良く考えて決めるから、そんなに落ち込まないでよ。慧を泣かせたりしないから」
「バカ。泣くかよ」
「…」
だって泣きそうな顔しているもの。そんな顔をさせている原因は俺なんだもの。俺だって責任は感じるさ。
夏の最終バーゲンで二人連れ立ってアウトレットに買い物に行った。
慧はジーパンを、俺はジャケットを買った。
ふと兄貴の首元に見慣れないネックレスに気づき、それを問うと、慧は笑いながら、「自分で買ったんだよ。お守りさ」と、笑った。
二枚の福引きを貰い、帰りに一枚ずつ引くと、俺はハズレ。慧は見事三等賞を引き当てた。
商品は箱根一泊ペア宿泊券という微妙なものだった。
「正月行ったばかりなのにさあ、また箱根?」
「良いじゃないか。日にちはこちらが決めていいんだし、水川君と行くといい」
「え?いいの?」
「俺はもうすぐ行ってしまうからね。凛にあげるよ。恋人と楽しんでおいで」
「…うん、ありがと」
嬉しいんだが、どこかで軋むような感じ。胸が痛い。
ミナに話すと、ミナは驚いたように俺を見上げ、今度は満面の笑みを返す。
「本当に?わあ、すごい…嬉しいよ、リン」
「箱根なんて珍しくもないだろ?」
「そんなことはない。リンと一緒にお泊りできるんだよ。すごい楽しみだ。でも俺なんかが行ってもいいの?当たったのお兄さんだろ?悪い気がする」
「いいんだよ。慧はミナと行きなって言ってくれたんだから」
「ホントに?」
心から喜んでいるミナを見ていると、やっぱりこいつで良かったと、気が緩んだ。
ミナはかわいい。とてもいとおしい。こいつの笑顔を失いたくない。
俺は欲深なのだろうか…
慧とミナを天秤に載せるのが怖い。
釣り合っても釣り合わなくても、どちらかの泣く顔など見たくない。
慧一が帰る日、空港まで見送った。
少し感傷的になってしまい、「ここで別れるのが恒例になってしまったね」と、言うと
「そうだね。わざわざ凛に手間を掛けさせているようで気が引くけれど、凛の顔を見て旅立つっていう、なんてことない事がね、俺には大事な意味を持つのだと…感じてしまうんだよ」と、慧は真顔で言う。
「なんかわかる」
「おまえを独りにするのはいつも不安だよ。それはおまえに対してでもあるし、俺自身の寂しさでもあるからね」
「そうだね。お互いが独りになってしまうんだから」
「恋人と仲良くしなさい。孤独に泣かなくてもいいように」
「…わかったよ」
展望台で慧一の乗る飛行機を見送った。
青空に吸い込まれるように飛び去る機体が消えてしまった何も無い空を見つめながら思う。
慧一も孤独に泣くのだろうか…
恋人と仲良く、か…慧はどんな気持ちでその言葉を俺に送ったのだろう。
ねえ、慧…
ミナがいても俺は独りだよ。
誰だって、そうなんだ…きっと。
ここから慧一編「オレミユス」に続きます。
筆者のBLブログ「auqa green noon」はこちら。
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