第三章 Swingby 1
以下の物語と連動しております。
「GLORIA」
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「愛しき者へ…」
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「早春散歩」
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1、
25日、クリスマス。空港で慧一の帰りを待つ。
午後8時着だったのにどうやら遅れるらしい。仕方がないからターミナルの喫茶室でひたすら待った。
硝子窓の向こうに滑走路が見える。
暗闇を照らす幾つもの光。
ただ慧一の帰りを待つ。こんなに静かに慧一を待てる日が来るなんて、二年前じゃ考えられない話だ。
俺も少しは大人になったということだろう。
やっと会えた慧一の姿を見て俺は一目散に近寄り、熱い抱擁をした。
俺達は久しぶりの逢瀬に感激したわけだが…よく考えれば、慧がアメリカに帰って3ヶ月経っただけなので、後で考えればセンチになりすぎていた観がある。
結局、飛行機の到着が大幅に遅れた所為で、俺達はかなり遅い夕食を取る羽目になった。
電車で帰宅するのも面倒になり、俺はどこかのホテルに泊まろうかと提案した。
今日はクリスマスだから、早々簡単に空きの部屋はないだろうと、覚悟をして新橋の高級ホテルに伺うと、たった今キャンセルがあり、ひとつだけスイートルームの空きがあるという。
男二人でスイートかよ!と、思わないでもないが、いい加減ふたりとも疲れ果てていたので、それで良しとなった。
35階のそのスイートな部屋は、入るとまずキングベッドのでかさに驚いた。テーブルを初めとする調度品もさすがは、ゴージャス。窓際にベッド代わりで丁度いいようなカウチがある。その向こうの大きなガラス窓から見えるのは東京の夜景だ。
青みがかった闇と、ビルのイルミネーションの狭間に広がる仄かに白く浮かぶ空間に、俺はしばらく見とれていた。
「慧、見て。タワーが見えるよ」
「伊達に高い金は取ってないっていうことだろう。しっかし…めちゃくちゃ高かったぞ~」
「クリスマスにケチな話をしなさんなよ。全く兄貴はロマンチストじゃねえな」
「今日は謝るしかないね。原因は俺にあるからな」
「別に慧を責めてるわけじゃない。まあ、どちみち弟とじゃ甘いムードにはなりえない…しかし、でけえベッドだ。クリスマスに何もしないカップルはいないだろうけど、これだけ広けりゃあ、どんだけ変体プレイしても落ちないよね。それとも3P用かな~」
「おまえなあ~」
慧が呆れながらも視線が怒りかけているのがまるわかりで、俺は身を翻してさっさと浴室に向かう。
バスルームにはシャワーブースが付いていて、バスタブにお湯を張る間にシャワーで身体を洗う。
シャボンを入れた所為で、バスタブは泡にまみれていて、湯に浸かるとカモミールの香りがあたり一面にして、なんだか変な気分だ。
横のブラインドを上げると、硝子越しに部屋が見える。
手を振るとカウチに座った慧がぽかんとこっちを見ている。
俺は立ち上がって、身振り手振りで灯りを消してくれと伝えた。
慧はわかったと手を上げ、部屋の灯りを暗くした。
勿論浴室の灯りも消した。
辺りが暗くなると、窓の外の淡い光が部屋の中に忍び込んだ。
真っ暗な闇とビルの明かり、タワーのイルミネーションの見事なコンビネーション。
昼間の街並みの喧騒などまるで感じさせない異次元の空間。
地上と夜空との境目の群青色が見事だ。
「綺麗だ…」
俺はこんな世界で生きているのかと、胸が熱くなった。
なにもかも許されている気分でしばらく見とれて硝子に張り付いていると、突然慧一が浴室のドアを開け、「いつまでもそんな格好で突っ立ってんじゃない。いいかげんにお湯に使ってあったまれよ。風邪引くぞ!」と、怒鳴りつけられら…
何が気にいらないのかわからないが、今日の慧は怒りっぽい。長旅の疲れで苛立っているんだろうな。
俺はそそくさと風呂から上がり、バスローブを巻きつけると、部屋に帰った。
部屋の灯りはベッドサイドの灯りを弱めにしただけにして、いつでも夜景を楽しめるようにした。
バスローブのままベッドに寝転がる。
ランプシェードの拡散した光が、天井に輪と星の模様をいくつも作った。
「綺麗だ…宇宙にいるみたい」
「…ああ、無限のソラだ…」
俺たちは天井を仰いだまま、贋物の宇宙のソラに見惚れていた。贋物の信者達が集うクリスマスには相応しいソラに違いない。
しばらくすると交代で慧がバスルームに向かった。
ベッドの寝転がったままガラス張りのバスルームに目をやる。
勿論、ブラインドは締め切っている。別に兄貴の裸を眺めなくてもいいんだが、なんだか影だけちらちらするのも妖しい。
兄貴に欲情するのも馬鹿馬鹿しくなり、俺は時計を見た。午前一時を過ぎてはいたが、なんだかミナの声を聞きたくなり、携帯を取る。
呼び出し中になった途端に繋がり、ミナの少し焦った声が聞こえた。
俺はすっかり嬉しくなって、ミナをめちゃくちゃ甘やかしてしまいたくなる。
このベッドで今すぐおまえとね…なんてね。慧が聞いたら怒鳴られるよ、きっと。