表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/101

4

長い長い夏休みが始まった。


毎日暇を持て余し気味ではあったが、父、優一が昨年再婚した女性を連れてくるなり、夏休み中は一緒に同居って事で、何だか嬉し恥ずかし状態での日々に激変。

外交官の父は日本に長期に居ることは少なかったから、久しぶりに会うと俺は結構気を使ったりする。

この新しい母親とも電話で何度か挨拶した程度だ。

去年の俺の問題が色々あったので、再婚したばかりで迷惑をかけるわけにもいかず、事件のことは曖昧にぼかしてあるんだ。


実際会ってみるとこれが素敵にチャーミングなおばさんで、俺も慧一もすぐに気にいった。

料理も上手いし、暇があれば料理やお菓子の作り方など色々と教えてくれる。

「これからは男の子も何でもやらなきゃモテないわよ〜慧一君も凛一君も色男だからって胡坐掻いてちゃダメよ。家事が出来てこその色男!私がしっかりと仕込んであげるわ」などと言い、いいように手伝わされている。

実母の記憶は俺にはよく染み付いていないが、母とは違う、全く新しい風を吹き込んでくれるこの母親が俺は好きだ。


学院の方では夏休みの間でも夏期講習があってはいたが、俺は参加しておらず、わざわざ登校する必要はなかったが、時折「詩人の会」の会合があり、仕方無しに片道徒歩15分の校舎まで出向いてやった。


「詩人の会」はクラブ活動としては少々変わっている。

週二回定期的に部員は集合し、毎回テーマを決め、それに沿った詩を探し、一時間以内で気に入ったひとつの詩を覚え、披露するというとんでもない活動内容だった。しかも月の最後の会合では自分の作った詩を一人ずつ壇上に上がって朗読しなければならない。

…過酷なサークルだ。

こんな部活動なんか誰も参加しないと思いきや、三学年合わせて65人もいるんだ!

しかもこの時期三年は受験勉強で忙しいはずにも関わらず、夏休みを除いては、欠勤知らず…恐ろしい事ついでだが、一年生も未だに退部した奴は独りも居ない。

変な教師もいるし、さっさと辞めてやろうと思っていた俺も、三上の再三の引き止めにより未だ部員のまま、こうやって夏休みまでつき合わされている始末だ。

まあ、ここにいる殆どの生徒が推薦狙いっていうんだから、国立エリートコースは初めから望んでおらず、楽に美味しい大学に入ろうっていう魂胆が丸見えなので、ヨハネ学院の中では割と変り種が多い。

俺に言い寄るのも大体がここの先輩方で…

「なあ、宿禰」これもそのひとりで3年の永尾先輩。家が近いからと夏休みも出勤中。

「なんですか」

「今日の藤宮、おまえをやたら色目がちに見てたよな」

「先輩暑気あたりじゃないですか?大体あの人はどの生徒もああゆう目で見てますよね。俺に限ったことじゃない」

「そうじゃなくて…おまえがさっき朔太郎の詩を読んだじゃないか…あの、万有の 生命の 本能の…?」

「孤独なる 永遠に永遠に孤独なる 情緒のあまりに花やかなる…ですよ」

「そう!そのなるだよ!その詩を読んだおまえを見て、藤宮、こう呟いたんだぜ『なるほど凛らしい』って。どうよ」

「…き、気持ちワル…」吐きそうになった、マジで…

「おまえ、名前呼び捨てられてる仲ってことじゃねーのかい?凛一くん?」

「知らないですよ。大体…先輩がそうだからって、俺を勝手にゲイって決め付けないでもらえますか?俺、きゃわゆいおんにゃのこにも萌えますよ」

「あ!にもってゆった〜凛一くん墓穴っ〜」両手の人差し指を指して笑いこける先輩を無視して教室を出る。


…ったく、藤宮の奴、ムカつく。こっちがやっと信じてやろうかと情けをかけてやった途端、これだからな。おまえに呼び捨てにされたくねえし…

「おい、凛」背後で呼び捨てられた俺は、気分が悪い所為か思わず声を荒げた。

「だから呼び捨てるなっ!…?な、なんですか?」振り向いた目の前に居たのは元凶たる本人だ。

「おまえん宅、保護者いるか?」こいつは伊達眼鏡を数種類持っていて、今日は紺のカラーフレームの少し色の付いた眼鏡だ。どっちにしても度は入ってないことはあからさまだ。

「…今なら沢山居ますよ、両親も兄も」

「じゃあ、一度家庭訪問に行っていいか?」

「は?…なんで夏休みに?大体高校って家庭訪問ってあるんですか?」

「問題や素行の悪い生徒は親に報告しなきゃならない義務がある。この間の三者面談の時もおまえの保護者は来なかったしな」

「みんな忙しいんですよ。それを言うなら寮に入っている奴なんか、三者面談に親は来てないでしょう。どうして俺にだけ言うんですか?それになんで担任の神代じゃなくて、副担任のあんたなんだ?」

「神代センセは定年後のバケーションプランを念入りにご検討中だ。副担任の俺に一任するとの御沙汰。おまえの家、学院から近いじゃないか。折角だからご両親に会って色々と話したいと思ってね」

「…何の話ですか」

「学校の裏庭でこっそりと一服とか…」

「…」

「言わないけど」

「好きにすりゃいい。けど、俺を名前で呼ぶんじゃねえよ、藤宮…」

「…怖いね」

「俺はあんたとは関わりたくねえんだよ。静かに高校生活を楽しみたいからな」

「…わかっているつもりだよ。だから……まあ、いい。そのうち伺うからって言ってくれりゃいいさ。じゃあな、凛一」

「呼ぶなってつったろっ!」


…腹が立つ…なんだあいつ…全部知ってるみたいな顔しやがって…クソッ!

裏庭に回って腹立ち紛れにムクノキの幹を蹴り、気休めに一服やろうと煙草を探し始めた途端、曇天の空からいきなり土砂降りの雨が降ってきた。

さすがに木の陰でも雨宿りは無理だと思い、例の温室に逃げ込もうと足早に向う。


誰か居る気配を感じ、少し迷いつつも温室の扉を開け、俺は予感したとおりの奴の姿を見つけた。

彼が…水川青弥が振り返り、俺を見た。

突然の珍客に驚き、困惑した眼鏡の奥のキラキラした眼が俺を捕らえて離さなかった。

ああ、こいつは…


…この永遠なる 密やかなる 花やかなる 情緒を讃えよ



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