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慧一がゲイだと知ったのは彼が大学に入ってからで、親父が帰省した時、ふたりで真剣に話をしているのを見た。

その後、俺は梓にその話をした。梓は笑いながら、「異性に性愛を求めないって話でしょ。別段珍しくもないわ。慧一がゲイなのは知っていたわよ」

「だって…女の人から電話あったり、デートしてたりしてたよ」

「カモフラージュでしょ。自分がマトモな人間でありたいって、馬鹿みたいに念じちゃうとこあるから、兄貴は。マイノリティになるったって今の世の中、そんなのデメリットにはならないからね。言っとくけど、私だって性別隔たり無く、男も女も好きよ」

梓が慧一を否定しなかった事が一番安堵した。

俺も慧一がゲイだと知っても全く偏見を持つ気にはならなかった。


同性愛者という事を少しずつ理解し始めた時、俺は何度か慧一に聞いたことがある。

どうして慧一は男にしかそういう行為を求めないのか。慧一はどっち側なのか。どういう風にしてそうなったのか。殆ど裏のない好奇心ばかりだ。

当時の俺には、このふたりに対して恥ずかしいだとか言いづらい事などは全く無かった。

疑問に思った事は口にした。

だから慧一が何故そうなったのか、聞きたかったのだ。

慧一は困りながらも、俺を膝に抱きながら「そういう性質だったとしか言えないんだろうけど…梓の所為かもな」

「え?」

「あいつを見てると女って怖いと思う。そう思わない?」

「そうかな?僕、梓を女だと思ったことないもん」

「…そう言われりゃそうだけどね」慧一が笑うから、続けて聞く。

「じゃあ、僕は男だから、慧一の恋愛対象にはなるの?」

「…ならないよ。凛は弟だろう。そういうのは対象外」

「え〜そうなの?僕、慧だったら対象者になっても良かったのに。キスしてもダメ?」

「キスはいつでもしてるだろ?そういうの考えて凛とキスしたことないよ。凛もそうだろ?」

「だってキスは愛してるっていう意思確認だよね。梓が言ってた。じゃあ僕とするキスと慧が恋愛対象者にするキスはどう違うの?やることは一緒でしょ?」

「う〜ん…むずかしくて…答えられないよ、凛」

「じゃあ、やってみる」

俺は慧一の方へ向き直って、抱きつきながらキスをした。

俺は梓とも慧一ともよくキスをした。

挨拶のキスや寂しい時、嬉しい時、簡単に相手の愛情を確認できる行為だ。

慧一とキスを楽しんだ後、俺は言った。

「どう?感じない?」

「そういうキスは好きな人とやりなさい。俺は対象外」

「ざんね〜ん」

「…凛一は普通に女の子を選ぶといいよ。俺の真似はするなよ」

「うん」

そう言っても、慧一は回りのどんな男の人よりかっこいいし、目指すなら慧一の他はいないとさえ思っていたから、同性を恋愛の対象にするということに興味が沸かないはずがない。しかし、なにぶん小学生だった俺は、そういう相手を探すのはまだ当分無理だなと感じていた。


俺が小6の秋、梓が死んだ。

慧一は大学3年だったはずだ。

事故の報告を最初に受けたのは俺で、深夜近く、病院から電話があった。

梓が交通事故で重体だと言う。すぐに来るように言われた。

慧一に何度も繰り返し連絡するが返事が無い。

仕方が無くパニックになりながらも、ひとりで連絡を受けた病院へ行く。


梓はすでに意識がなく、色んなチューブと包帯に巻きつけられ、ベッドに横たわっていた。

恐る恐る彼女の傍に近づくと、俺は手を握り締め何度も名前を呼んだ。

握り締めた指先が動く。

「梓っ!梓っ!死んじゃダメだっ!僕を置いて行かないでっ!…梓っ…」

俺の叫びに梓は僅かに目をあけた。

酸素吸入器をつけた口元が微かに動かし、ゴメンと形づくった。

そして、呼吸が止まった。

俺はその場から動けない。梓にしがみ付き何度も呼んだ。梓は還って来ない。


無くしたものの大きさに打ちのめされた。

あの後、何がどうなったのか記憶にない。ただ、遅れてきた慧一の姿を見て抱きつき、そのまま気を失った。


俺は葬儀が始まるまで病院に入院。食うことも飲むことも出来ず、点滴だけで生き延びていた。

葬儀中の事もよく覚えていない。

棺に眠る梓の姿も只一度も見る事さえ出来なかった。


その後、俺は何ヶ月も摂食障害を起こしていた。

所謂拒食症だ。

今までもストレスを抱えると食事はうまく取れなかったが、さすがに梓が死んだ時は普通に戻るまで半年ほどかかった。

しかも慧一から食べさせてもらえば何とか食べれるんだから、始末に負えない。

親戚の連中共は俺の甘ったれた精神力に、呆れ果てたに違いない。

俺自身でさえ、どうしてこうなるのか判らないんだから。

だけど、慧一だけは俺を責めず、俺の面倒を見続けた。

梓が死んだ時に自分が居なかったという俺に対する負い目もあるのだろう。

俺を捨てておいて今更かとは思わなくは無かったが、半年間俺に付き合ったのは認めてやる。

俺は慧一に対してはいつだって、無節操に激情を発していた。泣く時も甘える時も梓よりも慧一に対して強く感情に表れた。

梓は俺の弱さを諌める態度を取ったが、慧一はそれを許していたからだろう。


「あんまり慧に甘えていると、駄目な大人になるわよ」と梓が言うと「いいもん、慧が一生面倒みてくれるもん」と返し、梓を黙らせていた。

だから、梓が死んで、慧一を半年間束縛したのは、当たり前だと思っている。

周りが間違っていると言っても俺は聞かなかった。

慧一がそれを言わない限りは。




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