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寮からさして遠くない温室に辿り着く。
ミナはここに居るはずだ。
絶対の確信を持って温室の中に入ると…招かねざる客…いや客は俺の方だろうが…が居た。
…それにしても今日は仏滅か?受難の主日でもなかろうに、未だに飯にもありつけてない有様で、顔すら見たくない奴と再び巡り合わせてくれるとは、どういうお導きだよ、…ったく。
「やあ、多分ここで待っていれば会えると思ったんでね」
「…兄弟揃ってお世話になってるあんたには一度お礼を言わないといけないらしいね、藤宮紫乃先生」
いつも俺と水川が腰掛ける温室の中央の椅子に座って、藤宮が気障に煙草を吸っている。
どうしてこうも嫌味ったらしい姿なのか…もしかしたら上っ面だけの作りなのか?
「そう、噛み付くなよ。俺は仲良くやっていきたいだけだよ。他意はない」
「信じられないけど…大体兄貴があんたを選ぶとは俺には思えない。本当に付き合っていたのか?」
「どことなくかわいい弟に似ているって、昔、言われたことがあるなあ」
「…あっそ…まあ、いいけどさ。もう後腐れなく別れているんだろ?俺にまでちょっかい出さないでよ、先生」
「慧一は別れた気でいるらしいけど、こっちは未練タラタラでね。未だに忘れられないのさ」
「マジか?」
どこまでがこいつの本音なのかわからない…が、すべてが嘘だとはどうしても思えない。
こいつは本当に…
「君の事は慧一から散々聞かされてたから、ひと目見てすぐにわかった。まさかここに来て副担任になるとは思わなかったけど…丁度いいから、君を利用して慧一とよりを戻す方法を探っていたんだが、方針が変わった。君はなかなか手強いからな」
「それで?よりは戻ったのか?」
「あいつは頭が固いから…一度別れたら元には戻れないって断言された」
「兄貴らしい。じゃあいい加減諦めたらいいじゃん」
「そう簡単に諦めきれないもんだ、本気で繋がった者とはね。それに…俺にはわかるんだよ。慧一と俺を結ぶ糸はまだ切れてないってな。お互いが嫌いになって別れたわけじゃない」
「どうでもいいよ。あんたが兄貴とどうなろうと俺には関係ないだろう」
「関係大有りだ。慧一はおまえを愛してるからな」
「当たり前じゃん。弟だからな」
「…だから邪魔」
邪魔か…そうだな。でも生まれてしまったんだから仕方ないんだよ。
俺は俺の為に生きるしかないだろう?
「そんなに邪魔なら、俺の存在はあんたの中で無いものにしてくれていいよ。俺は俺で好きに生きるから。じゃあ、俺、忙しいんで帰るわ」
「いいのか?…水川青弥を待っていたんじゃないのか?」
帰りかけた足を止めるには充分な名前だった。
こいつ…
今後の言葉によっては殴れる距離を取って俺はこの教師を睨んだ。
「…さすがは監視役ってわけか。あんた、覗きの趣味もあるのかよ」
「あの生徒はうちの学院の期待の星らしいんでね。そういう子を、みすみす君みたいな恐ろしい生徒に手折られるのを見るのは、教師としては奨励出来かねるんだがね」
「この学院の聖なる規則には恋愛は人を選べってあったか?」
「…あの子は普通の子だろう。俺たちのお仲間にするなよ。恋愛するなら違う奴にしろ」
…目が笑っているんだよ。本気じゃねえな。
「それで、あんたの本心はどこにある?」
俺の質問に藤宮は背を向け、そして窓際に咲く吾亦紅を手折った。
ゆっくり振り向くと彼は俺を見た。
「…我々はどこから生まれてきたか?」
突然何を言い出すかと思ったら…。
「…愛から」
「我々はいかにして滅ぶか?」
「愛無き為」
「それが答えだろ?」
「成程ね、慧があんたを気に入ったわけがわかったよ」
「じゃあ、和解したって事で協定でも結ぶか」
「遠慮しとく。俺は慧の味方だから、あんたに加勢はしないよ」
「わかってる。ただ、慧一に心配かけるような事は慎めよ」
「教師として?監視役として?」
「…慧一の為にだよ」
「…」
藤宮の真意が少し見えた気がする。
あいつが言ったことが本当なら…俺は彼を責めたりできない。
温室を後にしながら、俺は兄貴と藤宮、俺とミナの事を考えた。
我々を絶えず結びつけるのは何か…
愛である…
注
受難の主日…四旬節には食事の節制の習慣がある。
吾亦紅…花言葉「愛慕」又、その根は止血剤となる。
我々は…ゲーテの手紙より