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桐生さんは座る気はないらしく、壁を背にして立ったままだった。

至極真剣な面差しで俺を見ている。

俺も立ち上がって桐生さんと向き合った。

「なんでしょうか」

「…あの事件の事だよ。俺は…君を知っていたんだよ。新橋の『サテュロス』っていうジャズバーに居たよね。何度か通っていたんだ。そこで君と彼…月村孝道…だったっけ…君達を見てるんだよ」

「そう…なんですか…」

さすがに驚いた。あの当時の俺を知っている人がこんな近くにいるだなんて。

「その頃付き合っていた男が月村さんの弾くピアノを気に入っていてね。と言うか知り合いだったんだけど…」

言いづらそうに吐き出す桐生さんを見て、思い出したくない過去なのだろうと思う。


「俺も色んな人を見てきたけど、桐生さんには気が付かなかった」

「学生だし、目立たないようにしていたんだ。宿禰はまだ中学生だったんだね。大人っぽかったから、俺と同じくらいかなと思ったんだけど…店の端に居ても印象が強いから目立っていたよ」

「若かったんですよ。自分は何でもできると歪んだ空想で生きていたんです」

「君は…輝いていたよ。誰も簡単に君に触れることは出来ないくらいに神々しく輝いていたんだ。だから、宿禰がああいう事件に巻き込まれたのを後で知って…俺は正直驚いた。君と月村さんじゃ…こういう言い方悪いけど、彼を選んだのは好奇心?」

桐生さんの問いに一呼吸置いて、俺は仕方なく本心を喋ることにした。


「…そうですよ。月村さん弾くのピアノの音が好きだった。あの人の命がもう幾ばくもないと知って、それで助けてくれってお願いされて、俺は救えると思ってのこのこ馬鹿みたいに付いていって…あのザマだった。本末転倒とはこの事だと実感しましたね。俺もあの人も最低の人種だ。なんもわかっちゃいなかったんだから。でも俺はガキだった。15になったばっかりで…人の意見なんて何も耳に入っちゃこないこまっしゃくれたガキで…無力で浅はかで…ちゃんとした大人だろうと思ったあの人を信用したのが失敗だったんですよ。今だって思っているよ。全面的にあの人は間違っていたって…でもいいんです。いい勉強になったから。付いていく人間はちゃんと選べってことをね」


「…憎んでいるの?」

「いいえ、全く…時々記憶から引きずり出しては腹も立ちますけど…憎んじゃいない」

「月村さんと俺の…元の恋人はどうやら学生の頃の友人だったらしい。色々と聞かされたよ。事件の時は彼とは別れていたから最初は気づかなかった。後でマスターに聞いてね。それでどうしても君を、あんなことに巻き込んだ月村を許せないと思ったよ…何もできなかった俺にも何の責任がないとは感じていないんだ」

「あなたが感じる責はないでしょう。部外者なんだから」

「…宿禰は強いよね…羨ましいと思う」

「死にたいとは思いましたよ、何度も。でもばかばかしくてやめた。誰かの所為で死ぬことこそバカのやることだ」

「良かったよ、君がここに居てくれて。…ずっと黙ってて悪かったと思っていた。君が誤解されないよう気に留めていたんだよ。これでも」

「ありがとうございます。なんとなく…感じていました。先輩は俺を…まるで親みたいな目で見てる時があるから」

桐生さんの緊張が解けた所為か、柔らかくなった面差しが微笑んだ。


「…水川と付き合っているって聞いたよ」

「え?誰に?」

「寮のスクープ屋」

「それは…確実ですね」

「水川がいい方向に変わってきたのは感じていたからね。君が相手で驚いたけど…両方にとってはいい出会いかもしれないって思ってる」

「そうであったらいいと俺も信じてますよ。それより…さっきから、ドアの向こうから凄まれてる気がするんですが…」

「え?」

ドアの硝子窓を見ると、桐生さんの恋人が恐ろしい形相で俺達を睨みつけている。

「ああ、真広…」桐生さんが笑いかけて手を振ると、美間坂さんが恐ろしい顔のまま、ドアを開け俺達の前に立ちはだかった。

「居たんなら、遠慮せずに入れば良かったのに」

「大事な話みたいだから一応遠慮した」

「じゃあ睨まないでくれ。宿禰が驚いているだろう」

「…こいつが驚くタマか」

「どうも」

睨まれて竦むほど俺も柔じゃないから、愛想笑いで返した。

全く知らぬ仲じゃないので、軽くいなしておく。

「おまえ、来年の生徒会に立候補しろよ!」

この人はいつも命令口調なんだか声音が透き通っている所為か、嫌味がない。そういうところがみんなの信用を集めているのだろうけどね。

「嫌ですよ。学院のコマ使いであくせく働く気には毛ほどもなりませんからね」

「…ったく、かわいくないにも程がある。俺に逆らうなら水川はやらんぞ」

「先輩は水川の保護者ですかい。でも残念。ミナは俺に惚れてるから俺から離れないよ」

「…ちっ」

「ふたりともそう噛み付くなよ」

「元はといえばおまえが呼びつけておきながら俺をほったらかしにするからだ」

今度は桐生さんがとんだとばっちりを食う羽目になる。

「だから謝るからさ。ほら、すぐ行くから待っててよ」と、桐生さんは美間坂さんの背中を押すように部屋の外へ連れ出し、戻ってくる。

「宿禰もムキになって真広にケンカを売るなよ。あいつはああ見えて君を気に入っているんだから」

「そうは見えないけど」

「今度の一件も彼の一喝で制してしまったからね。気が付くのが少し遅れて悪かったんだけど」

「そうだったんですか…じゃあ、お礼を言うべきでしたね」

「素直には聞かないだろうけどね。根性が捻くれてるからさ。気に入った奴は徹底的に可愛がるか、虐めるかどっちかだ」

「よく付き合っていられますね、先輩」

「俺には優しいんだよ」

「どうもご馳走様です」

「寮祭には来るんだろ?水川が嬉しそうだったよ」

「行きますよ。なんなら美間坂さんと踊ってやってもいい」

「はは…そりゃ絵にはなりそうだけど…地獄絵図にならないようご機嫌とらないといけなくなる」

「楽しみにしてます」


外で待っていた美間坂さんと帰る桐生さんの背中を見送りながら、あそこまで吐き出してよかったのかどうかを少しイラつきながら考えたが、どうにもまとまらなくて午後の授業はすっぽかした。


もう、とうに自分の中ではケリが付いてると思ったはずなのに。

一度思い出すと端っこまで引きずり出していちいち自分の正当さを繕おうっていうんだからな、俺って奴は。

成長がないのかね。



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