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夜中近くに俺の携帯のメールが鳴った。

水川からだった。

携帯番号と「今日はごめん。友達としてこれからもよろしく」と添えられた短いメールだった。

…教えてもらわない方がよっぽどマシじゃないか…


そして、俺はあの温室に行くのを止めた。



新学期が始まっても俺は温室には行かなかった。

理由はふたつある。

自分の頭を冷やすのと、会わないことで水川が俺に対して何かアプローチを仕掛けてこないだろうかだとか…

…まだどっかで期待しているなんて俺も大概諦めが悪い。


たまに廊下で顔を合わせたりすると、一応俺は友達として手を振ったり、一言かけたりするが、水川は黙ったまま俺の顔を見るだけだった。

ミナが何を考えているのか俺にはさっぱりだ。



二日後にシカゴに帰る慧一の餞別を探しに一人街に出て、慧が気に入るようなセーターを買った。

朝から何も食ってなかったので、昼飯でもと前に慧一と行った事がある洋食屋に向かった。

お昼時より少し前だったのもあって混んではいなかったが、一人だったからカウンターに座り、ランチを頼む。

辺りを見回すと、柱の向こうに見たような服を目に留め、よく見ると…慧一が店内の隅のテーブルに座っていた。

なんだよ、兄貴もいたのかよ。やっぱり兄弟だよな。他に店は沢山あるのに同じ店に来るなんて。と、兄のところに向かった。

「慧も来てたの?丁度良かった。俺、奢ってもら…」テーブルに近づいた俺はギクリとした。

カウンターからは見えていなかったが、慧一には連れがいたんだ。

「…こんなところを見られるとは…如何なる錯乱に掠められているのか…」と、眼鏡の奥が嗤った。


キリストの言葉がよぎった。

…汝が為すことを速やかに為せ…

俺が命じてやる。

…いっぺん死にやがれ!藤宮紫乃!



俺を見上げ薄笑いしている藤宮紫乃と、俺の慧一がいるのがひどく馬鹿げた構図に思えて、それと同時にどういうわけが腹も立ってくる。

「こんなところで家庭訪問かよ」

どう聞いても敵意むき出しの言い方で俺は藤宮に吐いた。

「…三者面談でもって思ってね」

「本人抜きで?」

「…先にお兄さんに話があったんだ。丁度いい。座ったらどうだ。その…三者面談でも真面目にやろうか?」

「ふざけるなよ…おまえ」

藤宮が口にする言葉のすべてが、どうしてこうもいちいち勘に触るのか自分でもわからない。

「凛一、いいから座れ。飯はまだなんだろ?」慧一が俺の腕を引っ張り隣に座るように促した。

俺のランチが運ばれ、慧一が食うように進めるが、食欲なんてもんあるかよ。

俺は人様以上に繊細に出来てんだよ。

黙ったまま目の前の氷の入ったグラスを睨みつけていると、慧一がやっと事の真相を喋りだした。

「俺が向こうに帰ったらおまえが一人になるだろう?だから…藤宮先生に頼んでいたんだよ」

「…」人選間違いも甚だしいぜ。慧一、どこ見てこいつに俺を頼むんだよ…食後のコーヒーを飲みながら、片手では一服している目の前の軽薄そうな男はどう見たっていかにもって話だろ。

「担任は当てにならないって凛一が言ってたから…誰かおまえを…守ってくれる人がいる方がいいと思ったんだよ」

俺を守るって?慧一の方がおかしいんじゃないか?

…待て。

…藤宮…こいつの顔、どっかで見なかったか?

