12
俺の存在意味を示してくれるのは月村さんだ。あの人は俺を本当に必要としてくれる人だから…だから俺は、あの人の傍にいたい。
携帯電話をかけても一向に出ない。
元々携帯が嫌いな人だ。
いつも電源を切っている。
「どうして?」と、聞くと、「電話に出たら、嫌が応でも自分の居場所を知られることになるから、見張っていられるようで気持ち悪いんだ」と、子供のようなことを言う。
あの人の精神は常にそうだった。
汚いものには目を瞑って、美しいものだけを賛美する。
触れる勇気も無いくせに。
だけど、それは真っ正直な見方ではある。
俺はその側面に惹かれてもいるんだ。
月村さんのアパートに行く。
部屋は暗い。鍵もかかっている。俺はいつものように鍵を開けて部屋に入った。
今夜は満月だ。
部屋の灯りをつけないまま窓を開けると、月の光が部屋に零れた。
月村さんはどこに行ったのだろう…
あの人は孤独だ。
俺には帰る家も家族も居る。だけど、あの人は放浪者で、ただピアノだけが唯一の拠り所だった。
あの人の哀しみが俺には理解できる。俺なら彼の孤独を埋めてやれることができる。
そう考えるのは傲慢なことだろうか。
その晩、俺は独りで傾いていく月の姿をいつまでも追いかけていた。
月村さんは帰ってこない。
もう一週間にもなる。アパートの大家さんに聞いて見るが、連絡は受けていないという。家賃は半年先まで前払いしてあるから、そのうち帰ってくるだろうというのが、大家さんの見解だ。
それならいいけど。
ひと月…ふた月近く経っても月村さんは姿を見せず、何の知らせも無かった。
嶌谷さんなら何か知っているんじゃないかと思って、アレコレと問い質すけど、のらりくらりとかわされるだけだ。
終いにはこっちが窘められる。
「凛一が月村さんを心配するのはわかるけど、おまえとは違う対岸に居る人だよ。もう諦めなさい」
「どうして…そんな事言うのさ」
「俺は…おまえが傷つくのを見たくないんだよ、凛一。おまえが…」
「嶌谷さんは勝手だよね。自分が正しいと思う理念を俺に押し付けている。俺は嶌谷さんが決めた道を歩かなきゃならないわけ?」
「そうじゃないよ。でもわざわざ土砂降りの道を傘も持たないで歩く必要はないだろう」
「土砂降りでも嵐でも、俺自身がそれを感じなきゃその恐ろしさはわからないだろう?…ねえ、嶌谷さん、教えてくれよ…月村さんは…どこか、具合が悪いんじゃないの?それでここをやめて…違う?」
戸惑いながら嶌谷さんは目を瞑った。
「俺に言わせるなよ、凛一。言いたくない事もあるんだよ」
嶌谷さんは顔を顰め、口ごもる。
「それでも、教えてよ、嶌谷さん。後生だから」
俺は必死で頼み込んだ。
「…」
嶌谷さんはすがる俺に輪郭だけを教えてくれた。
月村さんは不治の病で、もう長くは生きられない…と。