8
夏休みも終りつつある夕暮れ時、俺は水川と一緒に下校する。
と、言ってもミナは寮に帰るんだから一緒に歩くのはたかだか5分程度。
それでもカップルみたいな感覚で俺は嬉しかったりする。
「今度ミナの寮に遊びに行ってもいい?」
「え?」
「ミナの部屋とか…見てみたい」
「…なんで?」
なんで?…と、言われたら答えようがない。
単におまえのすべてが知りたいってゆうか…そういや俺こいつの携帯の番号すら知らないんだっけ。
「ミナ、おまえの携帯教えてよ」
「…携帯は寮にあるから…番号覚えてない」
「…」嘘付け。理系のおまえが、たかが8桁の番号を覚えないわけないじゃんか。
俺はまだ全然信用されてないらしい。
「じゃあ、俺のアドレス教えるから、何かあったらメールでもなんでもしてよ」
「何か?」
「そう、何か…」
「宿禰は…誰にでもそういう風に…携帯の番号とか聞きだすのか?」
「誰とでもじゃねえよ。気に入った奴にしか教えねぇし…」
「…そう…なんだ」
「なあ俺、ミナから見たらそんなに信用ねえ人間に見える?」
「…わからない」
「今のところ俺、全然フリーだし、特定の好きな奴はミナだけなんだぜ」
「え?」
「好きな奴は水川だけって話」
「それって…何?友達として?」
「恋人にしたいって告白」
「そんな顔で言われても…益々信用ならない」
「生まれつきの顔だけどな」
「俺は…宿禰の事、そんな風に考えられないから」
「…わかってるよ」
「悪いけど…」
「…いいよ。それよりミナは、恋人居ないの?」
「いないよ。勉強が…大事だもん」
「…そうだな。国立エリートコースだもんな」
「…」
「気にしないでいいから。コレは友達として…ね」
身近にあったボールペンで水川の右手を取り、素早く俺の携帯のアドレスを書いた。
水川は怒らなかった。
書かれた手の甲をじっと見つめていた。
「じゃあな、ミナ」
手を振る俺にも返事をしないまま、水川は寮の玄関へ去って行く。
俺といえば…
結構ショックだった。
ミナからのかなり不味い返事に少なからず落ち込んでいた。
自信がなかったわけじゃないから尚更だ。
「俺結構もてるタイプだったのに…」
まさに自信過剰気味の俺の鼻の先をへし折ってくれた様。それでも其の事で水川のことが少しも憎く思えないのは、本当に好きなんじゃないのかな…などと自問自答したり…
「どうした?凛。なんか学校であったのか?」
夕食にありつきながら溜息を零すと、兄の慧一が少し心配そうに顔を覗いた。
「おまえが食べたいって言うから、蓮根のキンピラ作ったんだから、ちゃんと食べろよ」
「うん」
両親は二日前にロンドンに帰った。新しく着任する場所が決まって、手続きに忙しいらしい。
「凛一。半月もしたら俺シカゴに戻るけど、そんなんじゃ、おまえひとりにしとくのはちょっと不安になってくるよ」
「…ごめん」
「…おまえも一緒に来るかい?」
「シカゴへ?」
「うん。慣れればいいところだよ。別におまえがこっちに居る必要はないんだから、俺と一緒に来てもいいんだよ、凛」
「…そういう手もあるね。でも…俺ちょっとまだ…行けないよ」
「どうして?」
「好きな奴が出来たんだ」
「へえ〜どんな男だ?」
「…ったくね〜普通の家族なら、男って決め付けないもんだぜ」と、笑うと「男子校で女子と付き合うにはナンパしかないだろ?家と学校の10分程度の往復しかしないおまえにどうやって女の子と知り合うチャンスがあるんだよ。それに…」
「なに?」
「おまえは綺麗すぎるよ」
「は?」
「付き合う女の子の方が嫌がる」
「…そういうもんかね」
「そういうもんだ」
「経験済みって感じ」
「俺も散々言われたよ。昔の女にね」
「慧に彼女がいたなんて不思議だよ。男の話しか聞いてなかったから」
「…色々あるのさ。で、なんで元気無いんだ。好きになったそいつにでも振られた?」
「…ビンゴ」
「そりゃいい。凛を振るなんて相当のツワモノだね。いい男か?」
「学年で一番頭が良くて、繊細で天邪鬼で…凄いかわいい…でも慧には見せない」
「ふふ…俺もガキには興味ないんでね。まあ頑張れよ。一回振られたぐらいで諦めるなよ。こいつと思ったら思い続けるのも愛には違いないからな。まあ、ストーカーになってもらっちゃ困るけど」
「戒めありがたく受け取っておくよ」