…昔…どっかで…

「…だから、凛…あんまり先生に迷惑かけるんじゃないよ…」

隣で話している慧一を無視して、立ち上がった俺はテーブルの向こうに座る藤宮の伊達眼鏡をすばやく外した。

驚いた顔で藤宮は俺を見る。

「…そうだ、あんたの顔、思い出した…姉貴の…梓の葬式の時来てたよな。それと…前の俺ン宅の前をウロウロしていたのもあんただ」

「…」

「…梓の男?…違う…おまえ…」

「俺の大学の時の友人だよ」慧一が不貞腐れた顔で応えた。

「は?」

…違う。慧、違うだろ…

…その顔でわかったよ、俺…

「…友人…じゃなないだろう、慧…はっきり言えよ」

「流石は慧一の弟だけあるじゃないか。察しがいいな。そうだよ、俺と慧一は付き合っていた。恋人だった」

「…今は只の友人だよ」

「昔…ずっと前に言ってた別れた彼って…こいつの事だったのか?」

「…」

「慧…」

「そうだよ。でもその話は今度の相談とは関係ない。おまえの事を誰かに頼みたかったのは本当だ。紫乃が…藤宮がおまえの副担任って知って…おまえに黙っていたのは悪いと思ったけど、変に詮索されるのも嫌だったんだ。それで…」

「それで、こうやって学校以外で仲良く一緒に昼飯食ってるってわけ」

「…仲良くじゃないよ」

「そんなに突っ張って言うことじゃないだろう。…宿禰君は学校でもいい子にしているって言ってやってんだぜ?」

嫌味たっぷりで言う藤宮はこの際無視することにした。返せば同時に手が出そうだったからな。


「いつから…いつから知ってたんだよ」俺は慧一の顔を見ながら言う。

「6月ごろだ」

…三ヶ月も…俺に黙ったままで…俺を騙していたって事なのか。

「凛…悪かったよ。言おうとは思ったんだけど…おまえが元気そうに高校に行ってるから、余計な事を言うのは止めておいたんだ。ゴメン」

「そうか…家では慧一が学校ではこの先生が俺を心配して、変な事をしないか監視してたってわけ…」

「凛、そうじゃない」

「もういい。…俺のことで色々心配かけて悪かったな。俺はもう独りでもいいから、ほっておいてくれていいよ。あんたらに…かまって欲しくない」

「凛」

「悪いけど、俺先に帰るよ。慧、ここのランチは兄貴が奢ってよ…じゃあな」

もう慧一の顔も藤宮の顔も見ることはしなかった。

俺は足早にその店から出て、駅に向かった。

慧は追っかけては来ない。


…これ以上自分が傷ついても仕方ない。

誰が悪いわけでもないことぐらい俺にだってわかっている。

ただ…どうしようもなく、寂しいんだ…独りには慣れたくないんだよ。


慧…

反則じゃないのか?俺に藤宮のことを黙っていたなんて。


ダメだ。泣きそうだ。

俺は立ち止まって空を見上げた。

別に大したことじゃないから、全然平気なんだよ。そうだろう?姉貴…


腰のポケットに入れた携帯を取り出す。

まさかこういう気分で水川に電話するとは思わなかったけど、どうしてもミナの声が聞きたかった。

携帯のアドレス帳を開いて水川青弥の名前を押した。

よくよく考えればみっともない話だった。

自分が寂しいから誰かに救いを求める。

それも相手は振られた奴だぜ?どう考えてもおかしい。他にも友達はいる。この寂しさを紛らわす手段だって幾らでもあるはずだ。

でも…今欲しいのは水川の声だと思ったんだ。

呼び出し音が鳴り続け…温室にもさっぱり行かず、あれだけ無視され続けているのにこんな馬鹿馬鹿しいことしている事に気づけよ、凛一。と、思って携帯を仕舞おうと思った時、『もしもし…』と、ミナの声が俺の耳に届いた。

「…」

それだけで何故か胸が苦しくなって…声にならなくなる。

『宿禰?…どうした?』

「なんでも…ない。ミナの声が聞きたくなっただけだよ。元気にしてる?」

『…うん…宿禰、なんかあったの?』

「なんも、無いよ。今なにしてんの?」

『寮でお昼食ってる』

「そう…」

『…うち来る?』

「え?」

『今日は休みであんまり寮生は居ないんだ。良かったら来ない?前におれの部屋、見たいって言ってただろ?』

「いいの?」

『…宿禰が…都合がいいんなら来なよ』

「…俺の都合はいつでも良いですよ。今から行くよ。ありがとう、ミナ」

『…別に…おれも暇だったんだ』

そう言って携帯を先に切る水川が、なんだかおかしくて…

おかしくて、涙が零れた。


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