10
30分ほどで水川のいる寮に着いた。
和風旅館のような玄関の引き戸を開けると、ロビーに通じる広めの休憩室のソファに座って本を読んでいる水川の姿が見えた。
俺を見つけると、立ち上がって俺に近づく。
「一応靴は脱いでよ」
「わかってるよ」
俺は笑って、ミナに着いていく。
「あんまり綺麗じゃないけど…どうぞ」
ミナがドアを開けて俺を部屋に入れた。
想像通りの部屋だ。ベッドと机とクローゼットが置いてあるだけの無機質な様相。
只片方の机の前にはやたらとポップなデザインポスターが貼ってある。
ミナの趣味じゃないと思い、俺はミナのものと思われる机に近づいた。
「ふたり部屋なんだ」
「うん、二年の根本っていう人。…宿禰知ってる?」
「知るわけないじゃん。俺あんまり顔広くないよ」
「そう?そんな風に見えないけどな…ベッドにでも座ってよ。お昼は食べた?」
「…いや」
「じゃあ、食堂になんかあるかも知れないから、おれ持ってくるよ」
「い、いいよ。そんなの…」
「…でも」
「話に来たんだよ。ミナと話したかった…」
「…うん」
「あれから…温室に行かなくてゴメン。ちょっと気分的に…行けなかった」
「…いや…おれも…宿禰が来なかったから、なんかちょっと寂しかったよ」
「…そう…」
「おまえの話面白いから…結構楽しみにしてた」
「…」話ねえ〜…そこだけかよ。と、内心突っ込みつつ、最初の頃と比べたら大分進歩してきたんじゃねえかと思う。
なんだろう…ここに来るまですげえ寂しかったのに、なんだかあったかくなる感じだ。
ミナは俺の癒しになってくれるのかな…
と、安心してしまったら、思わず腹が鳴った。
「…やっぱりお腹空いてるんじゃん」
「まあね」
「じゃあ、俺持ってくるよ」
「いいよ、食堂に行けばいいんだろ?」
「部外者は許可がないと使用禁止なんだ。いいよ。おれ誤魔化して持ってくるから。ひとり分ぐらいなら余ってるから、気にしなくていいよ」
「優等生が規則破っていいんかい」
「…優等生だからね。大目に見てもらえるんだよ」
そういうと水川は部屋を出て行った。
ミナのベッドに腰掛けたまま仰向けになり天井を眺める。
なんだか不思議な気がした。
水川は俺をどう思っているんだろう。
只の友達がいいと言ったんだから、恋愛感情は向こうにはないはずだ。
それなのに、俺がそういう気持ちで水川を見ているってことを、気持ち悪く思ったりしていないんだろうか。
温室で俺を待っていたり、話を聞きたいっていうのは嫌われているわけじゃないんだ。今日だってこうやって部屋に入れてくれているんだから、気持ち悪く感じる奴に対するおもてなしじゃないだろう。
恋愛感情ってもんが全くないのなら…
…本当に友達の関係だけで俺を受け入れるつもりなんだろうか…俺は全くそういう風に見れないのに?
