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慧一が去った後、入れ替わるように親父が夏季休暇で自宅に帰ってきた。

俺をひとりにして何の相談もなく留学した慧一を、親父は酷く怒っていて、俺はそれを宥めるのに一苦労だった。

自分は全く家庭を省みることはないのに、慧一を責めるなどお門違いも甚だしいと笑うのだが、この人はこの人なりの誠実さで生きている。

俺はその誠実さこそ、この人の家族への愛情だと感じていた。


俺は親父に対しての感慨はないが、無駄に心配をかけたくないと常日頃思っていたから、親父が居る夏休み後半は夜遊びに出かけるでもなく、真面目な中学生で過ごしていた。

ただ、身体を鍛える為に、しばらくやめていた合気道や古武術などで身体をやたらめったら鍛えなおした。

笑える話だが、自分としては慧一に殴られたことが相当気に入らなかったらしいのだ。

負けず嫌いもここまで来ると笑い話だが、その頃の俺は慧一に対して敵意むき出しで、今度顔を突き合わせたら、一発殴らないと気がすまない!と、言うほどに憎んでいたから仕方がない。


ほどなく夏休みが終わると、親父は俺をひとり残していくのを躊躇い、イギリスに同行するように強く誘ったが、俺はひとりで大丈夫だと言い張った。

実際どこにいても俺の存在がお荷物なのはわかりきっていることだったので、どうせお荷物なら、ここにひとりで居た方が誰にも迷惑をかけないで済むだろう。


自分は宿禰家にとっては異端で、邪魔なだけな存在だ。

いつもそう考えていた。


二学期が始めると相変わらずの生ぬるい学校生活に戻った。

成績はというと、がつがつ勉強はしなくても常に上位にいたから、授業をサボりがちの上、校則違反である髪を赤く染めていても、先生達からは文句はでない。

試験なんて俯瞰の目線で見れば、どこに穴があいているが一目瞭然で、そこを埋める術は手中にある駒を当てはめていけばいい。

目標にある距離と高度を測り、照準を合わせれば、間違いない正解に辿り着くというわけだ。

記憶術に関して言うなら、教科書に端から端まで、カメラを回すように覚えればいい。これだと思えばそこにピントを合わせる。合理的なやり方だ。

しかし、俺は教科書の中には自分の求める答えなど初めからないと信じていたから、結局、このばかばかしい良い子遊びをするのにも飽きてしまう。


俺はまた夜になると街に出かけた。

今度は誰彼構わず付いて行かずに、身体以外で遊べる価値を見出す方法を選んだ。

そうは言っても街角に立ってれば、男も女も引っ切り無しに声をかけてくるもんだから、気に入ったヒトがいたらお付き合いに望むことになる。

セックスはしなくても、話し相手になったり食事したりするだけでも相手は喜んだりする。

それで気に行ったらホテルに行ったりするのだが、援助交際ではないので、お金は一切受け取らない。

実際お金には困っていなかったので、頑なに断った。

面白いことにお金を受け取らないと、しないで帰るヒトが多いんだ。

あんたら金がないと安心してセックスも出来ないのかよ、と、卑下したりしたが、そういう付き合い方を知らない俺の方が子供だったのだろう。


そうやって遊びを繰り返しては、白々と空が明けていく頃に家に着く。

車も人もいない静寂の中、ひとり路肩を歩いていると、誰にも必要とされていないのはこの世で俺ひとりだけじゃないのかと…陰鬱になる。

挿絵(By みてみん)

自宅に帰り、パソコンのメールを開くと、慧一からの便り。

週一度、彼は律儀に俺へのメールを送り続けていた。

文面は短く綴られた日常と、俺への労わりが込められていた。

いつも何枚かの写真が添付してあり、大学の建物であったり、街の風景であったり。

俺はそれらを見るたびに涙が零れて酷くむなしくなり、慧一を責めた。

だから一度もメールを返したりしなかった。


沢山の大人たちと交わりながら、俺に一番影響を与えたくれた人は嶌谷誠一郎だった。


彼と出会ったのは、その年のクリスマスイブのお祭りの後。

明け方近く、ベタ雪で濡れた路地にひとり寒さに震えていた俺に声をかけてくれた。

「こんなところでなにしてんだ?」

彼はウエイターの様な恰好で、ゴミ袋を片手に壁と壁の隙間に凭れている俺を覗き込んだ。

俺はと言うと…酔っ払いと喧嘩になり、向こうが大人数人で向かって来たんで必死で逃げてここに隠れていたってわけ。

「ちょっと休憩を」俺はしれっと笑った。

「そこで休むには狭いだろ。それにいつまでもそんなとこいると凍え死ぬぞ」

「あなたに関係ないでしょう。ほおっておいて下さいよ」

「…生意気なガキは嫌いなんだがな…ここで死なれたら俺も後味悪い。俺の店の目の前だしな」と、言いつつゴミ袋を持ってない方の手で隙間から俺を引きずり出した。

「ちょっとゴミ出してくるから、あそこの黒いドアから入って中で待ってろ」

「…」座り込んだままの俺は、訝しげに男を睨んだ。

「そんな目で見るなよ。変なことしようって気は全くないから。凍死するよりマシだろ?」

そう言って笑う男は、髭面の顔に似合わず、綺麗な目をしていた。

この人は大丈夫だろう。


俺は一度頷いて、立ち上がり、彼の指差す方に歩いていった。



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