2
「宿禰、おまえ部活何にする?」
「部活…必須じゃねえだろう?」
「ば〜か、形だけでもこの課外活動に参加してりゃ、推薦で大学受ける際、内申点が高くなるだろ?」
「はあ、さいですか」
「俺達みたいな愚民は初めから推薦狙いって手筈でどうっすか?」
「おまえと一緒にするな」二日と待たず、すっかり打ち解けた三上は、どうしても入りたいサークルがあると、放課後、俺を無理矢理同行させ、入部の手続きに図書準備室へと向かった。
「図書準備室って言っても、要は自習室だよ。試験前だと図書館の方が満員になるから、学年毎に振り分けてるって話なんだ」
三上のどうでもいい話に相槌を打ちながら、目的地に到着する。
…は?
「なんで、こんなに入部希望者が多いんだ?」
入り口に並ぶ生徒の数は二十人以上。中を覗くと三十人はくだらない。
「毎年、ここの部の推薦貰った奴が、いいとこの大学ばっかり合格でさあ。そんで有名私立狙いの奴等が殺到するって話」
そんな嘘くさい話を本気にしてんのか、ここの奴らは。
頭のいい非常識なお坊ちゃんの常識か、これは。
「今年はテストがあるって言ってたな」
「…サークル入るのにテストがあんのか?…俺やめる…」
「待てって!宿禰。な、俺一人じゃ心細いんだよ。今年はここの顧問はうちの副担任だって話だからコネも効くばず!」
「じゃあ、俺、必要ないだろ!」
「頼む!宿禰。俺、詩ってあんまり知らんのだよ」
「…し…詩?」
「そう『詩人の会』」
「…なんだよ、それ…」
「俺もよく知らんが、有名な詩人の詩や自分が作った詩を朗々と朗読する…待って〜っ!宿禰っ!」
「勝手にやっとけ!」
「親友だろ?」
「誰がだっ」
「俺、人のいい三上君を助けると思ってさあ」
「…」自分で言ってもこいつには何か嫌味がないから、得だな。
「ね、色男」
「わあったよ、受けるだけだからな。落ちても知らんからな」
「ありがと!親友よ、感謝する!」
昨日知り合ったばかりで親友呼ばわりされるのも…まあ、悪い気はしない。
…昔はそういう奴も少なくなかったけど、事件の後は親友と思っていた友人達はあっさりと離れていった。
そういうもんだろうと、思った。
誰も自分が一番かわいいんだから、不利になるものは排除しなけりゃならない。
十五歳でそこに辿り着かなきゃならないなんて、信仰心が足りなかったか?
俺に羽なんて、とっくに無いんだろうな。
入部希望者ひとりひとりを呼んで、知っている詩を諳んじさせる。それを最後まで間違えずに言えたら、合格らしい。
皆、教室の端の教師用の机に居座った顧問の前に立って、四苦八苦している様が見て取れる。
三上が呼ばれ、頭を掻きながら、懸命に喋っている。
暫くして、帰ってきた三上は親指を突き出して、片目を瞑った。
どうやら合格らしい。
『何読んだんだ?』と、小声で呟く。
『みんな違って、みんないい』と、言い、にか〜っと笑った。三上らしい選択だ。
テストが終わった者は帰っていいらしく、溢れかえっていた教室も閑散となってくる。
希望者の名簿順なら、三上の次のはずの俺の名前はまだ呼ばれない。
ひとり、またひとりと去り、
そして…残る生徒は俺ひとりとなる。
嵌められたな…と感じた。
確かにあの顧問兼副担任は、俺向きなのかも知れない。向こう側にとって見ればだが。
「宿禰…凛一…いい名前だね。このクラブに興味があったの?」
古文と漢文担当の藤宮紫乃先生は、名簿にペンを落としながら、ゆっくりと俺を見上げた。
伊達だと思われる眼鏡の奥から見つめる目でわかった。
おまえ、兄貴と一緒だろ?
だが安心しろ。俺はおまえを選ばねえから。
「…先生と同じぐらいに関心は無い。が…友人に誘われたんですよ。こんなんで、テスト受ける資格ありますか?」
「別に構わないよ」
一見興味無さそうに見えるがこういう奴が一番性質が悪いんだ。
こいつ、メッシュ入れて、ルビーのピアスまでしてんじゃねえか。
こんなの良く雇ったな。
この学校の事、もうちょっと調べて受けた方が良かったんじゃないのか?
入学早々にこんなに後悔するなんて…最悪だ。
「君の中学時代、少し調べたんだが、興味深いね」
「個人情報の閲覧は禁止じゃないんですか?」
「副担任が自分の受け持ちの生徒の事を知らないんじゃ、信頼関係は作れないだろ?」
「充分不信感で一杯なんですがね」
「俺は先生で君は生徒。親愛の情で結ばれる…美しいだろ?」
「愛も情けもあなたから欲しいとは思いませんね」
「では、そういう詩を聴かせてくれないか?」
「…」
睨みを利かせてもこういう手合いには効かないことは承知だ。
さっさと終わらせて帰ろう。
「…夜と言う妖怪が 闇色の王座によって 悠々とあたりを覆い
只、堕天使ばかりがうろつく ぼんやりと淋しい道を巡り
遠く仄暗いチウレから 時間と空間を越えて
荘厳にひろがる荒涼と 妖しき郷から
漸くわたしはこの国に着いた…」
俺はそう短くもない詩を澱みなく読み上げた。
死んだ姉から嫌と言うほど聞かされた詩だから、間違えようはない。
「ポオだね…『幻の郷』。この詩が好きなのか?」
「嫌いですよ。ポオは全部嫌ですね。俺は絶望を詠う詩人はあなたと同じくらい信用できないと思ってますよ」
「…ポオは俺も好きじゃないが、凛一君は好きだよ」
「…あんたみたいな奴に名前で呼んで欲しくない」
「君の信頼を裏切らないよう心がけるよ。合格だ。来週からよろしくな。宿禰君」
俺は一刻も早くここから出たかった。
返事もせずに帰ろうとすると、後ろから呟くような声が響いた。
「安心しろ。おまえには六つの羽がある。ひとつぐらい無くしても充分飛翔できるさ」
何も知らないクセに勝手なことを言うなっ!