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16

次の日曜、俺と水川は初デート。

お互いに時間をきっちり守って待ち合わせ、電車に乗った。

どこに行くとも言わないミナが促す電線に乗り、茅ヶ崎方面に向かった。

「どこに行くの?」

「うん…海とか…見たいなって思った。いい?」

「いいけど…」それはいいんだが、今日の水川はどこか元気がない。

剥れているわけでもないが、折角の初デートなのに、目も合わせてもすぐ逸らしてしまう。照れているのなら嬉しくないわけじゃないが、そういうわけでもないらしい。

俺たちは辻堂で降り、少しぶらついた後、そのまま海の近くのレストランでランチを取った。


海の見える席に座って、向かい合う。

もう少し浮かれても良さそうなのに、ミナがだんまりだから、俺も無口になってしまう。

「あんまり楽しくなさそうだね」

「…そんなことないよ。ただ…なに喋ればいいのか、わかんなくなる…」

「そうなの?」

「つまらない人間だよ、おれは。宿禰は…なにか勘違いしているんだよ。おれはおまえを楽しませられない」

「…」

「…宿禰はもっと他の有意義な奴と付き合えばいいと思う」

「ふ〜ん。ミナはそんな風にしか思えないんだ。じゃあなんで俺と付き合おうと思ったわけ?少なくとも…友達以上になりたいって、思ったわけだろ?」

「そう思ったけど…自信ないよ」

「何の?」

「…リンを引きとめる力とか、魅力とか…リンはおれなんかとは比べられないほど精神が豊かだからさ。おれは貰ってばかりで、おまえに与えるものは少ない。きっと…飽きられる」

はあ…なんだ?この閉鎖的思考回路は。

こいつは自分の希少価値をちっとも自覚してないわけだな。

天然記念物だと知らぬは本人ばかり也…か。

ま、ちょっと引っかかるところもあるんだけどね、色々と。

「あのね、ミナ。まだ俺おまえの事何にも知らないんだよ。なのにさ、おまえに飽きるとかはない。それに俺とおまえをどの基準で比べてるのか知らんが、おまえは俺にとってすっげえ興味尽きない対象物だから安心しろよ」

「…」

ミナは返事もせずに硝子窓の向こうの海を眺める。

今日は秋晴れで、サーフスポットの海岸は沢山のサーファー達で賑やかしい。

穏やかな波が海岸の岩に打ち返され、止めど無く白い飛沫を空中放っている。

目を移し、横を向いたままのミナを見る。

テーブルに投げ出されたミナの右手の指に、自分の指を絡めると、ミナはビクリとしたが外そうとはしなかった。

そのままミナの指を一本一本なぞる様に確かめていると、ミナは少し俺を睨んだ後、目を逸らして小声で言う。

「宿禰、離してくれよ…人の目がある」

俺は黙って手を離した。水川も俯いたまま、手を引っ込める。その顔は少し紅い。


後悔ともなんとも言えない顔をする水川を見ると、確かに価値観の距離は否めない。

人目を気にするなんて俺には毛頭考えられない事だし、そこの意味なんて皆無だろう。でも水川にとってそれが重要であるなら、俺は意を汲んでやらなきゃならないって事だ。

それが重なって面倒になる。きっと俺が飽きる。…そういう事を水川は考えてしまうタイプなんだろうなあ。


店を出て、海岸公園に向かいながら、俺は水川に聞く。

「なんか、あった?」

「え?」

「今日のおまえ、なんか違うじゃん。もしかしたら俺の事で気に障る事でもあったんじゃないかと思ってさ」

「…何も…ないよ」

その言い方で大体判った。俺の噂を耳にしたんだ、きっと。


秋の海なんて潮風が辛いから好きじゃないんだけどね。でもきっとそれは躊躇うことじゃない。この時がこの場所が今の俺には必要なんだ。そう思うことにしている。


「何か聞いた?」

海辺に繋がる低い土手に並んで座り、俺は水川に聞く。

「え?」

「俺の噂話とか」

「…いや…うん、少し」

「どんな?」

「…」

「何か聞きたいことある?噂話なんて大概尾ひれがついているだろうし…どんな話になっているんだが、肝心の本人もよく把握できてないんだ。ミナが聞きたいことがあるなら、俺正直に言うよ」

