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23

24日、クリスマスイブは二学期の終業式で、昼には下校。

夕刻に水川の居る寮に向かう。

時間通りに行くと、ミナが玄関で待っていてくれた。

「ご招待ありがと、ミナ」

「…」

黙ったままのミナは、俺の頭からつま先までをじーっと凝視する。

「なに?」

「宿禰、モデルさんみたいだ」

「え?」

「すごく…かっこいい」溜息まじりに言うから、苦笑した。

一応クリスマスパーティって聞いたから、シャレては来たんだけどね。ブランド品には全く興味ないし、適当に気に入って買った奴を着てるだけなんだが、梓と慧一の影響が大きい。

自分に合う服はわかっているつもりだ。

「惚れ直した?」

「…なんか…」

「なに」

「自信喪失だ…」

「ミテクレだけ見て無くすような自信は、初めから無い方がマシだね。それより上がってもいいですか?」

「あ、ごめん。コートと荷物はおれの部屋に置いておくといいよ」

と、ミナの部屋に案内される。


久しぶりのミナの部屋だけど、少しも変化はない。

相変わらず色味の少ないミナの机と隣の派手な部分のテリトリーとにはっきり分かれている。

灯りを付けなくてもいいギリギリの宵闇の部屋で、ミナの肩を叩く。

「ミナ、クリスマスプレゼント渡しとくね」

「あ、りがと。あ、色鉛筆」

スワン・スタビロの水彩色鉛筆24色だ。

「姉が持っていたシロモノだけど、見たらほとんど新品同様でさ。梓はいつも何かに嵌まると形から入る性格だったからね。買ったはいいが、使う暇が無かったんだろうね」

「おねえさんって…亡くなった?」

「うん。死んだ者の遺品じゃ気持ち悪かったかな」

「いや、リンのお姉さんのものなら、余計大事に使わせてもらうよ。リン、ありがとう」

「どういたしまして、姉も喜んでいるよ、きっと」


「おれはね…あんまりお金もなくて、誰かにプレゼントって慣れてないから、迷ったんだけど…」と引き出しの中からリボンのついた袋をおずおずと俺の目の前に差し出した。

了解を取って開けて見るとカーキー色の毛糸の手袋。

「女の子があげるみたいなもんで悪いと思ったんだけど、他に浮かばなかった。ゴメン」

「ミナの気持ちが嬉しいよ。でも勿体無くて使えそうも無い。額にでも収めて大事に飾っとくかな」

「やめてくれよ、リンは本気でやりそうで怖い」

「馬鹿やんね〜よ。ミナのデートの時は忘れずにさせてもらうから」

「うん」

「イブのキスでもいかが?」

「今日はおれからさせてよ」

「…勿論歓迎する」と、平気な顔して応えたが、本心はかなり動揺していた。だって、ミナが自分から積極的にするキスなんてこれが初めてだ。


ミナの両手の指が俺の頬に触れ、口唇を寄せる。

軽い口付けから深くなるのはいつもの事だけど、ミナからのキスっていうのが俺の中では至極重要で、何だか興奮してくるじゃないか。

何度も角度を変えて交じり合った唾液を味わって、それでも足りなくて身体を強く引き寄せる。


すでに部屋の中は暗闇に近く、窓の外から洩れる灯りがやたら眩しい。

抱き合って長いことそうやって居ると、バンバンと酷い音でドアが鳴った。

ぎょっとしてふたり同時にドアの方を向くと、ドアに凭れている人影が見えた。

腕を組んで呆れた顔をして俺達を見ている根本香樹だった。


「わ…な、なんで先輩ここに?」

「自分の部屋に居ちゃ悪いんですか?それより、君達さあ、いつまでそうやってんの?パーティ始まってるよ」

「…先輩も人が悪い。黙ってないでノックぐらいして下さいよ。俺はともかくミナはまだ初心者なんだから少しは気遣ってくれてもいいんじゃないんですか?」

「別にキスぐらい見てもなんも思わないって。やってるとこだった遠慮しちゃうけどね」

「やめてください。こんなとこでそんなことやるわけないだろう!」

「じゃあここ以外ならみなっちは喜んでやるわけだ」

「そ、そんな事言ってないし!」

「そういうみなっちはちょっと前までぼくのこと軽蔑してた癖に、なんだよ。ぼくより宿禰の方がそんなにいいの?」

「そういう言い方止めてください。だいたい先輩を軽蔑なんてしていない」

「まあ、いいけど。ぼくはみなっちの同室だから特別に応援してあげるよ」

「感謝していますよ。根本先輩」

「リン君から言われるとなんか腹立ってくるんだけど…」

「人徳ないね、俺」


根本が俺の肩を引き寄せ、耳元で囁く。

「とうとうイリオモテヤマネコを捕獲したってわけだね」と、多少の嫌味も混ぜ、愉快気に言う。

「凄腕ハンターの見せ所ってやつ」俺も小声で応える。

「でも、大事に生育しないとすぐ死んじゃうよ」

「そりゃ〜ね、もう優しく取り扱ってますよ。なんせ天然記念物もんだから」

「君のことだからさ、そりゃ半端なテクニックじゃないだろうけどね…どっちにしろ残念だよ」

「何が?」

「おいしいものを横取りされちゃた感じ。嫉妬しちゃうよね」

「どっちに?」

「両方だよっ!」最後は俺の頭を軽く小突きながら、ネコ先輩は大仰に言った。


「何の話?」

「自然保護団体会員の井戸端会議だよ」

「…ふ〜ん」眼鏡の奥から訝しがりながらも、それ以上は入り込んでこない。そういう謙虚さがミナの売りだ。

「それじゃあおふたりさんの甘いアペリティフも一段落ついたわけだし、後は今宵のお楽しみってことで、まずは腹こしらえ。食堂に行こうよ。美味しいものは早いもの勝ちだからからさ。本当の弱肉強食エリアだよ」

「先輩の分も俺が捕ってあげますよ」

「ぼくはいいのさ。貢がれる側だしね」

「…さすが」


食堂に行くといつもは地味で殺風景な部屋がここぞとばかり、やたらめったら派手にデコレーションされていて、どこもかしこもクリスマス一色。

部屋の隅々まで埋め尽くされたヨハネの生徒共が、すでにどんちゃん騒ぎを繰り始めている。

どうやら今夜はここが神の祝福の地らしい。


めでたし、恵まるる者よ、主汝とともにいませり…か

残念ながらイノセントなんか居やしないぜ、ここには。

せいぜい呆れ果てられないよう、謹んでご誕生を奉ろうか。



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