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17

次の日、学校に行くと、教室で三上が俺を待ち構えていた。

「宿禰〜!」

「…なんだよ」

「おまえのおかげでなんとかさ〜無事初キッス出来たっす!応援ありがと〜」

「…そうかい、良かったな」

「お前の方はどうだった?」

「え?」

「昨日は自分もデートだって言ってたじゃん」

「…」

ゆったか?…言ったかもな〜水川とデートできると思って、浮かれてたとこあったもんなあ〜

「どんな子か知れないけど、おまえの彼女ってかわいいんだろうなあ〜」

「…かわいいけど、ガードが固いんだよ」

「…いいんじゃね。そういう子は信じられるぞ、きっと」

「そうか?」

「うん、俺のユミちゃんもな、結構身持ち固くてさ。キスは一日一回だけだ〜って言うんだぜ?ケチるなって思うけどさ、その一回のキスを大事にしたいんだって。なんかそっちの方がかわいいし、ときめきも大きいよな〜」

「三上…おまえはいい奴だなあ〜」

「うん、良く言われる。惚れるなよ、宿禰くん」

「…それはないわ」


放課後、温室で水川と顔を合わせる。

気まずそうなミナに、俺はなんでもないように振舞った。

こいつにとってキスでさえ俺が感じられないほどの高さを持つハードルなら、それを超える勇気や情熱が沸くまで待ち続けるしかないじゃないか。

踏切板ぐらいの弾みは俺が担ってやるからさ。

いつでも手を広げて飛び込んで来るのを待っていてやるからさ。

おまえのスタンスで跳べばいい。



十二月になり、期末テストも終わって、後は冬休みを待つばかりの頃、テストの結果が振るわなかった生徒は個人面談が行われる。

俺も藤宮に呼び出され、放課後、教室の奥に設けてある先生の個室に向かう。

毎度の事ながら、担任の神代は仕事放棄で、副担任の藤宮が相談を受けると言う。

どうにも関わりを切れない奴っているんだよなあ。


ドアをノックしようとした時、いきなり部屋の中から生徒が飛び出してくる。

え…と、こいつはうちのクラスでもかなり空気的存在の山崎くん。

俺を見た山崎くんは顔を真っ赤にして逃げるように教室から出て行った。

なん?涙目?

首を傾げながら部屋に入ると、藤宮紫乃が素知らぬ様子で俺の成績表を見ている。

「あんた、山崎に何かしたのか?あいつ涙目だったぜ」

「…別に…キスしてくれって言うからしてやっただけだ」顔も上げずに紫乃は言う。

「そう…ですか」…もうこいつは…

「あんまりいたいけな学生を虐めるなよ」

「…んなもん知るかい。キスしてくれたら勉強頑張りますって言われりゃ、副担任としてはしなきゃならないだろう?俺、結構生徒思いの先生なんだよね」

「そうは…言わないだろう…」

苦笑いで応えると、紫乃も笑って座れと促す。


俺の成績表にペンで印を付けながら、紫乃は伊達眼鏡を外した。

「宿禰は…成績がバラつき過ぎだね。好きな科目はほぼ満点。興味のない奴は赤点ギリギリか…」

「すいませんね。誰にでも優しくできないタチなので」

「…しかも俺の現国は…赤点だな」

「文章の解釈が俺とは違うんで点が取れないんだよな。古文なら書き手が素直だから理解し合えるんだけど、今の作家さんたち、暗号、伏線入れすぎなんだよ。教科書変えたら?」

「テスト問題の解釈の仕方なんて通り一遍道徳的なもんだろ。おまえの考えを回答は欲しがっていないんだよ。それより追試受けるか?」

「…面倒だなあ」

「俺が付ける平常点次第では免れるが…」

「なんかやな予感する…」

「じゃあその予感を言ってみろ」

「あんたと寝たら赤点は免れる」

「…そこまで言うかい」

紫乃は半笑いで俺を見る。

「そう?良かった。まあ、ご遠慮いたしますけどね」

「条件はキスだ。俺をその気にさせるキスをしてみろ。そしたら充分な点数くれてやるよ」

「本当にあんたって…」

「ん?」

「似た者同志なのかもなあ〜」

「おまえと?まさか。おまえみたいなガキと比べるな。ほら、早くしろよ。次の生徒が来るぞ」


俺は席を立って、紫乃の傍に近づき屈んで顔を近づける。

紫乃は当たり前のように口唇を開け、合わせるとそのまま俺の口の中に舌を入れた。

簡単に済まされそうもない。

その気にさせろと言ったのは冗句じゃないらしい。

逃げようとすると、俺の後頭部を押さえつけて離さない。

俺も仕方なく付き合う羽目になる。

目は開けたままお互いに睨み付けたように見つめあうから、とてもじゃないが色っぽい雰囲気になるわけがない。

何度も何度も角度を変えてそうやっていると、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。

紫乃はやっと俺を解放すると、呆れたように哂う。

「キスの最中に笑う奴があるかよ」

「もっと色っぽいのが良かったんだろうけど、期待はずれで悪いね。俺、惚れた相手じゃないと欲情しないタチでさあ。あんたには何も感じないんだよね〜」

「じゃあ、慧一には?」

「は?慧一に感じるわけないじゃん、兄貴なのに」

「…」

変な事を聞く藤宮は黙ったまま、机の書類に目を移した。

「水川とは上手くいっているのか?」

「…いってるよ」

「そう、ならいい。おまえが本気なら優しくしてやれ」

「…」

「もう行っていいよ。赤点は無しだ。だが、次はキスでは済まされないからな」

「俺の方も勘弁願いたいので、真面目にやりますよ。じゃあ」



温室で待っている水川に会う前に俺は何回も口を濯いだ。

別に紫乃とのキスが嫌だったわけじゃない。

今からミナと会うには、俺自身が清浄でいなきゃならないって思うからだ。



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