表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/101

3

学校にも漸く慣れた頃だった。

珍しく兄が風邪をこじらせて臥せっていた。

「鬼の霍乱って言う奴だね。ずっと部屋にこもっていただろ」

「レポートが間に合いそうに無くて焦ったよ。なんとか合格点はもらえそうなんだけどな」

「休学してんのに、そういうのはやらなきゃ退学なんてさ…一流の大学院は大変だな…熱は…7,5…大分下がった」

「たまに病気になると世話人の優しさが身に沁みていいね。おかゆ美味しかったよ、凛」

「姉貴仕込みだからな」

「…で、学校は?上手くやってんのか?嫌な事とかない?」

「上手くやってなきゃ毎日真面目に行ってないよ。退屈だけど、嫌じゃないよ」

「そうか…なら安心した」

「薬も飲んだし、もう暫く休んでいろよ」

「うん、ありがと」

目を瞑る慧一を確かめて、俺は寝室を出た。


あれから三ヶ月近くになるが、今のところは至って平和な高校生活が送れている。

先輩と思われる奴からのアプローチや、十とはくだらない熱いラブレターも頂くが、完全無視だ。男子校だから珍しくも無いだろうし、その気が無いわけじゃないが、こっちは生まれ変わった気分で学生業やっているんだから、お引取り願うことにしている。

力ずくでこられた時は…俺、小学校卒業まで護身用として色々な武術を習わされているからな〜実践も結構やってるし…貞操は守る自信はあるつもりだ。

あれだけ俺に仕掛けた藤宮の奴もごく普通に他の生徒と変わりなく接しているので、今のところは問題ない。

俺への信頼を本気で勝ち取る気でいるのかどうかは怪しいが…

あの一件については…慧一には話していない。

これ以上俺の事で心配させたくないし、まだ何も起きてないうちから言うような事でもない。


友達は結構出来た方だ。

この学校は他県からの生徒も多いし、中学の頃の顔見知りが居ない事が俺を安心させた。

しかも、勉学第一主義の真面目なお坊ちゃんばかりだから、プライドが高い割に、俺みたいなちょろっと顔が良くて、適当に話がわかる人間は好まれる。

中学で粋がっていた分、俺はここでは大人しい従順な生徒を心がけた。


それでもたまに息抜きをしたくて、一服できる場所を探しに、あちこちとうろついていると、別館の裏庭にいい休憩所を見つけた。

温室みたいだが、誰も手を入れていないんだろうか…

入ってみると、外観よりもキチンと整理されている。

沢山の鉢に植えられた植物は伸び放題だが、枯れているものはなく、誰かが世話をしているようだ。

園芸部とかかな…

それにしては外からの見た目が悪すぎるだろう。これじゃ廃屋だ。

まあ、一服するには丁度いいオアシスって事にして…


心も肺も癒しながら、西に向かう太陽の光が硝子に差し込んでくるのを眺めた。

近寄って硝子の向こうの景色を見る。

ここからだと、運動場を挟んで校舎の右斜め、レンガ色のチャペルのステンドグラスが見える。

ここのステンドグラスに画かれているのは十二羽の白鳩がアーチに向かって飛翔する絵だ。丁度尖塔のウリエルに救いを求めるようにも見えるわけだ。

相変わらずウリエルの翼は、太陽に挑むように神々しく輝いている。


…静かな午後…まどろみの中、ゆっくりと時間が過ぎる。


…あの人のピアノが聴きたい。

こんな陽だまりを知っていれば、あの人も救われたんだろうか…


すべての罪を我が肩に…

そんなもん重くて肩が凝っちまうよ。

両手を広げたその後に、払って落として逃げてやるのが勝ちってもんだ。


その「まどろみのグリーンハウス」と名づけた寂びれた温室は、俺にとっては絶好の息抜き場所となった。

ゆっくり時間を楽しむには最高の隠れ家。

ただ、誰かがいる気配がする時は近寄らないように気をつけた。

ここはあくまでも孤独を楽しむ場所であるべきだ。


日差しが強くなり、制服も夏服に衣変えになった頃、いつものように温室に近づいてみると、誰かがいる。

いつも俺のかわいい植物達を世話してくれる園芸部員の方かな?などと思い、こっそりと様子を伺うことにした。


俺のお気に入りの場所に立って硝子窓から、向こうを眺めている後ろ姿には見覚えがあった。

気がつかないようにそっと回り、横顔を伺う。


…水川青弥だ…

しかもその手には煙草を持って…慣れている風情で銜えやがった。

なんだか可笑しくなった。

学院一頭のいい優等生がこんな寂れた温室で、一服しけ込むとは…なんつう俺好み。

まあ、入学当時から気にはなっていたんだが、隣のクラスとはいえ、系列も違うし、接点もないしな。

何より…向こうが俺を意識してかどうか知らんが、警戒している風にも見える。

あの手合いはいきなりこっちが攻めても逃げるに決まっている。

手に入れるにはその警戒心をゆっくりと解きほぐしてやんなきゃならない。


それに…ああゆう綺麗なのは、見ているだけの方が救われたりするのさ。変に汚しちゃいけないシロモノだってあるからな。


夕陽に映えるその姿を暫く眺めた後、俺はその場を離れた。


水・川・青・弥…

とうとうと隅々まで行き渡る清き水の流れ…鮎かな、山女…いや、あれは流れそのものだ。

流れを遮ってはいけない。大海まで澱み無く注いでいかなきゃならない。


俺はそいつを勝手に「エコミナ」と、名づけた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