…大丈夫なのか?これって…
「あれ〜?誰かお客さん?」
ドアの方に顔だけ向けると、小柄な生徒が入ってきた。
「水川が友達を部屋に入れるなんて珍しいね」と、言いつつ俺の向かいのベッドに座り込んで俺を眺めた。
俺も同じように身体を起こして相手を見る。
…こいつが根本先輩か…こりゃまた…見るからにだなあ…まあ、これだけネコじゃあ水川が犯される事はないだろうが、変な事を教えられそうで怖いね。逆に免疫が付くって話だが、ミナを見ている限りじゃ、あいつはノンケだから、全く影響受けてないってわけか…どっちもすげえな…
「…君…宿禰凛一くんでしょ?」
「俺ってそんなに有名なの?」
「結構ね。色々と武勇伝聞くもん」
「武勇伝ねえ…どんな?」
「中学ん時、色々あったでしょう。凄い噂聞いたよ。本当かどうか疑っていたから丁度良かった。本人に確認しよう。いい?」
「どうぞ」
「その一、人殺しの経験がある。その二、ウリ専でナンバーワンだった。その三、心中未遂で相手が死んだ。その四、うちの藤宮先生と深い仲である」
「…」
最後の藤宮の件については真新しい情報ではあるけどね。深い仲っていうのは別な意味で間違いではなさそうな気がするけどな…他の奴は、今まで言われて来た事とそう変化無いことが逆に面白みがねえって言うか…
「どう?お答え聞かせてよ」
「うん、残念だけど、全部ハズレだね。掠っているのもあるけど、点数はやれないね」
「う〜ん、残念!これが本当なら、ぼく本気で君にアタックする気だったのにな〜」
「先輩は俺が相手しなくても充分モテるでしょう。なんなら藤宮でも紹介しましょうか?」
「…あれはさすがに怖いよ。なに考えているかわかんないもんね」
「さすがだね。あんたさ、見かけよりずっと目も頭もいいんだね」
「そういう君だってさ。お顔もいいけど、中身も凄そうだね…ところで、水川は?お客さん置いてどこ行ったのさ」
「俺の昼飯を取りに食堂に行ったんですよ」
「ふ〜ん、君、愛されてるじゃん」
「愛ならいいんですけどね。見事に振られたんですよ」
「…君をフルなんてさ。みなっちも変わってるよね」
「あれは…本当にそっちの気がないんだろうかね」
「まだお眠なだけなんじゃないかな〜目覚めたら結構凄かったりしてね」
「俺のミナに手を出さないでくださいよ、先輩」
「…いいこと考えた。ぼくと君がさあ、抱き合っているところをみなっちに見せつけて反応を見る!」
「…ものっそありふれたシチュでしょ、それ。サムイだけじゃないですか」
「蕾を覚めさせるのには丁度いいんだよ。受粉させなきゃ綺麗な花も実もならないってね」
「あんた、理系かよ」
「まあね。どう?のる?」
「ありがたいお誘いだけど、やめときますよ。俺、水川に関しては本気なんで、あんまり画策するのはやめたんです」
「そう残念だね〜…」と、言いながら根本先輩は俺の膝に乗ってくる。
「…お断りしましたよね」
「うん」
「なんで乗る」
「…痩せてるな〜ぼくの趣味としてはもっとこう筋肉質でさあ…」
「あんたの趣味を聞いてないから、どけよ。痩せててもあんたぐらい投げ飛ばせるよ」
「しっ…」と一瞬口を抑えた根本は俺の口に近づき、そのまま強引にキスをした。
ドアの開く音が聞こえた。目端に水川の姿が見えたと思ったが、すぐ消えた。
俺はくっついたまま離そうとしない根本の顔を無理矢理離した。
「確信犯めが。やらないって言っただろ」
「だってさ、みなっちの反応見たかったんだもん。それよりどう?」
「どうって?」
「ぼくのキス、美味しかった?良かったらぼくに乗り換えない?君綺麗だからとっておきのサービスするよ」
「遠慮しておきますよ。シャム猫より、山猫の方が大事なんでね」
「山猫?」
「イリオモテヤマネコ」
「なる…確かにあれは絶滅危惧種だね。大事に保護しないとね」
「先輩」
「ん?」
「あんたイイヒトだから頼んでおくよ。ミナに悪い虫が付かないように気遣ってくれよ」
「信用してくれてるの?」
「だって、さっき舌入れなかったじゃん。本気の嫌がらせじゃなかったしな。俺、そういう人は信用する事にしてんの」
「…水川も大変だね〜君みたいな奴に惚れられちゃあ」
「まあ、俺の本気を見ててよ。じゃあな、根本先輩」
ベッドに座ったまま呆れたように手を振る根本と別れた俺は、本格的に水川を探し始めた。
まさかあんなことでショックを受けているとは思わないが、なんせ天然記念物もいいところだからな。
食堂を覗いたが、俺に持ってきたであろう料理の載ったトレイがテーブルに置いてあるだけで、水川の姿は無い。
隣の自習室はと思ったがそこにも居なかった。
思い当たるところはひとつしかない。
俺は急いで学院の温室へ向かった。