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夕暮れが早くなった。

放課後の温室での俺達の逢引も時間が限られてくる。

電灯すらない温室の中は、日が暮れりゃ本当に真っ暗闇になってしまう。

「懐中電灯じゃ電池が持たないし、いっそ電気でも引っ張ってくるか?」

「そんなことしたら怒られるよ。だいたいここ内緒で使わせてもらっているんだから」

「生物の藤内先生にか?」

「そう。あの先生、結構優しいからおれは好きだな」

「…浮気するな」

「…え?…それってまさか嫉妬してるって、こと?」

「まさかじゃねえし。本気で妬いてるわけですよ。ミナはかわいいから心配なんです」

「…」

「なんだよ」

「なんかそういうのも新鮮だな〜って」

「おまえねえ…」

何もかもがこの調子だからさすがに俺も呆れるというか、何というか…

頭がいい奴って、どっかネジが緩んでるのかね。まあ、ミナはかわいいから心配なのは本当なんだけどね。


「ミナは俺のもんだから、変な奴が近づかないようにおまじないでもしなきゃならないね」

「リンはおれを過大評価してるよ。誰もおれに近づかないって。でもおまじないは欲しいかもね」

「じゃあ、ほらこっち来てみ」

「え?」

ミナは何の疑念も持たずに差し出す俺の手を取る。

全くもって危機感がゼロだからね、俺に対しては。

こういう時、俺がどういう事を企んでいるのか、どんな奴なのか学習するのをすっかり忘れてるらしい。

「じっとしてろよ」

ぼ〜っとしているミナのネクタイを緩めてシャツの釦をふたつ外すと、鎖骨の下に口唇を当てた。

ミナは驚いて嫌がったが、逃がさなかった。

鬱血するまで強く吸ってやる。

いい頃合で離してやった。

さすがにミナの顔が険悪になっている。

無視して真っ赤な跡を指で差した。

「ほら、綺麗なキスマークだ。一週間は持つかな。消えたらまた付けてやるよ」

「酷いことするね。人前で着替えるのに気取られないよう気をつけなきゃならないじゃないか」

「気になるなら絆創膏でも貼っとけばいい。それより人前であんまり脱ぐなってこと」

「リンは本当に勝手だよ。おれ、なんでおまえの事好きになったのか…」

「後悔してる?」

「…してないけど…反省はしてるかもな」

「じゃあ…別れる?」

「…良くそんな顔して言えるよ。たった今こんなことしといてさ」

「別れる気なんかないクセに、反省してるって言うおまえが悪い」

「…だって」

「反省なんかするなよ。俺はほんのひとカケラだってミナを好きになったことを、後悔も反省もしていない。輝ける未来しかないって信じた方がいいと思わない?」

「…うん」

「じゃあ、アロマキャンドルを持ってこよう」

「え?」

「ここの話。電気がダメな代わりの明かりをさ。僅かな光でも俺達には充分だよ。お互いが見えてりゃ心は離れない…ってね」

「リンのそういうとこ適わない」

「ミナを幸せにしたいからね」



翌日の昼休み、本の返却に図書館に行くと、三年の桐生千景に呼び止められる。

「宿禰、久しぶりだね。元気にしてる?」

「部長…じゃなかった。桐生先輩、久しぶりです。大学決まったんでしょ?おめでとうございます」

「推薦だからね。それより…ちょっと話があるんだけど、時間もらえる?」

「え?いいですけど」

俺達は空いてるブースを見つけて、そこへ入った。

桐生先輩は俺の所属する「詩人の会」クラブの部長だった人だ。穏やかで気取らない性格で誰にでも平等に接してくれる。

ミナと同じ寮で、ミナからも時々聞いたことがあるが、この人と同じ3年の美間坂真広という元生徒会長とは公認の恋人同士で、学院では有名だった。

ふたりとも背が高くて美男同士だから、どこにいても絵になるわけだ。


それにしても普段から温和な人なのに、今日は少し違っていた。

「なにか…あったんですか?」

俺は椅子に座りながら、立ったままの桐生さんを見上げる。

「いや…ちょっと気になることがあったんで、宿禰に謝らなきゃならない」

「え?何を」

「噂だよ。酷いことになってるじゃないか。3年は授業はほとんど終わっているから、必要な時しか登校しないもんだから、ああいう事になっているって知らなくて…早く気が付いていればと思うと…何か酷いことされなかったかい?」

「いや…全然大丈夫ですよ。事件当時の中学の頃の事を思えば、天国でしょう、ここは」

「そう…それならいいけど…」

桐生さんはまだ腑に落ちないらしく、腕を組んだまま、俯いている。

「何か、他にあるんですか?」

「…宿禰にいつ話そうか、ずっと悩んでいたんだ。話さないままでおこうと思ったけど、黙ったまま卒業するのも胸クソ悪くてね…」

「…聞かない方がいいんならそうして下さいよ」

愉快ではない話だろうと憶測するに乗じて、どうにかして話をかわせないか探ってみた。

荒立った感情を見せたこともない桐生さんの、普段には見られない眉間に少しだけシワを寄せた表情を見た時、さすがに逃げられないと悟った。

どうやら適当に誤魔化せそうにもないらしい。




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