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6

八月も半ばで、世の中お盆の帰省で街も少し閑散とした頃、俺は隣町の書店へ買い物に出向いた。


二階の輸入書の写真コーナーで目的の本を探し出す。

西欧を中心とした小さな教会ばかりのフォト集で、どうしても見たい建物があった。


教会はゴシック建築の壮麗さが見ごたえのあるものだが、地方によって、建築方法も様式も変わってくる。キリスト教の教会と言っても宗派により独自の多様性に満ちたものになっていてそれぞれに面白いんだ。

俺はロマネスク様式からゴシックに変わる境目のクリアストーリや内陣に興味があり、その諸々の時代の貴重な写真集を探していた。


輸入書物なんて、人気のない場所だ。

誰もいない静けさの中、ぱらぱらとページを捲っていると、後ろから「あっ」という声がした。

振り向くと…なんと!水川青弥が目をぱちぱちしながら立っている。

「ミナ…川…何?おまえもここに用?」

「う、うん。え…と、…そ、その本…」

「これ?」俺は持っていた写真集を閉じて水川の目の前に差し出す。

「やっぱりこれだ…」

「おまえが探してたの?」

「うん。この写真家のフォト好きなんだよ」

「教会の写真だよ?」

「うん、でもなんか心象風景ぽいでしょう。彼の撮り方はいつも何かを観る者に感じさせるんだよね」

おい、結構ロマンチストじゃねえか。益々俺好み。


待ち焦がれた物に再会するみたいに上気する水川を見て、いいアイデアが浮かんだ。

思わず口角が上がる。

この機を逃すバカなんているかよ。

こういう運命的な接点は遺憾無く利用しなきゃならない。だろ?

「欲しい?」

「え?ああ…この本?」

「何と思ったよ」

「べ、別に…宿禰が先に見つけたんだから、おまえが買えばいい。おれは他で探すから」

本を閉じ、俺に無理矢理押し付けて踵を返す水川の腕を俺は掴んだ。

…細い…いや、俺もかわらんから人のことは言えねえんだが。

「待てよ。水川」

「…」掴んだ先を睨むから、慌てて離した。

まだスキンシップは早かったか…

「これ譲るから、おまえが見た後、俺に見せてくれない」

「え?」

「ゆっくりでいいよ。待ってないから。どう?」

「でもそれじゃあ、宿禰に悪い」

「そう思うなら昼飯付き合ってよ。俺まだ食ってないんだ」

「…いいよ。おれも食べてない」

「じゃあ、決まりな」


俺たちは駅の近くの店で膝を突き合わせてそう美味くもないファーストフードを食べた。

お盆は実家に帰るのかとか、寮は楽しいのかとか様子を伺うが、水川は短い返事だけで、どうも会話が長続きしない。

俺に視線を合わせようともしないし、このままじゃ埒が明かない。

「水川」

「なに?」

「俺の事、嫌い?」

「え?…嫌いじゃないよ」

「そう?俺、避けられてる気がする」

「そ、そんな事ない」

「じゃあ…友達にならない?」

まずは友達からでいいだろ?

俺の方は早急にでもそういう関係を望んでいないわけではないが、こいつはどうも経験は無いと見た。

いきなり恋人として付き合ってくれと言っても戸惑うばかりだろう。

「と、友達って?」

「あの温室、俺達だけの秘密にしてさ、色んな話でもしねえかって思って」

「色んな?」

「例えば…この写真集の話とか…どう?」

「…いいけど」

「じゃあ決まりな。来週は…おまえ実家に帰るんだったな。じゃあその後、金曜の夕方、どうかな?」

「…いいけど」

「ミナから借りたタオルも返さなきゃな」

「み…な?」

「ごめん、嫌だった?」

「いや、いいけど」

「じゃあ、俺の事リンって呼んでよ」

「え?」

「凛一だからリンだよ。言ってみろよ」

「…り、ん」

「そう、ミナはいい奴だね」

「…なんかバカにされてる気がする。宿禰は…いつも誰にでもそうなのか?」

お?それって俺に対する独占欲の兆し?面白い。確かめてやる。

「…」

「なに?」

「リンってゆえよ」

「…ばかばかしい。おれ帰る」

その反応は計算済み。ミナの行動は案外わかりやすいかも。


「ミナ、約束忘れるなよ」

「…気が向いたらね」

「待ってる」と、片手を振る俺を、ミナは少し頬を赤くして俺を見つめ、そのまま階段を降りていく。

ほら、ミナって呼ばれるのも嫌がってない。強い拒否も見当たらない。

これはもしかしてもしかしたら脈あり?


幸いなるかな この身を信じ 故に愛する者を知ること 光をもってその罪を許さんとす




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