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「凛一、お客様だよ。リビングに来なさい」

俺はあれから引きこもり気味になり、外へは出かけていない。

夏休みも終わろうとしていた。


リビングに行くと思ってもみない来客だった。

「嶌谷さん!」

「凛一…」

「ゆっくりしていってもらいなさい。俺は部屋にいるから」

そう言って慧一は出て行った。

「どうして俺ん家がわかったの?」

「おまえが行方不明になったりするから、お兄さんが心配して店を訪ねて来られてね。知り合いになったというわけ」

「…そう…ごめんね、嶌谷さんにも心配かけてしまったね」

「ガキのくせに、そういう口の聞き方するな…と、言っても、教えたのは俺たち大人の所為なんだろうけど…色々大変だったな、凛一」

「俺がちゃんと嶌谷さんの言う事を聞いて、月村さんに近づかなきゃ…良かったんだよね、きっと…」

「なあ、何が良かったなんて、したことを悔いるのは野暮のすることだ。凛一はそこに向かいたくて自分の意思で選んだんだから、それは間違いじゃないさ。後はその経験をおまえがどう受け止めるか…だろう」

「俺…もうどうだっていいよ。月村さんを死なせたのは俺の所為だ。自殺であれ、いずれ病気で死ぬことになったとしても、あそこで死んだのは俺の所為なんだ…」

「バカだね〜凛一は」

「え?」

「おまえは本当に天使にでもなったつもりなのか?おまえに月村さんの意思を変える力があるもんか。あの人は最初からああいう風に死のうと決めていた。おまえが傍にいてくれるとは思わなかっただろうけどね。まあ、自殺を容認する気はないけど、それを決めた人を卑下する気も俺はないよ。あの人は思いどうりに自己を全うした…それでしかない。凛一は自分の道を歩くんだよ。月村さんはおまえに色んなものを与えてくれただろう?」

「…」

「あの人はおまえを知って、幸せそうだった。あの頑なな人がさ、誰にも心を開かない人がさ、俺にゆったんだぜ?凛一を見ると生きている喜びを知る…って。おまえは救っていたんだよ、あの人を」


嶌谷さんの言葉が本当かどうかはわからないけど、俺を慰める気だったら、充分過ぎる。

俺は黙ったまま涙した。


俺は帰る嶌谷さんを門まで送った。

「嶌谷さん、もう店には行かないから」

嶌谷さんは少し寂しげにしたが、すぐに微笑んでくれた。

「そうだね、凛一には同年代の子たちと過ごす時間が必要だと思う。それに…凛一には慧一君がいる。おまえを必死に守ろうとする人がいる。幸せなことだと思っていい」

そう言い残していった嶌谷さんの背中を見送った。


玄関に戻ると慧一が俺を待っていた。

「嶌谷さんは俺たちの親父よりよっぽど父親らしい人だね。あんないい人に巡り会えたんじゃ、凛一の夜遊びを頭ごなしに叱るわけにもいかないね」

すべてを赦すような慧一の姿に俺は…たまらなくて、切なくて…

「慧…」

俺はどうしようもなくなって、慧一に走り寄りその胸に飛び込んだ。

堰きとめられたものが壊れていく。

俺はもう我慢ならない。自分なんかどうなってもいい…

「もう嫌だ!全部捨ててやる!知るもんか!学校も勉強も友達も…嶌谷さん達だって、もう俺にはいらない。慧一がいればいい。俺はなにも見たくないし、知りたくもない…」

何も考えたくない。

俺の生きてきたすべてを全部消してしまいたい。

俺は慧一にすがりついて号泣した。

慧一のシャツは俺の涙でびしょ濡れになり、終いには慧一の肌の色が透き通って見える程になった。

泣きじゃくる俺を、慧一はしっかりと抱き留めてくれている。


少し落ちつくと、俺の髪を撫でながら慧一は穏やかに言うんだ。

「凛一は背が伸びたね。去年までは俺の肩程にしかなかったのに、もうこんなに追いついた。今に追い越されてしまいそうだ」

「…そう、かな…」180以上もある慧一を簡単に追い越せはしないと思うんだけど…

慧一は言葉を続けた。

「今日の凛一は明日には変わっているって事。おまえが学ばなきゃならないことが世間には沢山あるよ。凛一は色々なことを知るんだ。夢は決めた?勉強して友人たちと語らい、恋をしなきゃな。あらゆるところに行って歴史や自然に感銘を受けてさ、喜びとする。

そして俺はおまえの家になるんだよ。いつだって戻れる場所がある。俺も凛一が俺の家であり宝なんだからね。お互いを大事にしていこうよ。どっちにしても俺たちは兄弟だ。どちらかが死ぬまでそれは変わらない。…ね、俺はおまえが弟で良かったって思っている」

「俺だって…」

「…俺と梓がおまえを天使って呼んだのは、おまえがあんまり天使みたいにかわいかったからなんだけど…天からの贈り物だと思ってね。でも、間違っていたね。おまえは使わされるものじゃなかった。おまえは生まれた時から、宿禰凛一でしかなかったんだよ」

「…」

「凛一は凛一のままで生きてくれないか?俺は宿禰慧一としておまえの傍にいる。これが俺の幸せだからだ。それを選ばせてくれないか?おまえを愛することを…」

「慧…俺も…慧を愛してるよ」


俺はまた歩き始めた。

「宿禰凛一」の歩みはこれからもずっと続いていくんだ。

俺は俺でしか存在できやしない。




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