「別に…宿禰がなにしてきたかなんて…おれには関係ないことだから…」

「関係あると思うぜ」

「そう…かな」

「少なくともさ、ミナは俺と付き合ってくれてるじゃん。俺という人間に興味あるんだろ?じゃあどういう風に育ってきたかとか…そういうの知りたくない?」

「だって…ここにいる宿禰が…今の宿禰だろ?それ以外に知る必要あるのか?」

「まあ、正解だね。俺も今のミナが好きだから…過去は一切関係ないんだと思う。でもね、知るということと知りたいと思うことは違うのさ。本当に好きなら…俺もミナのすべてが知りたいと思うよ、きっと」

「うん…わからなくはないな」

「キスしようか、ミナ」

「え?」

「今の俺たちが過去になる瞬間を認めつつさ、お互いを知る瞬間を心に留めておく…結構ロマンチックだろ?」

「記憶に留める為にキスをするのか?」

「記憶に留まるかどうかを確かめる為にキスをするの。どう?」

「どうって…」

「悩むより既成事実ってね〜」

右手でミナの肩を引き寄せて、左手で顔を向けさせると、俺は顔を近づけた、間近に迫ったミナの眼鏡の奥の瞳が見開いたまま俺を見ている。


「うわあ〜!」

ミナはのけぞって体制を崩し、背中から落ちそうになる。それを支えようとして俺も手を伸ばしたが間に合わず、ふたりして一メートル程高さの土手から歩道に落ちる。

「い、てえ!」

背中を打った水川の顔が少しだけ歪んだが、衝撃は少なそうだった。

「おい、大丈夫か?…つうか、おまえはいっつも肝心な時に何て声出すんだよ!」

「だ、だって、お、おまえ急に…」

「…いや急じゃない、ちゃんとそういう話してから襲ったろ?」

埃を払いながらお互い立ち上がって、そのまま睨み合う。

「お、襲うな!おれは…慣れてないんだ」

「じゃあ慣れろ。俺も充分おまえに合わせてやってんだから、つべこべゆうな。べっつにいいじゃん、キスくらい。欧米では挨拶だろーよ」

「ここは欧米じゃないっ!そういうデリカシーのないところが嫌なんだよ。もうおれ、帰る」

「ちょ、待て!ミナ」

踵を返して早足で歩く水川を追って俺も並んで歩く。


「もうちょっと…シチュエーションとか、考えろ、よ」

「考えたらしてくれんの?」

「バカだ、リンは。おれは…怒ってるんだからな」

「怒る権利は俺の方もありだ!お預けくらいっぱなしじゃ終いには噛みつくぞ、俺だって!」

「噛むな!ばかっ!」

「ミナが大好きだからキスだってなんだってしたいって思うんだろうが!」

そう言い放つと、ミナは急に立ち止まって、泣きそうな顔を見せた。

「だ…から、もう…おれ、そんなに簡単に乗り越えられないよ、こんなの」

「俺たちが同性だから?」

「それもあるけど…宿禰を…本当に好きになっていいのか、自信も無いし、信じられない」

「あ〜それ俺に対する不信感だね」

「…」

「じゃあ、それは取り除いてくれよ。俺はミナを本当に好きだから。ミナの自信の方はミナの問題だから、自分で片付けろよ」

「…」

「ま、俺を好きになれば自信も湧いてくるよ」

「なにそれ」

「リンくんは自信過剰家だからね、ミナも感化されるって話だ」

「おまえと居ると、なんかもう…」

「なに?」

「悩むのがバカらしくなる」

「そう?じゃあキスする?」

「しない」

「なんでそこでケチるんだよ〜ミナは」

「ちゃんと…ちゃんと心構えが出来たら言うから…待ってよ、頼むから、リン」

少しだけ目を潤ませたミナは、今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる。

「…」

卑怯だろ、そんな顔するのは。これじゃ俺の方が分が悪すぎる。

引くしかないじゃないか…



そういうわけで何の収穫もないままふたりは帰路に着いたのです。

こりゃ、三上に合わせる顔がないね。





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