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以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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6、
俺にとって何もかもが刺激的で充実したアメリカでの春休みも終わりに近づいた。
生活にも大分慣れた俺は、近くで買い物やカフェに行ったりと余裕が出来、知り合いも増えた。
慧一の友人には何人か出会ったりしたが、懸念する恋人の登場とはならなかった。
食事の後、コーヒーを飲みながらふたりでリビングで寛いでいる。
休日最後の夜だ。明日は日本に帰らなきゃならない。
最後だからと思い、俺は慧一に恋人がいるのかどうか尋ねてみた。すると、慧一はあまり乗り気ではない雰囲気で「遊びで付き合ってる男はいるけど、恋人はいないよ」と、言いたくなさそうにする。
「遊びって…向こうは本気かも知れないってことはない?」
実はそういう男子学生に会ったことは慧一には伏せていた。
その彼は「日本に大事な人がいると言って、慧一は本気になってくれない」と零していた。純情そうな北欧系の男の子だった。
「どうしてそんな事を聞く?」
「藤宮が…」
俺も本当のところを自分が聞くべきなのか、迷ってしまう。だから、藤宮先生の話で曖昧にぼかしてみた。
「藤?…ああ、紫乃か」
「藤宮はまだ、慧のことを好きだって言ってるんだぜ?あのままほおっておくの?…なんだか可哀相だよ」
「凛は…俺が紫乃と付き合うのを望んでいるのか?」
「そんなことじゃなくて…俺は…慧に幸せになって欲しいって…思っているんだよ」
「俺に恋人がいなきゃ幸せじゃないって事?」
「…そうとは限らない…けど、遊びより本当に好きな人とセックスした方が、幸せじゃない」
「凛は…俺が恋人がいたら、寂しくなったりしない?」
「そりゃ…寂しいし、俺の慧が他人に取られるのは嫌だけどさ…慧の幸せを俺が願わないわけがないじゃない。寂しいけれど、祝福したいって、思ってるよ」
「…そう」
慧一は飲み干したコーヒーカップを持って、キッチンに運んだ。どうみても愉快にはなれない話題らしい。口元がきつく結ばれている。
慧一と仲たがいする気はないんだ。だけど、俺は慧一だけにはわだかまりは全部曝け出しておきたいんだ。
「だって、俺だってさ。ミナっていう恋人が居るわけだし、俺だけ幸せじゃ慧に申し訳ないよ」
「そんなことをおまえが気に病む事は無いよ。凛の幸せは俺の幸せでもある」
「本当に?…慧は俺がミナと本気で愛し合っていても、嫉妬したりムカついたりしない?」
「…するよ。当たり前だろ。おまえがさっき俺に言ったことと同じだろう。…するに決まっているさ…」
「そう、良かった」
「なにが?」
「慧も人間だなあって思ったのさ。嫉妬なんかしないって言われたら、もうそりゃ仙人の域だもの」
「おまえから見りゃ大人だろうが、俺はまだ25の若造だよ。煩悩だらけで悟りの境地には到底昇れないね」
「じゃあ、その煩悩だらけの兄貴に相談なんだが…」
「なんだ?」
「ミナと巧くいかない」
「え?さっき本気で愛し合うって…言ったろ?」
慧は俺の傍に座りこみ、心配そうに俺の顔を見つめた。
「…セックスしようと迫ったんだけど…泣かれた。嫌がってないと思ったんだけどねえ~やり方が拙かったのかなあ。俺、結構待ってあげたつもりだったんだけど…」
「向こうの意思確認はちゃんと取ったのか?おまえは強引すぎるところがあるだろう」
「…はっきりと口に出しては言わないよ。彼は何もかも初めてで…怖気づいてしまっているんだ。俺と寝たいっていう気持ちはわかっているけど…どうもなあ…ああいう子は初めてだからさ。正直、もてあまし気味」
「…それくらいでへこたれるぐらいなら、止めればいい。本気じゃないってことだ」
「ちょっと待ってよ。俺、本気だよ。本気でミナを愛してるって思ってるし、大事にしたいって…」
「思いやりって知ってるよな。おまえは自分が愛されてると思い上がっている。だから相手が思い通りに動かないと興味を持って相手を思い通りにさせたがるんだ。本気で好きなら、相手のことを一番に考えてやれ。自分のプライドなんかどうでもいい。相手の望みを叶えてやること。そして相手のプライドを傷つけないこと。おまえがタチなんだろう?だったら尚更だ」
「ミナはプライド高そうだもんなあ…」
もしかしたら俺は、今まで本気で誰かを好きになった事など一度もないのかもしれない。
何故だかわからないが、俺は自分から本気で求めた恋はひとつもない。何も知らないという点ではミナと同レベルってことか…ビギナー同士、手を取り合っていくしかないかな。
「なんか…慧に話してすっきりしたよ。日本に帰ったらミナと話し合ってみる。勿論別れ話じゃないよ。俺、ミナとは本当の恋をしたいんだ。正真正銘の『恋』って奴」
「…そう、頑張れよ」
その夜、慧一とベッドに寝ながら「慧と枕を並べて寝るなんて、暫く出来ないんだね」なんて話をした後、
「俺、色んな人から愛を貰っているけど、俺が本当に愛しているのは梓と慧だけのような気がする。でも…それじゃあいけないんだね。親父もワコさんも嶌谷さんにも、ただ愛を貰うだけじゃなく、ちゃんと俺が愛さなきゃならないんだ、きっと…」と、決意めいたものを吐いてみた。
「そうだね。愛という感情は生きる強さになる。凛の人生は素晴らしいものになると思うよ」
慧の言葉はいつも俺に勇気を与えてくれる。慧は本当に俺を光へと導いてくれているんだろう。
俺は熱くなる想いを茶化しながら言う。
「ひとつ言っておくけどさ、俺の慧への愛は変わらないよ。たとえ、俺がミナを愛したとしても、慧への愛情が微塵も減ったりはしない。慧と俺の絆は特別だもの」
「…ああ、わかってる…わかっているよ、凛。だから、早くお休み…明日は、もう近い…」
慧の穏やかな声音は俺を至福の眠りへと誘う媚薬のようだ。
…お休み、慧。