15
「ごめん、宿禰。補習が長引いて遅くなった」
息を切らせて胸を押さえる水川を見て、なんだか熱くなった。
「そんなに走ることなかったのに…」
「だって…昼休みも会えなかったから…」
「寂しかった?」
「そんなんじゃないし…」
目線を外して拗ねる風も凄く愛おしくなって、ますますミナに惹きつけられる。本当にこの恋が成就できるなら…俺は何を捨ててもいいのに…とさえ思えてしまうんだから。
「宿禰…なんか元気ないね」
「そうかな…うん、昨日兄貴がアメリカの大学院に戻ったから…それでかな?」
先生達の言葉は俺の中で閉まっておくことにした。
どっちにしろ、ミナに言うことじゃない。
「お兄さん?」
「うん。俺んち、ちょっと変わってて…母親は小さい頃死別してて、親父は長いこと海外赴任だし…あ、今は再婚してて両親揃ってるわけだけど…俺、三人兄弟の末っ子で、真ん中の姉が事故で亡くなって…それで兄貴とふたりで暮らしててさ…一年ほど兄貴とはずっと一緒だったからさ…」
「じゃあ、宿禰はひとりで生活しているの?飯とか家の事とかも?」
「そういうのは、慣れてるんだ。飯も兄貴から結構教わったし…」
「…でもひとりじゃ寂しいだろう」
「ミナが時々俺ん家に来てくれると、寂しくなくなるかも」
「え?宿禰の家に?」
「学校から歩いて15分もかからないよ。今度遊びにおいで、ミナ」
「…う、ん」
どこか戸惑いを見せるミナの態度に、まだまだ道のりが厳しそうだと見せ付けられ、なかなか敵さんも隙を見せないと認識。まあその方が陥落させる気概が大いに上がるっていうもんだろう。
恋愛なんて、戦いに近いのさ。
戦略と時期、それに気合い…だろ?
「怖がらなくてもいいぜ。ミナの了解を得ない限り、俺は何にもしないから」
「…怖がってないし。リンはすぐそういう物の言い方するよね。俺を子供扱いしてさ」
「子供扱いはしていません。純情なミナに敬意を払っているだけです」
「そういう言い方が…もう!リンは勝手なんだよ」
ミナは時折俺の事を「リン」と呼ぶようになった。
俺が「リン」と呼ぶように促しても呼ばなかったクセに。今はそう呼んでくれるという事は…少しは俺に心を許しているのだろう…
そう思うと、暖かい光が胸に射し込んでくる様で、俺は幸せな気分を味わえる。
丁度、夕焼けの赤い陽がミナの身体半身を包んで、彼は尊い者になる。
「ミナ、手を貸して」
俺はミナの手を取って、掌をじっと見た。
赤い光はミナの掌までも赤く、美しく染める。
俺はその掌にそっと口付ける。
「ぎゃっ!」と、声を上げたミナが俺の手にあった掌を身の内に引き戻す。
それにしても…「ぎゃっ」は無かろうぜ。
「な、なにするんだよ!」
「え?キスしただけじゃん」
「き、汚いじゃないか!」
「俺の口唇汚かった?」
「違う!俺の手が…おまえが汚れるだろう?雑菌とか…怖いんだぞ!感染症とか大腸菌とか…」
「…怖くね〜よ、バ〜カ」
「な、なんでバカとか…」
「手にキスしたぐらいでビビるなよ。口同士だったら、雑菌の混じり具合は半端ないぜ。ミナは雑菌が怖くて、俺と一生キスしないつもりか?」
「す、するよ。するけど…今はしないからな!」
「…はいはい、わかりましたよ」
いいムードを作ってやったつもりなのにさ。敵も手強いぜ。
なんでここで意固地になるかさっぱりわからんがな。
苦笑いを浮かべながら、俺はこういう素っ頓狂なミナに惚れているわけだと知る。
「ミナ、今度の日曜、空いてる?」
「え?…うん、予定ないけど」キスした手を擦りながら、ミナは俺を見る。
「じゃあ、デートしようぜ」
「デート?」
「そう俺たち付き合っているんだから、デートしなきゃな。おまえの行きたいとこ連れて行ってやるからさ。どこがいい?映画でも観る?それとも夢の国?水族館?動物園?あ、渋谷で買い物でもいいぜ。奇をてらって温泉って手もある。ミナ、どれがいい?」
「…」
「ん?」
「考えとく…」
「じゃあ、その時は…キスをしよう。勿論口同士でな」
「…そんなもん…予定に入れるな」と、剥れながら目が嬉しそうなんだよ。
楽しいデートにしようぜ、ミナ。
そして素敵なキスを。なっ!