表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/101

第二章 輝恋 1

以下の物語と連動しております。


「GLORIA」

http://ncode.syosetu.com/n8100h/


「愛しき者へ…」

http://ncode.syosetu.com/n0724i/


「早春散歩」

http://ncode.syosetu.com/n2768i/

挿絵(By みてみん)


伝統と格式のある聖ヨハネ学院高等学校に、兄、慧一の鬼のような特訓の成果が実ってなんとか合格した俺は、意気揚々と入学式を楽しみにしていたが、思わぬ事故で欠席しなければならなくなった。

で、2日ほど入院。

で、今日無事退院。

アメリカの大学院へ十日間ほど研究の為、渡航していた慧一が、帰宅。

ベッドで休む俺の隣で林檎を剥いている。


「凛一、おまえよくよくついてない男だな」器用に林檎の皮を繋げたまま剥きながら、慧一は溜息を零す。

「仕方ないだろ。向こうが昔のケリを付けるって聞かねえんだから」

「だからって腕に傷つけることはない。折角ここまで奇跡的に無傷にできたものを。手負いやがって。おまえはミテクレだけはいいんだから、もっと大事にしろ」

「…どうせ、出来のいい兄貴とは違って頭はからっぽですよ。5針縫っただけじゃん。箔が付くってもんだろ。それもこっちは一切手を出さなかったんだから、褒めて欲しいくらいだ」

「ほら、林檎。特別に一個だけウサギにしてやったぞ」

目の前にデザートフォークに突き刺された皮付きの林檎を差し出された。

「…食いにくいじゃねーかよっ!」

「そっか?かわいいのに…」と言って慧一はその皮付きウサギを自分の口に入れる。

「美味い」

「良かったね」

食い終わった慧一が、またナイフを持って皮のない林檎を一口サイズに切っていく様を、俺は見つめた。

早く食いたいんだがね…


「だけど、どうして5針縫ったぐらいで入学式を休んだんだ?二日間も入院だなんて、他に具合でも悪かったのか?」

「栄養失調で点滴三昧…3日ほど、マトモに食ってなかった」

「一寸待て…俺、大学に戻る時、おまえの食事用にピザ一週間分作ってあげただろ?」

「一週間もピザばっか食ってられるかっ!二日で飽きたし!」

「…食べ物を粗末にするな」

「弟の食生活を粗末にして欲しくない」

「俺の料理に文句つけるなら…シカゴに戻っちまうぞ」

「やだっ!帰らないでくれよ、慧っ」

思わず本気で縋ってしまった。すぐに後悔したけど、遅い。

だって本当に、まだひとりにはなりたくないんだよ…

「…冗談だよ、凛。帰らないよ。約束しただろ?凛ををひとりにはさせないって。…そんな顔はするなよ」

「…かわいい弟をはめるな」

「そんなに寂しいなら、抱っこして寝てやろうか?」

「ふふ…嬉しいけど断るよ。さすがに高校生だからね〜」

慧一はとことん優しいから、お願いすればマジで寝てくれるだろうが、いつまでもそれに甘えてしまうのも成長がないというものだろう。


「ほら、アーンしな」

一口サイズに切った林檎を唇に突かれ、ヒナ鳥のように口を開けた。

「美味いかい?」

「美味くない」

そう言って俺はもう一度口を開ける。



入学式が終わって、一週間経った頃、漸く俺は聖ヨハネ学院高校の生徒として校門を潜る事になった。


門を入って中庭の中央にヨハネ像がある。

洗礼者ヨハネじゃなく、あの「主が最も愛された弟子」のヨハネの方だ。

ミッションスクールではキリストを抱くマリア像が一般的なのに珍しい為か、目を引く。

これがまた妙に良くできた彫像で…片膝を跪き、手を組んで祈りを捧げ見上げるヨハネの視線の先が、この学院のチャペルの尖塔の頂で、この頂点の像がこれまた熾天使ウリエルと言う。

聖典にも認知されていない大天使がここにおわすとは、この学院を創立した奴は相当変わり者だろう。

「我が光は神なり…か?」

昇る太陽に反射したウリエルの翼が、目を焼きつくすようだ。



一年D組の教室に行き、自分の机を探す。

クラスメイトと思われる方々が、俺の様子を伺いながらも声をかける気もなさそうだ。

好奇の目で見られることに慣れた俺は、それをシカトしながら、人の良さそうな奴に話しかけた。

「ごめん、ちょっといい?」

「あ?うん」

「俺、怪我で休んでいた宿禰凛一って言うんだけど、悪いが、俺の席を知っていたら、教えて頂けるかな?」

それはそれは、これ以上のいい人間は居ないという、柔らかな物言いで伺った。

「あ…ああ、宿禰君?」

「そう…ですよ〜」

「だったら俺の後ろの席だぜ」

「そう…ですか。ありがとう」

俺はカバンを机に置いて椅子に座った。

「カバンは後ろの棚に自分の名前があるから、そこに置いて」

「わかった」

「俺は三上敏志。よろしく、宿禰」

いきなり呼び捨てかよ。と、思ったがまあ新参者は大人しくっと…言う事で、

「よろしくな、三上〜」

ちょっと語尾に力入れたら、三上はオーバーに後ろにたじろいたフリをした。


机の中を覗くと、なにやら色々と書かれたプリントが出てくる。

「あ、悪い。なんか説明事項やらなんやら一杯あってさ。俺寮住まいだから、家が近いんなら、おまえの家に持って行って良かったんだけど、個人情報一切教えてくんなくて…あ、担任から連絡あった?」

「いや、ない」

「電話ぐらいしてやりゃいいのにな。あのジーサンボケてんのか。やる気が見えねえ〜」

「担任ってなんつーの?」

神代くましろって言う日本史の先生。定年間近の窓際先生だよ」

「ふーん」

「でもな、副担任がこれが…」

「起立っ!」

高音の声が教室に響いた。

俺は、教壇に立つ噂の窓際先生の姿を初めて拝見した。



「なんだ?あの人集り」

階段の前の踊り場に目をやると、掲示板の前に生徒の山。

「ああ、あれ、多分この間の校内模試の結果じゃないかな。入学式の翌日にあったんだぜ?おまえ、受けなくて儲けたな」

「美味くねえ儲け話」

「上位百番まで張り出されるって聞いたけど。…おい、長谷川」

群集から抜け出した奴を捕まえて、三上が聞く。確かクラス委員だった…か?

「トップは誰だよ」

「隣のクラスの水川青弥」

「水川か。まあ妥当なところだろうな」

「なんだ?その言い方。そいつそんなに有名人なのか?」当たり前のように吹く三上の言い方が気になって、聴き返してみる。

「宿禰は知らないんだったな。水川青弥。入学式の新入生代表で宣誓した奴だよ。同じ寮生なんで顔も覚えたし…ああ、ほら、あいつだ。あの真ん中の眼鏡っ子」

目線と顎で教えてくれた先を見る。

ちょうど隣のC組の教室から出てきた固まりに、ひとり、際立って白い子がいる。

眼鏡をした生徒は珍しくもなかったが、そいつは妙に目立つ。

一言で言えば…物憂い優等生…

翼に傷でもあるのか?裁かれてみたいもんだね…


…どういうわけか、俺は勘がいい。ここの受験だって殆どヤマ勘で通ったようなもんだ。

その俺の第六感が教えてくれる。

こいつは…俺のもんになる。


廊下に佇む俺達を横切る瞬間、ずっと見つめ続けていたのを気づいたのか水川青弥は、俺を見た。

俺は眼鏡の奥のたじろぎを見逃さなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