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学校には携帯を持ってこない水川だからその昼休みも連絡が取れなくて、仕方ないから放課後まで待つことにした。

授業が終わって、理系のトップクラスが受ける補習の一時間を図書室の読書ルームで待つ。

ここの図書室は視聴覚室と繋がっている。

両方が利用できるように5,6人入れる個室が10個ほどあって、本を読んだり、音楽を聴いたりできるブースがあるんだ。

空いてたら誰でも自由に定時までは使って良いようになっている。

俺は温室に行かない時はここで好きな音楽を聴きながら、本を読み漁っていた。

ヘッドホンを付けて好きな音に漂いながら、回りの喧騒から遮られるのは、孤独な俺にとっては寂しさからの逃避でしかないんだけどね。


窓の外の少し赤みを帯びて来る空を眺めていると、知らぬ間に部屋の中に人の影がある。

「自習って感じでもなさそうだな」

藤宮紫乃だ。

「凛一はそんなに学校に残っていたいのか?それとも別な用件があるのかい?」

「…別に俺がここで何しようとあんたに関係ないじゃん」

「俺、ここの管理任されてるもん。もうすぐ閉めるから見回りですよ、勉強熱心な宿禰くん」

「…わかった。もう帰りますよ」

読みかけの本を閉じて、カバンに片付ける。少し早いけど、温室でミナを待とう。

立ち上がると藤宮は俺に近づいて、じっと顔を見る。

「なに?」

「慧一は…行ったかい?」

「…昨日、行きました」

「寂しくなった?」

「別に…慣れてるから…」

「寂しい時は言えよ。食事ぐらい付き合ってやるよ。なんならいい事も…慧一には内緒でな」と、いきなり藤宮は俺の肩を引き寄せて、頬っぺたにキスをかましやがった。

全くの不意打ち。

ちょっとはたじろいたけど、この人なら何をやってもおかしい気がしないんだよね。同意はしないけどさ。

「友好のキスだ」

「…ありがたく…受け取るかよ。このセクハラ教師が。大体先生が生徒誘惑してどうすんだよ。訴えられたら退職もんだろ?バカか、あんた」

「どの生徒でもいいというわけじゃない。凛一だから特別にかまっているんだよ」

「慧には絶対あんたとよりを戻すなと伝えておくよ」睨めつけながら俺は言う。

「お前の協力なんか仰がないし、あいつに縛られるほど、俺も操も立てる気はないんでね。まあ、凛一は慧一似だし、かわいいからな。ついちょっかいだしたくなるんだよ」

「だからいらないって。あんたに好かれる気はないんだからさ」

「水川の方がいいか」

「…」

またか…俺は溜息をついた。

水川の事はまだ他人に触れてもらいたくない。

大体、人に付き合っていますと胸を張って言えるほど、進展しているわけでもなく、ただ友達の領域をやっと超えた…ぐらいの仲だ。

それでも釘は刺しとく必要はある…か。

「先生…水川には絶対に手を出すなよ」

「さて、どうしようか…ま、どう考えても水川とおまえじゃ…あの優等生が可哀想だと思うんだがな。おまえにしたって…物足らないんじゃないのか?慰めてもらいたいなら俺の方がおまえには似合いだよ」

「あんた、反対しなかったじゃん」

「人の恋愛にとやかく言う趣味はないけど、あの子が相手じゃ凛一は飽きる。水川もおまえが相手じゃもてあましてどうしようもなくなる。…先が見えてるだろう」

「今更もっともな意見をいう先生って柄じゃないでしょうが。残念だが、俺は水川が好きだよ。諦めない。後悔なんてさせない。あんたと慧一のようにはならない」

「ま、いいけど…慧一に頼まれてるからな。何かあったら俺を頼ってもいいから」

死んでも頼るかよ!と吐き出してやっても良かったが、藤宮に真の悪気はないことはわかっていた。

言葉は悪いが、藤宮も俺のことを気にかけてはくれているんだろう。

兄貴に対してもそう思うんだが、この人は情が深い。

慧一がこいつを振ったのは正しい選択だったのか…俺は藤宮に同情したくなる。



花に水をやりながら温室で水川を待っていると、「あれ?」と頭を掻きつつ白衣を着た生物の藤内先生が入ってきた。

「宿禰…くんだったよね」

「はい」

「今日は君が水遣り当番?」

「…いえ、たまたまですよ」

「待ち人を…待つ時間つぶしか…」

「…何か用ですか?」

「ここの温室は俺が管理しているんで」

「…」なんかそういう奴ばっか立て続けて当たるんだよなあ〜

「水川と…仲直りしたか?」

「は?…」

俺はびっくりした。なんでこの人がそんな事を知っているんだよ。

ミナが言ったのか?…こいつに?

どこまで知ってるんだよ。

「水川とは初めからケンカなんてしていませんよ。なんか勘繰っていませんか?」

「そうかい…いや…この間水川くんがここで泣いていたからなあ〜てっきり君と何かあったのかと思ったまでだよ」

「…」

思わず溜息が出た。

なんでここの先生たちは俺たちの事をまるで盗撮しているかのように何から何まで知っているんだ?

それに…ミナが泣いていたって?…なんで?

え、…あのキスの一件か?…マジで!

…そんな泣くような事でもないだろうがよ。

泣くっておまえ…かわいいけどさ…

なんかもうあいつには…参る。


思わず笑いが込み上げてクスリと笑うと、藤内は真剣な顔で俺を見た。

「君は…あの子をどうしたいんだね?」

「どうって?」

「水川の将来まで考えてやる度量があるかって事なんだ」

「…将来とか…そんな先の事を考えなきゃ、水川とは仲良くしちゃいけないんですか?」

「君とあの子の価値観の違いをどれだけ縮められるのか…少なくとも君が努力しなきゃならないことは大きいと思う。あの子を泣かせたく無いのならね」

「…助言ありがとうございます。充分自重しますよ」

俺の言葉を聞くと藤内は読めない表情を見せて温室から出て行った。


…価値観の違い…

俺の過去の事を知ってああいう事を言っているんだろうか。

遠まわしに俺と水川の未来は無い、と、でも言われているような気がする。

さすがに立て続けにこうも言われ通しじゃ、あまりいい気がしない。

少し憂鬱になりかけた時、息を切らして温室へ入ってくる水川をやっと捕まえる事ができた。




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